第九十三話 裏腹
「シャルちゃーん!
何時も夜はどこに行ってるんだ?
……何なら俺が相手して上げるよ?」
「結構です! ご注文をどうぞ!」
最近こういう輩が増えて来た。
「何時ものを頼むよ!
……娼館まがいの事をしているなら、俺が高値で買ってあげるからさ?」
「していません!
……此方がご注文の料理になります」
「まー、考えておいてよね?
……って、あっつ! これ熱すぎだから!」
料理は俺の手によってアッツアツにされていた。
「……失礼しました。
此方をどうぞ!」
改めて出された料理はちゃんと冷やされていた。
……凍り付いているくらいに。
「スープが硬いってなんだよ……」
シャルもかなり頭に来ているようだった。
そこで女将さんに話しかけられる。
「シャルちゃん、今日は夜の食事時の後、少しだけ時間あるかい?」
女将さんがシャルに都合を聞いてくる。
仕事以外の事では珍しいな。
「はい、今日は大丈夫です」
「それじゃあ、今日はまた夜から出てくれれば良いからね」
珍しく仕事は朝だけで昼は出なくても良いようだった。
お客からの言葉で気を使って貰ったのだろうか?
思わぬ休憩を貰い、俺とシャルは何をするか悩んでしまう。
結局、日用品の雑貨でも買おうと町へと行く事にした。
◇◇◇
シャルは本当は貴族の出身だ。
何不自由ない生活も望めたし、色よい縁談の話もあった。
だがそれをシャルは望まなかった。
自分の力で自由を勝ち取り、広い世界へと出る為に。
しかし……自由を勝ち取ったはずが、ちょっとした失敗で今は更なる不自由を被っていた。
俺とシャルが向かった先は商業地区だ。
本来なら貴族のシャルは貴族地区へ向かうのが普通なのだろうがな。
ここ王都では大きく分けて四つの地区に分ける事が出来る。
王城を中心に貴族地区、商業地区、一般地区と周りに広がっている。
まぁ、中心に近づくほど裕福であるとされているな。
ここ最近は人口増加が激しく、五つ目の地区に区分けされるのではと言う噂もある。
だが四階層目、一般地区はあまり良い状態とは言えなかった。
スラムの様な、本当に人が住んでいるのかと思えるような場所が数多くあり……治安も悪い。
治安の改善の為にも区画整理などの区分けが期待されているのかもしれない。
きちんと国が管理出来る体制が一般的には望まれていた。
逆に貧富の差が激しくその改善も必要だと思われる。
しかしそれは俺個人の考えでこの世界では一般的では無かった。
商業地区には様々なお店が立ち並んでいる。
その多くが平民向けで安価な商品を取り扱っていた。
お店もそれ程立派な物では無く、露店の様な物がほとんどだ。
「コラ小僧! 品物を返せ!」
人が多く行きかうこのような場所では日常茶飯事の出来事が起きていた。
何時もなら気にも留めないが今回はそうもいかなかった。
……追いかけられている子供が見知った顔だったからだ。
そしてその子供は露店の商人に捕まってしまった。
「くそ、はなせ!」
「ええい、暴れるな!
国につき出してやる!
もう二度と盗みが出来ない様な罰を受けるんだな!」
ここアインツ王国の法は平等では無い。
貴族は魔法の使える魔術師である事が多い。
魔術師は国の重要な財産であると考えられている為、擁護されやすい。
また税をきちんと払っている国民にも寛容だ。
その罰も罰金か強制労働くらいな物である。
だが……税を払っていない者に対しては厳しい。
それは国民では無いと言う事になるからだ。
見知った子供はスラムの住人だった。
税など払いたくても払えるはずもない。
そしてその罰は……肉体に苦痛を与える物になるだろう。
怪我をしても碌に治療をするお金も無いのだ。
下手をすればそのまま死んでしまう事すら考えられた。
「少し良いかしら?
……これで品物の代金には足りるでしょう」
シャルは金貨を数枚、商人に握らせた。
それは品物の代金としては多すぎる金額だった。
お店のバイトだけではこんな金額を簡単に出す事は出来ない程だ。
「なんだいアンタは?
……こ、これだけあれば十分さ。
小僧は好きにしな。
だがこんな事をしても何の意味も無いぞ?
むしろ悪い事しか無いね!」
そう言って商人は自分の露店へと帰っていった。
シャルはそんな事、分かっている。
それでもシャルは子供を助ける事を選んだのだった。
俺とシャルは子供を連れて人通りの多い場所から離れた。
ここでは騒ぎのせいで注目され、落ち着いて話が出来ないからな。
「……シャルお姉ちゃん、ごめんなさい……」
「気にしなくて良いのよ。仕方のない事だから……」
盗みは犯罪だ。
だがそれをしなければ生きていけない。
死んでしまうのだ。
それを罰する事は俺とシャルには出来なかった。
……なんとも甘い事だと自分でも思うがな。
そして今日はまた恵まれない者達に食事を分け与える事にした。
十分な量は確保出来ない。
少しずつだが一人一人大勢の者達に配っていく。
たとえ確保できても一度に沢山の量を配る事は出来ない。
このスラムの中ですら奪い合いが起きてしまう。
この世界には本当に優しさが足りなかった。
◇◇◇
夜、お店での仕事が終わると女将さんと話をする事になった。
そこには料理長も同席し、何やら神妙な面持ちだった。
……料理長の顔からは何時もと同じ強面で何も判断できないが。
「……シャルちゃん、答えたくなかったら答えなくても良いけど聞いてくれる?」
女将さんは何時になく真剣に話す。
「夜の仕事をしているらしいけれど、そんなにお金に困っているのかい。
なんならここでの仕事をもっと増やしても良いんだよ。
……体を売る仕事は控えた方が良い。
自分の為にも、周りの為にも……ね?」
女将さんは何か勘違いをしている様だった。
勘違いとは言え優しい言葉である事に違いは無い。
「ご心配をお掛けしたようですが、女将さんが考えている様な仕事はしていません。
ただ少し変わった仕事をしているだけです。
……これまで通りに働かせて頂けたらそれで十分です!」
シャルは女将さんの申し出を断った。
まぁ、勘違いなのだから当たり前だが。
でもこのままここで仕事を続けるのは悪くない。
何時かそんな日が来るかもしれないな。
「私の勘違いならそれで良いんだよ。
でも本当に困っているなら何時でも相談に乗るよ?
そこのドラゴンを売っちまえば話は早いと思うけど……。
まぁ、アンタらの仲を見てると売りたくないって言うのも分かるからお勧めは出来ないね」
それで失敗しているとは言えないな。
シャルには体を売るなって言っておいて俺は売れとか。
だが、酷いとも言えない。
所詮はモンスターって事だろうな。
「ファーストは大切な存在です。
売る事なんて出来ません!
……角の一本や二本くらいならと迷う事はありますが」
「そこは迷わないでくれよ!」
俺は悲痛な叫びを上げる。
「ま、ドラゴンはシャルちゃんを守ってやりな!
皿みたいに割っちまうんじゃないよ?」
「ああ、任せとけ!
……皿も割らないよう注意するよ」
これで話は終わりだった。
そして明日からまたいつも通りお店で働く……とはならなかった。
◇◇◇
依頼主、国からの呼び出しだ。
正確にはその仲介人のメガネだがな。
俺とシャルは王城へと足を運んでいた。
一般人は門前払いだが、俺達は顔パスである。
……ドラゴンの使い魔なんてそうはいないからな。
その王城の一室でメガネは俺達を待っていた。
「直接会うのは久しぶりだな。
今回の依頼は少し遠出になる。
それに重要な案件なので私から説明する事になった」
そのメガネはこの国最強の騎士団の一人だ。
アインツ王国騎士団。
騎士団長を筆頭に少数精鋭のエリート集団と言った所か。
その副団長……アイゼンとは、このメガネをかけた男だった。
多忙なエレクトに変わり、実際に騎士団を指揮しているのはこのメガネだ。
「もう! わざわざ呼び出したと思ったら遠出の仕事?
私は諸事情でなるべくお店で仕事をしたいのだけど!」
「出来れば他を当たって欲しいね!」
俺とシャルは断るつもりだった。
「重要な案件と言っただろう?
……その分報酬も高くなる。
今までの十倍は出す事になるだろう。
成果によっては更に出す事もありうる」
痛い所を突きやがって!
だが重要な案件である事もまた事実だった。
「銃の製造元と思われる場所を捜索して欲しい。
大体の目星はついているが、後は実際に行ってみるしかない」
それは規制されているはずなのに流通している……銃の事だった。
銃によって起こる犯罪は増加している。
またその被害も大きなものだった。
アインツ王国の兵は基本的に剣や槍、飛び道具だと弓が主な武器だった。
銃の使用には厳重な規制が施されている。
いとも簡単に人の命を奪えるからだ。
銃を持つ犯罪者を止めるには多大な労力……犠牲が必要とされていた。
「……場所は?」
シャルはこの仕事を受ける気になったようだ。
金か、重要性か、その両方か……理由は分からないがな。
「東の地……アフュンフ国だ」
そこはかなり危険な場所。
戦乱の真っ最中の場所だった。