第十話 休業2
「暴れるなよ」
俺はここまで小さな皮の袋に入れられて運ばれてきた。
そして袋から次は小さな檻に入れられた。
ここまで暗闇に包まれ何も見えなかった。
だがドラゴンの感覚のおかげか学園とこの場所の位置関係は手に取るように分かった。
郊外の山の中だろう、古ぼけた小屋のような場所に俺とマルメラは連れてこられていた。
扉が一つ、窓が一つ。
中には椅子がいくつかと机があるだけで他には何も無かった。
埃もかなり貯まっていて、今では使われてない場所なのだろう。
それを誰かに伝えるすべは無いだろうか。
マルメラは意識を取り戻していたが、口は布で塞がれ体も縄のような物で縛られていて身動きが取れない。
初めは混乱していたようだが今は自分の置かれた状況を理解しているようだった。
「楽な仕事だった。
ドラゴンを捕まえろと言われた時は無理だと思ったがな。
情報の通り、碌な力も無く言葉も通じるから脅せば従う。
ここで依頼主に渡しておしまいさ」
「俺達は依頼主とやらに渡された後どうなる?」
「さぁな。
だがなるべく無傷でと注文されていた。
恐らくドラゴンの力を利用しようとしてるんじゃないか?
まぁ俺の知った事じゃないがな」
依頼をもうほぼ終えたと思って俺達を攫った男は気が抜けているようだった。
もっと話をしていろいろ聞こうとしたが依頼主とやらが来たようだ。
「上手く行ったようだな……」
そいつは人攫いとは違い、ローブを深くかぶり顔を隠していた。
「約束のドラゴンと主人の女だ。
報酬を渡して貰おうか」
「……そいつは誰だ?
ドラゴンの主人では無いようだが」
「な!?
そ、そんなはずは……ドラゴンと確かに一緒にいた女だぞ!」
慌てた人攫いは乱暴にマルメラを掴み上げ口を塞いでいた布を剥ぎ取る。
「おい、本当に違うのか!?」
人攫いは刃物をマルメラの首に当てながら恫喝してくる。
刃物を当てられた首からは少し血が流れ出していた。
「人違いよ……」
マルメラは小さく消え入るような声で答えた。
「くそ!」
人攫いはマルメラを床に投げ捨てた。
「……依頼は達成されていないようだな」
「今更戻って攫う事は出来ない。
……報酬は半分で良い」
「それは出来ない相談だ。
主人と使い魔は離れていてもお互いの意識を分かり合う事が出来る。
情報ではまだその力は持っていないはずだがな。
しかしこのままではすぐに見つかってしまう可能性がある」
どこから手に入れた情報だろうか。
しかしそれは正しかった。
「チッ、なら殺してドラゴンの素材だけも売っぱらうか」
「それでは此方が困る。
少し依頼内容の変更をしよう。
国境を越え、ライフィー共和国までそいつらを運んでもらおうか」
「……いいだろう。
どうせこの国からはしばらく出ていようと思っていた。
この女はどうする?
関係ないなら殺すか」
「ドラゴンが大人しくしているのは主人の知り合いか大切な者なのだろうが……。
だがドラゴンには今の所何の力も無い。
此方としてはドラゴンさえ運んでもらえれば良い。
女は好きにしろ」
俺には何もできないのか。
このままではマルメラが殺されてしまうかもしれない。
「あとこいつを渡しておこう。
通信用の魔道具だ。
魔力を込めれば俺と連絡が取れる。
国境を越えるか、もしくは不測の事態が起きた時に使うと良い」
「ああ、分かった」
そういって人攫いに赤い燃えるような色をした魔石を渡した。
俺はどうすればいい?
「ではこれで失礼する。
次会う時はライフィーだな。
今度こそ失敗しないように祈っているよ……」
ローブの男は足早に小屋から去っていった。
ここからまた移動するのだろうか。
「くそ、仕事が増えちまった。
ああったく、こいつのせいでよー!」
「キャッ……」
人攫いはマルメラを蹴り上げる。
マルメラは悲鳴のような声を上げていた。
「やめろ! 乱暴するな! そうすれば俺は大人しくしている!」
「チッ、道中ずっと騒がれても面倒だしな」
人攫いは一先ず落ち着いたようだった。
俺達はこれからまた移動する。
だがこれ以上移動した場合に例え念話が使えるようになったとしても場所を伝えきれる自信が無い。
目印になるようなものがあれば良いがまた袋に入れられた場合、そのすべてを感じきれるとは限らない。
ドラゴンは必要な時に魔法を使えるようになるんじゃなかったのか!
俺は今がその時だと思うのだが、結局魔法は使えるようにはならなかった。
俺はだが。
『アンタは大人しくしてれば良いのよ!』
窓が割れる音がする。
何か石のような物が投げ込まれたようだ。
その石に人攫いは気を取られた。
「な、何だ!」
そしてその石は閃光と爆音を放った。
中にいた者は体が竦み、一瞬身動きが取れなくなる。
その間は二、三秒だっただろう。
扉から複数の男達、多分兵士が勢いよく入り人攫いを押さえつけてしまった。
そして少し遅れて兵士とは違う一人の青年と思える者が入ってくる。
「大丈夫? 怪我は無いかい?」
青年はマルメラに近づき拘束を解いていく。
遅れて見知った女の子が入ってきた。
「アンタは本当に役立たずね!」
シャルだ。
今日ほどシャルの顔を見て安心した日は無かっただろう。
「一応これでも何とかしようと頑張ったんだよ!」
「アンタは何もしてないけどね」
「そうだけど……」
シャルはまるでこれまでの事を見ていたかのように言う。
俺は首をうなだれる事しか出来なかった。
「何も出来なかった訳じゃない。
何も(・・)しなかったの(・・・・・)が正解だったから良いじゃない」
シャルは檻から俺を取り出し持ち上げた。
「良く逃げずに頑張ったわね。
怖かったでしょうに……」
「まぁ一応、男の子だからね!」
「いや、そこは誇り高くドラゴンだからって言うところでしょう……」
俺達は冗談を言えるくらいには安堵していたと思う。
「それにしてもどうしてこの場所が分かったんだ?」
「何となくだけどアンタの事を感じる事が出来たのよ。
感覚共有っていう主人と使い魔の間で使える魔術よ。
まぁ居場所しか分からなかったけれどね」
だがシャル達が突入するあの時、確かに俺はシャルの声を聞いたと思う。
「これについてはまた後で話しましょう」
そうだな、今はそれよりもただ休息を取りたい気分だった。
だが俺以外にも気にしてる奴がいたようだ。
「く、くそ…… なんでここが分かった!
おい、助けてくれ!
……不測の事態ってやつだ!!!」
助ける訳が無いのに人攫いはそう叫んでいた。
そして胸の辺りに入れていた何かが赤く光っていた。
「ん……? まずい! 皆伏せろ!!!」
青年が叫ぶ。
そして青年はマルメラを守るように覆いかぶさった。
シャルもとっさに俺を胸に抱いて屈んでいた。
そしてその声の少し後……小屋は吹き飛んでいた。
◇◇◇
小屋は老朽化していた事もあってか、屋根が完全に無くなり半壊していた。
そして人攫いが亡くなった。
それを取り押さえていた兵士は軽い怪我を負っていた。
青年のとっさの声だけでこれだけの回避行動を取ったのは賞賛すべきだろう。
人攫いの胸の辺りで赤く光っていたのはローブの男に渡された魔道具だろう。
それは通信用の物では無く、魔力を込めると爆発する火炎石と呼ばれる物を使った魔道具だった。
小屋に投げ込まれた石も魔道具で火炎石を使っているがその破壊力は全く違ったものだった。
俺とマルメラは爆発では傷を負わなかった。
マルメラは青年が使った対魔法障壁で守られていた。
それは魔法で作られた壁のような物で魔法の効果を打ち消し無効化できる。
俺はシャルのお陰で無傷だった。
だがシャルは対魔法障壁を使う事が出来ない。
爆発から離れていたので重症ではないが、何かの破片が飛んできて当たったのか頭から血を流していた。
「シャル……大丈夫?」
「対したことないわよ。
頭の傷は派手に見えるだけよ」
俺は自分のせいで傷ついたシャルが心配で堪らなかった。
「私が……治す……」
マルメラがシャルに近づきそう言ってきた。
「気にしないで。
それにマルメラも怪我をしているじゃない。
そっちを先に手当しなさいよ」
「これは……すぐ治る……」
首についていた切り傷を指で軽くなぞるとそこか小さく光る。
そして初めから何も無かったかのように傷が消えてしまった。
マルメラの魔法だろうか。
「私は治癒が得意。
自分の傷ならすぐに治してしまえる。
でも他者の傷は治せない」
急に饒舌になったマルメラが説明を始めた。
「それじゃ治せないでしょう……」
「でも媒体を使えば治せる。
私に任せて……」
マルメラは黄色いジャムを取り出しそれをシャルの傷に塗っていった。
先ほどと同じようにマルメラの手元が光った。
そしてシャルの傷は瞬く間に治ってしまった。
「……ありがとう。
全然痛みも無いわ」
「此方の台詞……ありがとう……。
助けて……くれた……」
「マルメラは巻き込まれたのよ」
「それでも……危険……。
見捨てた方が……良かった……。
貴方も……ありがとう……」
俺はマルメラに抱きかかえられた。
逃げなかっただけで何も出来なかったんだけどな。
「それにしてもマルメラって普通に話せたのね」
「話すの……面倒……。
さっきは……早く治したかった……」
マルメラは少し顔を赤くしていた。
恥ずかしがる事ではないと思うけどね。
それにしても散々な日だったな。
でもこれで一段落……では無かった。
その後、長い長い事情聴取が兵士によって行われた。
◇◇◇
やっと終わった……。
そうは言ってもほとんどマルメラが受け答えしていたがな。
焦点は逃げたローブの男の事だった。
シャル達が来た時にはもうすでに小屋を後にしていた。
俺の救出が優先され、しかも爆発の事もあり追跡はされていなかった。
ローブの男はライフィーア国に行くような事を言っていた。
しかし人攫いの男に火炎石を渡している事からも今回は失敗したと考えていたはずだ。
とても態々本当の事を話すとは思えないが、一応兵士を国境付近に向かわせるとの事だった。
長い事情聴取が終わりこれでやっと寮に帰り休む事が出来る……はずだった。
「ふー、今日は疲れたよ」
「ドラゴンでも疲れるのね」
「まぁ精神的にね。
さっさと寮に帰って休みたいね」
「ん、マルメラは帰れるけど私達は寮には帰らないわよ」
「え! まだ何かあるの?」
狙われた事が関係しているのかな。
「学園で爆発があったでしょう?
あれは賊が学園の保管庫から魔石を奪っていく為に行われたの。
私達の誘拐とどっちが本命だったかは分からないけどね。
生徒達が戻ってくるのに合わせて賊が入り込んでいたみたい。
今もう一度学園すべての人間を確認し直してる所よ。
だからそれが終わるまで戻れないわ。
また狙われるかもしれないからね」
「じゃあ宿か何かに泊まるのか。
大丈夫か……凶悪な魔物と間違われないかな?」
シャルが買い物に行く時に着いて行けなかった理由をどうするのか気になった。
「んー、今ここで渡しちゃおうか」
シャルは俺の頭に……リボンを付けた。
「これは何の冗談でしょうか……」
「ほら首輪とか枷が欲しいって言ってたじゃない?
でもそんなのは私の趣味じゃないからこれでいいかなって。
これで凶悪な魔物とは思われないでしょう?」
「いやでもこれは……確かに一目で分かるかもだけど……」
「一応魔道具で高かったんだから。
丈夫で火にも強くて更に伸縮性も高いのよ!」
「そう言う事じゃなくてですね……」
シャルに俺の気持ちは中々伝わらない。
「ふふふ、中々似あってるわよ!」
「全然嬉しくない!」
伝わっていたようだがあまり意味は無かったのかもしれない。
これからずっとリボンを付けなくてはいけないのだろうか。
それを考えると俺は疲労と合わせて更に憂鬱になるのだった……。