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ご主人様は真っ黒  作者: pinfu
第四章 擬態
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第九十六話 裏技


「シャルちゃん! いつものを今日は大盛りでお願い!」

「はーい! 少々お待ちください!」


 あれから数日。

 王都は何時もの平穏を取り戻していた。

 だがその傷跡はまだそのまま残っていた。

 バイトの合間に亡くなった者を弔おうとその場へ赴くが中には入れてもらえない。


 何故か見張りの兵が立っており、誰も現場には入れなかった。

 少し辺りを見渡せば遺体が見つかるというのに。

 またスラムの様になるのを防ぐ為だろうか?

 出来るだけ早く、亡くなった者達を弔ってやりたいものだ。


 そしてそれから更に数日後、火事の現場をどうするかが決まったらしい。

 メガネから聞いた訳では無い。

 この件に関しては全く何も教えてくれないのだ。

 聞いたのはお店のお客からだった。


「火事の焼け跡を整理するらしいぜ」

「やっとか。あの傍を通ると痛々しくて見てられなかったからな」


 こんな一般人が知っている事ならメガネは何故さっさと教えなかったのか。


「もう一度綺麗さっぱり焼き払うみたいだな」

「あの時は雨が降ってきて、結構焼け残っているしな。

 ……まさか国は始めから焼き払うつもりで消火活動をしなかったんじゃ?」

「あり得るかもな。

 実際、スラムの奴らが減って損なんて何も無いからな」


 一般人の平民ですら今回の件の本当の意味を分かっている。

 あれから犯罪件数は減少した。

 スラム全てが無くなった訳では無い。

 今回焼き払われたのはほんの一部に過ぎないのだから。


 だがそれは他のスラムの住人に対しての見せしめになっていた。

 しかしそれは一時的な物に過ぎないだろう。

 ……何もしなければ死んでしまうのだから、スラムの住人に選択肢は無い。


 そしてメガネが教えなかった意味も理解できた。

 今回の決定はシャルの行いが全くの無駄、いやむしろ邪魔をした様な事になっている。

 ……シャルは限界に来ていた。




◇◇◇




「メガネ! 今回の件、今後はどうなっているの!」

「くそメガネが! さっさと話せよ!」


 シャルは怒っていた。

 俺はいつも傍観して黙っているが、今回はもうそんな事は出来なかった。


「……私の事はアイゼン、もしくは副団長と呼んで欲しい」


 少し気後れしたようなメガネが渋々話し出した。


「もう知っているとは思うが、火事の焼け跡をもう一度焼く事になった。

 その後は整理され平民向けの住居が立ち並ぶ事になる」


 俺達の知りたい事はそんな事では無かった。


「野晒しになっている亡くなった者達の遺体はどうなるの!」

「……そのまま焼かれる事になる」


 俺とシャルは押し黙った。

 今、口を開けば罵詈雑言しか出てこないからだ。

 この為に兵を置いてまで中に入れなかったのか。

 下手に居座られても困るからな。

 それが犯罪者もどきだっとしても、無差別に焼き殺す事など出来ないのだろう。


「……誰がその決定を下したの」


 シャルの声は何時になく恐ろしく聞こえた。


「誰と言う事は無い。

 協議の結果決まった事だ。

 しいてあげるなら国民全て……と言うべきか?」


 そこにはシャルも含まれるのだろうか。

 ……俺は入ってなさそうだな。


「もう我慢出来ない!

 ……メガネなんかドラゴンに喰われちゃえ!」

「喰うよ?」

「そんな事をしても意味は無いよ。

 ……決定は覆らない」


 そして俺はシャルの言葉通り……メガネを喰らった。




◇◇◇




 今回の一連の件は全て一人の貴族に繋がっていた。

 その後の対応も同じ貴族が手を回した結果だった。

 情報は何時もの友人から得たものだ。

 友人の住居は変わっていたが……まぁ関係ないな。


『ファースト、見張りの位置を教えて』

『屋敷の門に二人と周囲を一人回っているだけだ。

 ……侵入は楽勝だな』


 俺とシャルはその貴族の屋敷へと来ていた。

 シャルは貴族と話をすると言っていたが……どうなる事やら。


 シャルは難なく貴族の元へと辿り着く。

 部屋の前に行き、ノックをする余裕まであった。


「……誰だ? 入れ」

「始めまして……虐殺者さん」


 シャルは静かな声だったが、それは怒りに満ちていた。


「ふむ、こんな深夜に無礼だな。

 そして言葉も悪い。

 賊……という訳でも無いようだ。

 侵入者よ、声を掛けると言う事は話でもしたいのか?」


 貴族からは余裕が感じられた。

 シャルが見た目はただの女の子だからだろうか。


「ええ、どうしてこんな事をしたのか教えて欲しいの。

 火事を……火を放って虐殺行為をした理由は何?」

「そんな事か。

 国の為だ。またそこに住まう民の為でもある」

「建前は良いの。本当の理由を教えてくれない?」

「ふむ、私が金や地位の為にこんな事をしたとでも思っているのか?

 お前はやはり賊か?

 金が全てだとでも思っているようだな。

 だが私は違う。

 真に国や民の為にと思ってやった事だ!」


 こいつは本当に国や民の事を思っている様に感じられた。

 シャルを金の亡者みたいに言った事は許せんが……あながち間違っていない。


「そうだとしても、何も知らない人々を殺す事は無いのでは?」

「あそこの住人はほとんどが犯罪者だ。

 だがそうでは無い者も少しは居るかもしれん。

 しかしこのままにしておいてどうなる?

 犯罪者で無い者もいずれそうなる。

 焼き払う以外により良い方法があるのなら教えて貰いたいものだ!」


 少しずつでも働く場所を提供する事は出来るかもしれない。

 だがそれ以上に犯罪を犯す者が増えてしまうだろう。

 どこか別の場所へ移動させるとしても、暮らしていけるだけの場所を提供する事は難しい。

 遅かれ早かれ死んでしまう事になるだろう。


 貴族の問いにシャルは答えられなかった。


「ここで思慮出来るだけの頭はあるか。

 私の事を調べた事、屋敷になんなく侵入して見せた事……興味深いな。

 その気があれば……私の元で働かないか?

 後は私の元で経験を積めば、この国にとって有益な人物になれるだろう」


 ふざけた事をと思えるが間違った事を言っているとも思えない。


「……私はお前を認めない」


 シャルはそう言い残し、貴族の前から去った。


「……何をしに来たのだろうな。

 これでは認めたも同じ事だろうに」


 俺は貴族の言葉が酷く不愉快だった。

 俺とシャルは国の依頼で人道的では無い事もする。

 俺達とこの貴族はそれほど違わないのだろうか。

 シャルが何も出来なかったのはそう言った理由からだろう。


『シャル、屋敷の裏側からなら楽に外へ行けるぞ』

『……分かったわ。

 今日はもう休みましょう。

 明日もお店で早いわよ!』

『ああ、分かってる!』


 シャルは先に帰って休んでいるだろう。

 そして俺は何時も後処理をしてから帰る事になる。




◇◇◇




 貴族の部屋にまたノックの音が響く。


「……入れ。今日は来客が多いな」


 俺は貴族の部屋へと来ていた。


「これは先程とは違うが……また可愛らしい来客だな」


 俺はドラゴンと言っても小さな幼生だからな。


「俺は一応男なんでね、可愛らしいと言うのは止めて欲しい」

「それは失礼したな。

 まさか言葉が通じるとも思わなかった」


 今はこの余裕すら腹立たしく感じる。


「お前は何故、火事を起こした?」

「またその問いか。国と民の為だ。

 ……そうか、お前は先ほどの者の使い魔か。

 噂で聞いた事があったのを今思い出した。

 これは惜しい事をした。

 もっと真剣に勧誘するべきだったか」


 こいつは俺とシャルに何を求めているのだろうな。

 まぁ、どうでも良いか。


「お前にとって大切なのは国や民か。

 俺にとって大切なのは焼き払われた住人達だ。

 その場合、俺はどうしたら良いと思う?」

「何の価値も無い犯罪者達を大切だと言うのか?

 その考えが間違っている。

 今からでも考えを改めるんだな」

「俺にとっては価値のある存在だ。

 たとえ犯罪者と言ってもな。

 それに犯罪というがそれは人が決めた法での事だろう。

 ……モンスターである俺がそんな物で判断する必要があるのか?」


 正確には違うのかもしれない。

 俺は使い魔と言う事で人の世界に存在している。

 だがそれも人の作り出した法と言う物だろう。


 俺は……モンスターである事を受け入れている。

 理由は簡単、シャルがこんな俺を求めてくれた。

 それだけで十分過ぎる理由だった。


「確かにそうかもしれん。

 ……ならば大切な者を守れなかった自分の力の無さを恨むが良い。

 私は大切な者を守る為にその力である国を大切にしている」


 それはもっともな理屈に聞こえた。

 だがその場合俺は……。


「つまり俺は国よりも強くなれば良いのか?

 国の力とはそこに住まう人々の事だろう?

 しいてあげるならその力とはお前の様な存在の事になるのか?」


 ここで貴族は黙ってしまった。

 話し合いはここまでなのだろうか?

 そして貴族は魔術を使用した。

 先手必勝、俺を倒すつもりだったのだろう。


 だがそんな物は発動すらしない。

 俺のアンチマジックフィールドによってな。

 何故か発動しない魔術に焦り、貴族は余裕をなくしていた。


「もう少し人の作り出した言葉と言う物で語ろうか。

 人は本当に賢いと思う。

 他の生物より劣った力しか持たないが考える事で強くなった。

 それは道具を使う事であったり魔術を使う事であったり様々だ。

 だから俺は……お前と同じ事をしようと思う」


 貴族は何も答えない。

 だがこれから起こる事が分かってしまったのだろう。

 その顔には恐怖が見て取れた。


「お前は犯罪者達の住処を焼いた。

 そしてそれは他の同じような犯罪者達を抑制する事にもなった。

 なら俺はお前を焼き払い、今後同じような事を考える者を抑制するとしよう」


 俺は本来の姿、成体へと変態する。

 その姿は幼生の時と違い、普通の大人の人間よりは二回りほど大きい。

 そして可愛いとは決して言えない程、恐ろしい物に違いない。


 貴族は恐怖で頭が回らないのだろう。

 先程聞いた言葉と同じ事を叫ぶくらいしか、貴族には出来なかった。


「わ、私はお前を認めない……」


 俺は幼生の時も成体の時もつぶらな瞳だけは変わらない。

 だが今は違う。

 凶悪なモンスターと同じ獲物を見る瞳になっているに違いなかった。

 俺はもう……我慢の限界だった。


 部屋の中を俺の吐いた炎が埋め尽くす。

 だが燃えているのは貴族だけだ。


 俺は今まで所構わず炎を吐き、周囲に甚大な被害を出していた。

 それはもう昔の話だ。

 今はきちんと制御し、思い通りの物だけを焼き尽くす事が出来る。


 普通、この様な複雑な事は魔法では出来ない。

 そしてモンスターは通常、魔法しか使用する事が出来ない。

 魔術を使用できるのは人間だけだ。

 ……俺はもうモンスターですらないのかもしれない。


 俺は貴族に向って魔術(・・)を使用していた。


 見た目は普通の炎と変わらない。

 焼き尽くすのは俺が認識している物だけだ。

 俺の得意な属性は黒の時空。

 空間把握の力と炎を吐く力を同時に使用する事でそれは可能だった。


 貴族の悲鳴が聞こえる。

 己がした事をしっかり考えて欲しいからな。

 焼き尽くすには時間を掛けている。


 直ぐにでも警備の者が来るだろう。

 だが炎を消す事は出来ない。

 消す事どころか触れる事も出来ない。

 ただ焼かれるのを見るだけだ。

 それはこのような事を今後起こさせない為には必要な事だ。

 きちんと各所へと報告して欲しい物だ。


 結局、貴族は俺に対して何も出来なかった。

 それは俺を認めた事になるのだろうか?

 貴族に確かめるのを忘れていたな。

 まぁ、どうでも良いか。


 俺は貴族の屋敷を去った。

 だがもう一つ仕事が残っていた。

 いや仕事と言うより俺の身勝手かな。

 俺はそれを終えてから帰る事になる。

 今夜も帰るのは遅くなりそうだった。




◇◇◇




 俺とシャルが住んでいる部屋に戻る。

 小さな部屋で、ほとんど物は無く、生活する上での必要最低限の物しかない。

 ……不必要なマジックアイテムは結構あったわ。


 その小さな部屋、ベッドの上にシャルは座っていた。

 いつもならもう寝てしまっているはずだった。

 だがシャルはまだ起きていた。


 そして何も言わずそっと俺を抱き寄せた。

 俺は元の幼生に擬態しており、シャルの腕の中にすっぽりと収まる。

 感覚共有(シンパシー)があるからな……俺のやった事は筒抜けだった。


 俺は今後、大切な者を守れるだろうか。

 その力は十分にあるはずだ。

 後はその使い方次第だろうか?


 今回は……失敗だったのかもしれない。

 シャルは俺がした事を自分がした事の様に思っている。

 そして自らを責めているかのようだった。


 こんな時、俺は成体へと変態し、逆にシャルを抱いてあげる。

 今度は俺がシャルを包み込む番だ。

 ドラゴンが幾ら手が短いとは言っても成体ならシャルを腕の中に収める事が出来た。

 シャルはそれを拒まない。

 むしろそれを望んでいる。


 俺とシャルは一線を越えていた。

 人と魔物なのだから一線どころか遥か彼方まで行ってしまうくらい越えているのだろう。

 だがそれは人の世界の法だ。


 俺とシャルにそんな物は必要なかった。

 小さな部屋で一匹と一人が交じり合っていた。




◇◇◇




何故(・・)か昨夜、火事の現場から炎が上がり亡くなった者の遺体が消えて無くなった。

 その炎は周囲に燃え移る事は無く、直ぐに鎮火したと聞いている。

 ……それとは別に貴族が一人、同じような炎で焼かれたと言う報告もある」


 俺とシャルに今までとは違う新しいメガネを付けたメガネが説明をしていた。


「で? それに何の意味があるの?」

「メガネ、また喰うよ?」

「私のメガネはもう喰わないで欲しい。

 ……何も知らないならそれで良い」


 メガネは気付いているようだったがそれ以上追及してこなかった。

 シャルの言った通り、何の意味も無い事だからな。




 火事の現場はまた焼かれた。

 そこには綺麗さっぱり何も無くなっていた。

 だが俺とシャルの中には残っている。


 俺は全ての者を認識した。

 そしてシャルも同じ事を感じた。


 それは同じ焼く事で何の意味も無い事だ。

 だが俺達の出来る弔いはこれしかなかった。




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