第九十二話 裏付
俺とシャルの朝は早い。
まずはバイト先のお店に顔を出してから今日の買い出しを行う。
「ふぉふぉふぉ、今日も早いの!」
結構大きなお店、というかこの国で有数の商会の店に買い物に来ていた。
その商会、フォーゲル商会の頭取だ。
このじじいは。
「アードラーも早いな。
わざわざ俺達の相手をする為に早起きする事はないぞ?」
「いやいや、もう二度と騙されない様に儂自ら相手するしかないじゃろーて!」
「あれは事故みたいなもんだって!」
「そこのお嬢ちゃんは隙あらばといつも狙っておるようじゃがの?」
「……アードラーさんには隠せませんね」
シャルさん、まだ諦めてなかったのね。
まぁそれは置いといてフォーゲル商会にはいつもお世話になっている。
食材を格安で売って貰えるからだ。
……何も悪い事はしていないからな?
そして買った食材の量はかなりの量になる。
俺は買い出しに便利なマジックボックスと言う魔法を使用できる。
こことは違う別の空間に物を収納して置ける便利な魔法だ。
だが魔法は使用しない。
一応、俺はただのモンスターと言う事になっているからな。
使い魔だから、人の言葉を話したり理解したり出来る事以外には……まぁ飛ぶ事くらいかな?
周りに見せても良い力というのは。
となると、必然的に買い出しの材料は普通に持つしか無くなる。
それを俺とシャルで半分ずつ持つ。
シャルの優しさを感じるだろう?
……使い魔をこき使う主人に見られたくないから。
っていうのが本当の理由だと知らなければな。
◇◇◇
買い出しの後は料理の仕込みが始まる。
と言ってもシャルが材料を切るくらいで実際に料理するのは女将さんの旦那さんだ。
旦那さんは料理長で厨房を全て取り仕切っている。
……厨房の手伝いにはシャル以外に二人ほどいるだけだがな。
そして俺は……皿洗いしか出来ない!
朝食は宿に泊まっているお客の分だけ、という訳には行かない。
食事だけのお客も結構いるのだ。
料金が比較的安いから!
コネで安く買えるだけだが。
「トレーネちゃーん! いつもの頼むわ!」
「はーい! 準備できてまーす!」
トレーネは獣人族で……可愛い。
獣人族は普人族にネコミミ尻尾を付けたモフモフと言った感じだ。
つまり夢の様な存在だ!
ついでに力持ちと言う事も付け加えておこう。
「ツェーレちゃん! 今日は遠出になるんでお昼の分を持ち帰りでお願い!」
「はい! すぐに準備しますね!」
ツェーレはトレーネの妹で同じ獣人族だ。
姉に劣らずこれまた可愛い。
まぁ後は従業員の容姿がそれなりに繁盛している理由の一つかもしれないな。
ちなみに料理長はお客の前に顔を出さない。
……顔が怖すぎるからだ!
そしてシャルはお客が前に顔を出さない。
……可愛いけど性格が怖すぎるからだ!
それが良いって言う変わったお客も少しだけいるけどな。
◇◇◇
朝の忙しい時間が終わってしまえば昼食の時間までは結構暇になる。
シャルは料理長に料理の事などを習っているが、俺は本当に暇になる。
しいてあげるなら俺はこの時間は大抵近所の子供達と遊ぶ事が多いな。
そしてスラムの子供達と遊ぶ事もある。
そんな時は女将さんや料理長があまったご飯なんかを配る事もあるかな。
俺とシャルがご飯を配る時があるのは教会の影響というよりもこの夫婦の影響かもしれない。
「ファースト、飛んで―!」
「分かった!
分かったからリボンを引っ張るなって!」
俺はシャルに結んで貰ったリボンを何時も付けていた。
人間に組する物だと言う証明としてな。
……正直あまり効果は無い。
だがシャルの物って感じがして、悪い気はしない。
「お、アンタ達はいっつも元気だねぇ!
余り物で悪いんだけど、後でフランメが食べ物を持ってくるよ」
「わーい、ありがとー!」
フランメと言うのは料理長の事だ。
ちなみに女将さんはネーベルだ。
料理長は無口だし、誰も女将さんを名前で呼ばないけどな。
みんな呼ぶときは女将さんだ。
「……食え」
「あ、ありがとー!」
そんな強面で言われたらお腹一杯でも食っちゃうよ!
……こんな顔をしているが根は優しいのかもしれない。
きっと子供が好きなのだろう。
自分達の子供がまだいないからかもしれないが。
まぁ、その辺の詮索はするもんじゃないな。
◇◇◇
昼は朝ほど忙しくは無い。
このお店に来る人々のほとんどがあまり裕福では無い。
朝早くから暗くなるまでずっと働いているはずだ。
……お昼なんかは仕事先で食べているに違いなかった。
仕事先に行くだけでも一苦労だ。
この世界に車なんて便利な物は無い。
剣と魔法のファンタジー? の世界なのだから。
……最近、銃も出て来たけどね。
……魔術と言うもっと便利な物もあったかも。
「シャルちゃん、今度俺と良い所行かない?」
「行きません! ご注文をどうぞ!」
「そのつれない所がまた良いね!
……無理矢理にでも言う事を聞かせたくなるな」
こいつは怖いもの知らずで……ちょっと変わったお客だ。
いや生意気な者を虐げたいと考えるのは何方かと言うと一般的なのだろうか?
シャルは笑顔で対応しているが内心は……。
こいつへの料理はいつも冷え切った物が出される事になる。
つい今しがたまで出来立てであつあつだったはずだったのに。
「がはは、一般人の平民が何言ってやがる。
お前じゃ子供でも言う事聞かねーよ!
……ご禁制の銃でもありゃ別かもな?」
「銃なんて持ってるだけで犯罪だろうが!
まぁ、俺のような平民じゃ手が出せないね」
変わった趣味のお客は手が出せたら買うのかよと思ってしまう。
「最近、裏では銃が流通してるらしいがな」
「……!? そこの辺詳しく……」
「確か東の方の……」
そこでお客にコップの水がかけられる事になる。
……シャルの手によって。
「ぷはっ! じょ、冗談だから許してくれよ!」
「わ、悪かったって! 噂の話なんて信憑性も無いしな!」
それはコップの中にあった水にしては量が多い。
バケツの間違いじゃないかと思ってしまう。
……魔法は控えて欲しい物だ。
お客達は素直に謝るだけまだ可愛げがあるかもな。
「……シャルちゃんはもう上がって良いから」
そして女将さんの助け舟もでる。
何方に対しての助けかは分からないが。
「……はい。
それであの言いにくいのですが、今夜もまたお休みさせてください」
「気にする事はないよ!
また明日の朝来てくれりゃそれで良いよ」
「はい! 有難う御座います!」
俺とシャルは今夜もまたもう一つの仕事があったのだった。
◇◇◇
「あのメガネはまた仕事を急に入れるんだから!
もー、お店でバイトが出来ないじゃない!」
メガネと言うのは依頼主だ。
まぁ正確にはその仲介人とでもいうべきか?
実際の所はアインツ王国が依頼主と言う事になるからな。
「今回も昨日と同じで盗賊の討伐と奪われた魔石の回収だな」
「どんだけ奪われてるのよ!
無能にも程があるでしょ……」
「最近の治安の悪さには本当に参るな……」
最近、アインツ王国では犯罪件数が増え続けている。
犯罪が発生しているという事は誰かが不利益を被っているという事だ。
この世界では僅かな事でも生き死にに関わってくる。
そして不利益を乗り越え、生き残ったとしても……罪を犯さないといけない程に。
負の連鎖がそこにはあった。
「前回と違い、敵アジトの周辺にも見張りがいる。
その全てを倒していたら逃げられる可能性があるな」
俺は感知できた事をシャルに伝える。
判断を下すのはシャルだ。
……俺が言っても聞かないからな。
敵アジトは住宅街の中心と言った感じの場所にあった。
一般の建物に紛れこんでいるのだろう。
また周囲には一般人を装った見張りも複数潜んでいた。
こんな場所をメガネはどうやって見つけたんだかな。
「上から行きましょう」
「俺はシャルを運べないぞ?」
運ぶ手段もあるのだが今は制限されている。
……目立ち過ぎるから。
暗闇の中なら見つからないかもしれないが、万が一と言う事もある。
「屋根を飛び移るわ。
ファーストは先に敵アジトに行ってて。
その姿なら見つからないわ」
「分かった。でも気を付けるんだぞ?」
「はいはい。分かっているわよ」
本当に分かっているのだろうか?
だがこれ以上話し合っても仕方がない。
俺は先行して敵アジトを調べる事にした。
◇◇◇
敵アジトは一般的な住居だった。
二階建てのどこにでもある普通の建物だ。
建物の中に居る盗賊も少なく、四人しかいなかった。
その分、見張りに裂いているのかもしれないが。
そしてその事をシャルに伝えようとした時、何時もの出来事が感じられた。
……爆発だ。
シャルはやっぱり分かっていなかった。
気を付けろと言ったのは周囲の被害の事だったのに。
『シャル! 何をしているんだ!?』
『敵の気を引く為に……ちょっと爆発石を投げただけよ』
またこれだ。
その爆発石を一体どこから調達してきているのか、真剣に問い詰めないとな。
だがそれは効果はあったようで、シャルは難なく敵アジトまでたどり着く。
……屋根の上を飛び移ってくるとか、普通考えないけどな。
『はぁ、もう良いよ……。
敵は四人。武器の類は何も無し。
普通の一般人、平民を装っているようだな』
『……盗賊と言う事は間違いないんでしょう?』
『ああ、メガネから聞いていた通りの人物達だからな』
メガネからは盗賊達の詳細な情報を聞いている。
そこに間違いは無かった。
シャルは少しだけ真面目な顔をした様な気がする。
そして建物に閃光石を投げ入れる。
まぁフラッシュグレネード? みたいな物だ。
爆発石とは違い殺傷能力はほとんど無い。
盗賊達は遠くの爆発ばかり気にしており、自らの周囲を警戒していなかった。
その為、敵を無力化するのは簡単だった。
シャルが数発銃を撃って終わりだ。
今回、死亡者はいない。
シャルは止めも刺さなかった。
……爆発石が無かっただけでは無いと信じたい。
「盗んだ魔石はどこ?
正直に言えば手荒な事はしないわよ」
既に手荒な事をしておいてこれである。
まぁ、そんな事はさておき、俺は周囲を警戒していた。
だが何故か見張りはアジトへ戻っては来なかった。
閃光や爆発を確認し、諦めただけかもしれないが。
「……一階の机の下に隠し階段がある。
その先に魔石を保管している」
盗賊はあっさりと盗んだ物の隠し場所を話した。
その言葉に嘘は無かった。
だが隠し場所で見つかった物は少し違っていた。
「魔石……と言ってもこれは加工された物ね。
銃の弾丸に使用出来るわ。
それに……」
「それ用の銃もある……か」
そしてその数はかなりの量になった。
これだけあれば小さな町位なら制圧出来るかもしれない。
盗賊達にはまた質問しなければならないな。
今度は言葉だけでなく……力も使って。
だがそれは失敗に終わる。
「これも油断した、と言う事になるのか?」
「……違和感は感じていたわ。
やけに簡単に話すのねって……」
盗賊達は怪我をして動けない状態だった。
武器も持たず、抵抗も出来ない。
だが自らの命を絶つ事は出来たようだ。
盗賊達は皆……死んでいた。
◇◇◇
なんとも後味の悪い結果だった。
こんな事なら自らの手で殺した方がまだマシだったかもしれない。
俺とシャルがこんな仕事をしているのには理由がある。
悪を罰し、人の為になる事をする。
……と言うのは建前だ。
実際はアインツ王国に借りがあるからである。
過去、俺とシャルは金儲けをした。
いや、俺が……だったか。
それは俺自身の体、竜素材を売ると言う物だった。
その際、フォーゲル商会が高値で買ってくれたんだが……俺の体が元通りになると売った素材も消えてしまった。
知らぬ存ぜぬで通す事も出来たかもしれない。
実際消えてしまう事はまったくもって知らなかったのだ。
だがタイミングが悪い事に消えた後、また俺とシャルはフォーゲル商会に素材を売りに行ったのだ……。
これでは何を言っても信じて貰えないのも仕方がない。
その額は……五億ギルだ。
諸事情によりその五億ギルは既に手元に無かった。
暫く時間さえあれば俺とシャルに用意できない額では無い。
だが直ぐにという訳には行かなかったのが問題だった。
そして危うく犯罪者になる所だったのをアインツ王国の要職、騎士団長に助けられる形になってしまった。
その時交わした約束は五億ギルを必ず返す事。
お金でなら遅くとも数年で返す事は出来るだろう。
実際に今現在の資産はかなりの物だしな。
だが提示された条件はお金で返却するのでは無く……五億ギル分の仕事をすると言う物だった。
そして逆に仕事をした分、別途給金を払うと言うのだから断る理由が無かった。
しかしアインツ王国の仕事で五億ギル分を返すのは難しい事だった。
実際はアインツ王国に鎖で繋がれたような物だと気付いたのは少し後になってからだ。
……シャルは気付いていた様だがな。
「これで二百万ね。
……押収した物が物だし、報酬の値上げを申請しておいてね!」
「だからそう言うのはシャルがやった方が良いと思うんだ!」
「ファーストなら上手く出来るわよ。
じゃ、報告書宜しくね。
現場検証なんかも今回は時間が掛かると思うけど頑張ってね!」
銃の流通については規制が厳しいからな。
……今夜も長く掛かりそうだ。
負債…………4憶6100万
報酬…………200万
追加報酬……100万
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負債残高……4憶5800万