第九十五話 裏目
依頼を完了し、王都へ帰って来た。
そこで俺とシャルを待っていたのは日常では無かった。
まだ辺りは暗く、何時もなら誰しもが寝静まっている時間だ。
だが王都は明るく騒がしかった。
赤く光る炎をが燃え盛り、住人達の騒がしい声が響く。
「火事だ!」
いち早く気付いた俺はシャルに向かって叫んでいた。
「あの場所は確かスラムがある場所だ!
役人共はどうせ直ぐには動かないぞ!」
「急ぐわよ!」
俺とシャルはスラムへと急ぐ。
◇◇◇
火事の現場、スラムではそこに住む者と近隣の住民だけが消火活動を行っていた。
役人共は案の定、税金を払えない者に対しては冷たい対応だった。
「ファースト! 火を消して!」
「俺か!? ……やってみる!」
俺は火を消すような魔法は使えない。
やれる事といったら……アンチマジックフィールドくらいしかなかった。
火事の現場全てを包むような範囲で使用してみるが、ほんの少し炎の勢いが弱まった様に思えただけだった。
「駄目だ!」
「役立たず! 私がやる!」
すんごいへこんだ。
俺は人間の様に器用に魔法を全系統使える訳では無い。
目の前の出来事に無力な事と、シャルの言葉でとにかくへこんだ。
へこんでいる俺を無視してシャルは魔術を使用していた。
膨大な量の水を魔力で作り出し、空から降らせた。
それは一般人が見たらただの雨にしか思えないだろう。
その雨の勢いは強く、炎は徐々に鎮火していった。
しかしそれはあまり意味が無かったのかもしれない。
焼け跡から生存者は発見されなかった。
それでも俺とシャルはその場を離れなかった。
亡くなった者を弔いたかった。
見つかった遺体は黒焦げで誰が誰だか見分けも付かない。
しかし俺には分かった。
それが見知った子供達やスラムの住人達である事が。
「ファースト、正直に教えて。
……知り合いは居たのかしら?」
俺はシャルに伝えるか迷った。
だがその迷った瞬間に……シャルには分かってしまった様だ。
「そう……」
「……すまない」
なぜか俺は謝っていた。
「ファーストが謝る事では無いわ。
……せめて手厚く弔ってあげましょう」
スラムの住人を弔う者は少ない。
今回被害を受けた範囲を考えると、とても時間が掛かりそうだった。
炎が消えた後も国の役人達や兵は誰もその場には現れなかった。
炎が完全に鎮火し、日が昇ってから状況の確認にやっと現れる事になる。
「お前達!
勝手に現場を荒らすな!
今後は国がこの後始末を行うから出て行くんだ!」
今頃現れて何を言っているのかとも思う。
しかし抗った所で意味もない。
俺とシャルは役人共の言う通りにした。
◇◇◇
俺はもう何もする気力が無かった。
だがシャルはお店に行くと言う。
まぁ、帰って来たと言う連絡は入れておくべきだな。
「シャルちゃん、帰って来たんだね!
長旅で疲れているんじゃないかい?
仕事はまた明日からで良いからね!」
女将さんはいつも通りだった。
それを見るだけで何故か安心できる。
「いえ、大丈夫です。直ぐに手伝いますね!」
え、働くの?
シャルのこの元気は一体どこから出てくるのだろうか。
「シャルちゃん、そんな急がなくても……」
そこで女将さんは何かに気付いた様だった。
「そんな恰好じゃ駄目だね!
まぁ、そんなに働きたいなら一度着替えて、昼からでもお願いしようかね」
「……はい。分かりました」
シャルの服は黒く煤で汚れていた。
火事の現場に行ったと直ぐに分かる程に。
「……しっかり見てやらなきゃ駄目だからね!」
俺は女将さんに勢いよく叩かれた。
女将さんもシャルと同じような気持ちだから気付けたのだろうか。
本当に俺は何を見ていたのだろうか。
シャルは元気なはずが無かった。
長旅からの帰還。
火事を消す為に特大の魔法を使用。
亡くなった者達の弔い。
しかもそれは見知った者だ。
疲れているに決まっている。
そしてそれは肉体的によりも精神的にだ。
シャルは少しでも早くいつもの日常に戻りたかったのかもしれない。
俺はこれまでの非日常的な事に慣れてしまい、感覚が麻痺していたのだろうか。
いや、そんな事は理由にはならない。
「シャル、無理せず休もう!
女将さんには俺から言っておくから」
「大丈夫よ。
今は少しでも動いていた方が楽だから……」
それを大丈夫とは言わない。
シャルは旅先であまり良い事とは言えない事をする時もある。
それは少しでもよりよい世界にする為だ。
だがそれは本当に守りたい者達を助ける事には繋がりにくかった。
結果の分かりにくい事をするには何かしらのモチベーションが必要だ。
それが仕事ならお金と言う分かりやすい結果がある。
だがシャルの本当に望む物は違うのだ。
……平凡な日常がシャルの望みだった。
◇◇◇
結局、シャルはお昼からお店のバイトをしていた。
この平凡な日常が本当にシャルを癒してくれるのだろう。
だが思い通りには中々いかない物だ。
「昨夜の火事は凄かったよな!」
「ああ、あんな大規模な火事見た事ねぇよ!」
火事の大きさに驚く者。
「沢山人が死んだらしいぜ」
「現場は酷い有様らしいな」
火事の被害を語る者。
「でもまぁ、死んだのはスラムの奴らばかりだろ?」
「居なくなってすっきりしたともいえるな」
火事を好意的に受け入れる者。
そんな奴らにはアッツアツか凍った料理が出される事になるがな。
今日のお客はずっと火事の話ばかりだった。
それほど大きな物だったという事だ。
「女将さん、すいませんが明日は休ませてください。
やっぱり少し疲れが残っていたようです」
「良いんだよ! ゆっくり休みな!」
明日は特に国からの依頼など入っていない。
シャルが自分の用事で休みを取る事は、これまで無かったような気がする。
本当に疲れが残っていたのだろうか。
いや違う。
このシャルの感じは……。
『ファースト!』
『はひ!』
噛んでしまった。
念話なのに噛むとはこれ如何に。
それは恐怖の成せることだろうか。
『明日はメガネに会いに行くわよ。
……爆発石はいくつ必要かしら?』
『そ、そんな物は必要ないから!?』
今回の火事には少し裏がありそうだった。
◇◇◇
「君達から会いにくるとは珍しいな」
このメガネは何時も王城にいるな。
それでどうやって情報を集められるのか。
優秀な部下が沢山いると言う事なのだろう。
「今回の火事について教えて」
シャルは単刀直入に用件を言った。
「火元は不明。
これだけ被害が出た原因は住居が燃えやすい物で出来ていた為だと思われる。
死亡者の人数は不明。
税を払っていない者達ばかりで身元の確認のしようも無い。
負傷者は少数だ。
近隣の消火活動をしようとした者が誤って軽い火傷をしただけだ」
何も分かっていないのと同じだった。
「なぜ国は消火活動をしなかったの。
被害が広がった原因はそれでしょう?」
「対応が遅れたのは事実だが、それが原因とは言い切れない」
全く持って腹の立つ回答だ。
のらりくらりと躱されている感じだった。
「こういう時にこそ魔術師が対応するべきでしょう。
近くに魔術師が居なかったとか言わないでよね?」
「魔術を安易に使用してはいけない。
そう言った意味で君の行動は問題視されている」
シャルが魔術で消火活動をした事は知っているようだった。
そんな事は調べられるのになぜ他の事が分からないのか。
「だがそれを咎める事はしたくはない。
君が大人しくしていれば何の不利益も無いと断言するよ」
今日のメガネは何時もと少し違うように感じるな。
「……今後の対応は?」
「今回被害の出た場所についてどうするかはまだ協議中だ」
本当に何も分からなかったな。
それにしても説明する時にいちいちメガネをクイクイと直すのが苛立たしい。
「本当の事を話す気は無いのね」
「私は事実だけを話している」
シャルはメガネを全く信用していなかった。
「……嘘をつく時にメガネを直す癖、治した方が良いわよ?」
「私にそのような癖は無い」
そう言ってまたメガネを直しているのが情けない。
◇◇◇
俺とシャルは王城を後にした。
結局、メガネと話しても分かった事は少なかった。
だが重要な事も分かった。
「ファースト、どうだった?」
「メガネは嘘ばっかり言っていたと思うよ。
でもそれは本当の事を知っているって事だ」
俺は集中すれば本当に感覚が鋭くなる。
相手の体温、心拍数、血圧みたいなような事も分かる。
数字を出せと言っても言えないがいつもと違うと言う事は感じられた。
……勿論、嘘をついてる可能性が高いだけで断言はできない。
「こういう時は誰を頼るべきかしら?」
シャルには頼りになる奴隷……じゃなかった友人がそれなりにいる。
その一人に会い、情報を得る事にした。
今回は冷静沈着で分析好きのあいつだろうか。
◇◇◇
友人は会いに行くと何時も驚いていた。
どうやってここが分かったのかと、分かったからと言って勝手に部屋に入るなと。
まぁ、そんな事は軽くスルーして本題を聞いてきた。
今回の火事は……放火だった。
これはある程度予想していた。
俺がアンチマジックフィールドを使用した時、炎が少しだが弱まった。
それは魔法の痕跡があったと言う事だ。
そしてスラムの様な場所にマジックアイテムなどまず無い。
誰かが魔術を使用して火を付けたと考えるべきだろう。
そして放火した者も分かっていた。
国に仕える魔術師が数名、この件に関与していた。
だがこの者達は命令を忠実に実行しただけだ。
実際の発案者は他に居る。
それは国の役人だったが魔術師では無かった。
そしてその発案内容も区画整理をする際、効率的に行う為に炎の魔術を使用すると言った物だった。
区画整理をし、国が管理しやすいようにする。
これは誰しもが望んだ事だった。
そしてそれは実行される事が協議の結果決まっていた。
間違っていたのはそこに住む住人に何の知らせもしなかった事だ。
スラムに住む、税を払えないような者は人では無いと言う事か。
一緒に燃やした方が効率的だとでも言うつもりなのだろうか?
スラムの住人の多くは犯罪者なのだからむしろ善行だとでもいうのか。
そして今回の放火を国は……黙認した。
今回の件で損をする者は死んだスラムの住人だけだからだ。
計画的に放火された今回の件は周囲に被害を与える事はほとんど無かった。
逆にその中にいた者は……逃げる事は出来なかった。
最後に今回の件を実行に移した人物も分かった。
何の事は無い、火事のあった地区を管理している貴族だった。
そいつだけに責任がある訳でも無い。
今回の件で利益を得た者はその末端の魔術師や兵士、役人に至るまで沢山いるのだから。
勿論、何も知らない一般人の平民もそこには含まれるのかもしれない。
メガネは全てを知っていたに違いない。
知っていて俺とシャルには教えなかった。
知らない方が良いと考えたのかもしれない。
他にする事が沢山あるのかもしれない。
なんらかの圧力がかかったのかもしれない。
俺はいっその事、関わった者全てを……と思ったが止めた。
シャルが何もしないと決めたからだ。
亡くなった者の冥福を祈ろうと。
俺とシャルは平凡な日常を送る。
やり場のない悲しみは時間が癒してくれる。
しかしその時間を待ってくれる程、世界は優しくない。
トルペ
性格は冷静沈着
趣味は分析
シャルの同級生で現在は国の諜報機関の様な物に所属
一か所に定住せず何時も別の場所に移動している
しかしなぜか何時もシャルに見つかり、勝手に部屋を荒らされる事も
シャルの前では冷静でいられなくなるが……好意がある為ではない