第百話 無理
結局、モルトに付いて来たのは俺とシャル、それにフルートとヴェレだけだった。
そしてモルトに連れられた先には言葉通り町の住人達が集まっていた。
だがそれは少しだけ違っていたのかもしれない。
そのせいかどうか分からないが、モルトは慌てふためいていた。
「ああ! 隣のおじちゃんの腕がとれちゃってるよー!」
腕の無い者。
「どうしよう! 裏のおばあちゃんのお腹に穴が!」
お腹に穴の開いた者。
「そこのおでぶさんはきっと村長さん!」
そしてその村長と呼ばれた者は……頭が無かった。
「……遅かったようね」
シャルの声に力は無かった。
「これは……どうして!
それにモルトちゃんはこの状況が分からないの!?」
「本当に分からないのさ……いや分かりたくないのかもねぇ」
フルートは動揺していたが、ヴェレは察していた。
「モルトは……狂っていたんだな……」
俺はそれに気付けなかった。
いや誰も気付けなかった。
モルトは死と言う物が理解できないのだろうか。
いやそんな事は無いだろう。
あまりの事に現実を受け入れたくないだけかもしれなかった。
周りに生きている住人はいない。
この場には虫に操られたと思われる住人達しかいなかった。
「もう良いの」
シャルはいつの間にかモルトを抱きしめていた。
「フルート、撤退よ!
モルトを連れて冒険者達と合流して!」
シャルはこの場に残り、撤退を援護するつもりのようだ。
「ここは私が残ります!
シャルが撤退して!」
シャルとフルートはもう既に呼び捨てで呼び合う仲なのか。
俺なんてまだたまに「さん」付けで呼ぶ事もあるんだぞ!
……それは理由が違うか。
まぁ一刻を争う時だしな、深く考えるのは止めよう。
「本当に頑固なんだから!
ファースト、モルトをお願い。
小さな少女位なら持ち上げて飛んでも良いでしょう?」
「……だな。適当な冒険者に擦り付けてくるわ」
「預けてくるのよ!
……ここは適当に時間稼ぎしておくわ」
あまり目立ちたくないが仕方ない。
だがそれは意味がなかった。
悪い意味で。
「こら、暴れるなって!」
「皆を助けるの! 皆が! 皆が!」
モルトが暴れ、上手く持ち上げる事が出来ない。
その間に俺達は操られた町の住人、ゾンビ達に囲まれてしまった。
「ヴェレやるわよ!」
「はいよ!」
この場はフルートとヴェレが何とかするようだ。
「流れちまいな!」
まずはヴェレが魔法で大量の水を作り出し、ゾンビ達にぶつける。
「まだまだ!
ウィンドトルネード!」
さらにフルートが魔術で風の竜巻を作り出す。
水と風が合わさり凄まじい勢いでゾンビ達が流される。
それは相性の良い者同士でしか出来ない、合体魔法と呼ばれる物だった。
「さぁ、今のうちに撤退しましょう!」
フルートがドヤ顔で振り返るとそこに俺とシャル、そしてモルトの姿はもう無かった。
「分かってるわ! 早く逃げるわよ!」
遥か後方でシャルがモルトを抱きかかえながら声を上げていた。
「正しい行動なんだけどさ、ちょっと寂しいねぇ……」
ヴェレの言葉は本当に寂しそうだった。
◇◇◇
俺達は急いで撤退していた。
もうすぐで冒険者達と合流できるという所で更なる問題が浮上した。
視界には冒険者達の姿も見えていた。
しかし、その間にはモンスターが立ち塞がっていた。
町の住人の残りだろうか、ゾンビやスケルトン、そして大量の虫が目の前に存在していた。
虫はとても巨大で人間よりも大きい。
まともにぶつかっての突破は難しそうだった。
「また流せば良いだけよ!」
「フルートは本当に馬鹿だねぇ」
「ふがー! ふぎー!」
「味方の冒険者達も流されない?」
「バーカ、バーカ!」
最後は俺である。
モルトはシャルに口を塞がれフゴフゴ言ってた。
なんとも緊張感の無い事だ。
「ど、ど、ど、どうするのよ!」
フルートは慌てふためいていた。
「わたしゃだけなら逃げれるよ」
ヴェレは半分諦めていた。
「ふぐー! ふげー!」
モルトはフゴフゴ言ってる。
「ゾンビの真似をする」
シャルはまともに考えていない。
いやもう力を隠すのは諦めているのかもしれない。
「本当のゾンビになる」
俺はシャルの真似をした。
そしたらシャルに殴られた。酷い。
色々な事を諦め、俺は本来の力を使おうとした。
しかし、そんな混乱? する俺達を助けたのは冒険者達だ。
だが全ての冒険者では無かった。
◇◇◇
「あれは少女と共に町の住人を助けに行った奴らじゃねーか?」
冒険者の一人が俺達に気付いていた。
「……命令違反の奴らなんてほっとけ」
だが助ける気は……無いのかもしれない。
「今は作戦行動中です。
モンスターを誘導する事が最優先になります!」
ギルドの職員や軍の兵士も俺達を見捨てる事を選んだ。
だが今回は馬鹿が大勢居たらしい。
「目の前に居る奴らまで見捨てられねぇ!」
「同じ冒険者の仲間を助けるぞ!」
「ほんの少しくらい無理したって良いだろうが!」
全体的に見れば、一部の冒険者達だったかもしれない。
そこには知り合いの顔もあった。
俺達に気付いての行動では無いだろう。
そういやあいつは仲間を見捨てる事にトラウマがあるんだったな。
……植え付けたのは俺達だったか。
冒険者も捨てたもんじゃないと思ったが……どうなんだろうな?
理由はどうであれ、冒険者達の力によってモンスター達の壁を突破する事には成功した。
フルートとヴェレの魔術と魔法が一番の活躍ではあったがな。
合体魔法を使わずとも十分な威力だ。
俺とシャルはと言うと……モルトの相手で手一杯だった。
中々の強敵だった、いや倒してはいないのでまだ戦闘中? と言うべきか。
そしてまた新たな問題が発生する。
俺達と助けに来た冒険者達は孤立していた。
退路はまだあるが、他の冒険者達はもう視界には捉えられない。
そしてモンスター達の目標は俺達になっている様だ。
このままでは周囲が全て囲まれてしまう。
『……ファースト、お願いね』
『了解! 任せとけ!』
やっと出番が回ってきたようだ。
……来なくて良かったんだけどな。
「私が少しだけ時間を稼ぐわ!
後ろを振り返らず、全速力で撤退して!!!」
シャルが大声でフルートやヴェレ、冒険者達に指示を飛ばす。
それはたかがEランクの冒険者の指示だった。
だが不思議とそれは皆に受け入れられた。
そこにはカリスマ的な物があったのかもしれない。
暴君……としてでは無く、伝説にある勇者の様な……。
「……アイスウォール!!!」
シャルの魔術によって作り出された特大の氷の壁が冒険者達とモンスターを隔てる。
それを合図に冒険者達は一斉に撤退を開始した。
だが氷の壁には直ぐにひびが入り始める。
モンスターによって破壊されるのは時間の問題だった。
後ろを振り返るなとは言ったが、きっと撤退しながらでも氷の壁に注目している者は多いだろう。
だが本当に見られたくない物は遥か上空に飛び上がっていた俺の姿だった。
仕方のない事ととは言え、力を隠すのは本当にめんどくさいな。
そしてヴェレが急に叫び出した。
「にゃにゃにゃ!?」
「ヴェレが猫になってる!?」
フルートは猫に猫になっているとか馬鹿な事を言っていた。
ヴェレはずっと猫だったろうに。
多分、ヴェレは普通の猫では無いのだろうな。
体の中に魔石が存在する、モンスターの使い魔なのかもしれない。
俺のこの威圧感を感じているのだから。
俺は上空で幼生から成体へと変態していた。
俺は昔とは違い、魔力を制御する事が可能だ。
幼生の姿の時は力を、魔力を抑え込んでいた。
それは成体に変態した事によって解放される。
抑え込んだ魔力を介抱した時、俺と同じモンスターは極度の威圧感を感じる様だ。
つまりモンスターは身の危険を感じ、俺から離れていく事になる。
その結果、モンスターに囲まれる事無く冒険者達の撤退は成功した。
◇◇◇
「一時はどうなる事かと思いました!」
「わたしゃもそう思ったにゃ!」
撤退が成功し、先に後退していた冒険者達とも合流できた。
フルートとヴェレは安心していた。
ヴェレはまだ猫? になっていたが。
「後は軍と合流する事と……」
シャルはまだ問題がある事を忘れてはいない。
「モルトをどうするか……だな」
俺は最大の問題をどうするか良い案を思い付けないでいた。
「私が引き取って一緒に生活する!」
それはフルートの声だった。
「フルートがまた馬鹿を言い出したよ。
……でも今回は駄目だね。
冒険者の生活は少女には難しいからね」
ヴェレが珍しくフルートを諌めた。
それはフルート達、冒険者の生活には付いてこられないと言う理由だった。
心を病んでしまった者を助けるには向いていないと言う事だろうか。
「……私が面倒を見るわ」
「シャル……」
俺はシャルを止める事が出来なかった。
少女はこの世界でたった一人になってしまったかもしれない。
シャルには自分と似たような境遇になった者を見捨てる事は出来ない。
いや、この少女を助ける事がシャルの心の平穏を保つ事にもなるのかもしれない。
そんな事を俺は思ってしまった。
フルートは尚も粘ったが、結局モルトはシャルと一緒に王都へ行く事になった。
◇◇◇
その後は順調に軍と合流し、緊急クエストは完了となった。
望めば軍の後方支援と言う追加のクエストもあったが、それは受ける必要もないだろう。
モルトが一緒ではそれも難しいからな。
それに軍の規模はこれまで見た事の無い規模だった。
確認したモンスターよりも三倍以上の数が揃っている。
モンスターの包囲もほぼ完成したと聞いている。
何の問題も無いだろう。
最後に今回の緊急クエストの報酬についてギルドの職員から話があった。
実際に得られるのは落ち着いてからになるだろう。
そして俺達は伝説を目の当たりにする事になる。
「今回の緊急クエストはこれにて完了となります。
報酬は事前に決められた通りの物が、ここに居る全員に支払われる事になります。
ですが……まだ話しておかなければならない事もあります」
この後が重要だった。
「命令を無視し、本体から離脱した冒険者達には罰が与えられる事になります。
全員ランクダウンです!
特にAランクで離脱した者は二ランク下がる事になります!
今回の教訓を次に活かして貰いたいものです」
シャルはEランクだ。
その下のFランクなんて存在しないと思っていたが、実は存在していた。
初回のクエストで失態を犯した者がたまになるらしい。
つまり初めてという事では無く、伝説とは言えない。
フルートはAランクだ。
今回の罰の結果、Cランクになるだろう。
二ランク下がる事はよっぽどの事が無い限り無い。
だが無いと言う事も無い。
普通はそんな大失態であれば登録抹消か国に裁かれ、死刑に近い罰を受ける事になるだろう。
しかし魔術師は優遇されている。
余程のことが無い限り抹消や死刑などあり得ない。
つまりこれまた初めてと言う事では無い。
知り合いがDランクなのだが……。
今回の件でEランクになる。
そしてこれまで既にランクダウンを二回受けている。
両方とも大っぴらに出来ない失態だ。
普通なら直ぐに元のランクに戻るのだが……こいつは何をやっているのだろうな。
いや、何もしていないのか。
まぁ、それは置いといて……三回目だ。
勿論、こんな事は初めてだろうが……ありえねぇ。
しかもまた大っぴらに出来ない理由だ。
町の住人を見捨てて作戦を強行し、更に冒険者や少女を見捨てたなんて言えないからな。
事実はなるべく隠蔽する事にだろう。
なんて微妙な伝説なんだ。
こんな伝説は語り継がれる事無く、心の中にそっとしまって置こう。
……いや、忘れてしまうべきか。
◇◇◇
俺とシャル、そしてモルトは王都へと帰る事になる。
フルートとヴェレはこのまま他の冒険者達と一緒に軍の後方支援を行う事にしたようだ。
そしてシャルは別れの言葉を継げていた。
「ここでお別れね」
「馬鹿な事ばかり言ってご迷惑をおかけしました。
ランクなんてただの目安でしかない事が良く分かりました」
フルートはシャルの事をどこか上から見ていたのかもしれない。
だがそれが間違いだったと、撤退の時の魔術を見て気付いた様だった。
「馬鹿だけど良い子なんだよ。
またどこかで会った時は宜しく頼むさね」
「ええ、勿論!
……報酬次第でね」
「これさえなければシャルも良い子なんだけ……」
ここで俺は尻尾を掴まれ、振り回された。
……良い子では無い部分は沢山あった様だ。
「モルトちゃんもまたね!
……早く元気になれるよう祈ってるわ!」
「私は! 町の皆を助けるの!」
フルートがモルトに別れを告げるが伝わらない。
モルトはまだ妄想に取りつかれている。
緊急クエストも終わり、帰路につく。
だが問題はまた新たに発生していた。
モルトの事もそうだが、他にも気になる事が出来てしまった。
……簡単には解決出来そうも無い事が。