外伝2 『血濡れた魔眼』 前編
SIDE:TGO
エリア95《魔獣の国》攻略編
「はぁっ!」
「ぜぁっ!」
白銀と黄金の刃が一閃、三つ首の魔獣の巨体が光の屑となって消滅した。
「やっぱり、ここまで来ると手ごわいね」
「そうだな……俺達だけじゃ、ここが限界かもな」
現実世界では十一月。
この世界の攻略も進んでいた。
現在の最前線はエリア95《魔獣の国》。残るエリアは七つだ。
ちなみに、エリア90以降には|《砦》(とりで)と呼ばれる小型ダンジョンが存在し、それを攻略しないと《城》に入ることができない。
エリア95の《砦》は二カ所だけだったので、王城解放までにニ週間もかからなかった。
現在、ナツミとユウリはエリア95の《城》にあたる地下ダンジョンに潜っている。
モンスターの強さからして、あと少しでボス部屋に辿り着けそうだ。
しかし、無理に進めば、せっかく集めた攻略情報をデスぺナルティで失いかねない。
攻略に最も大切な力、それは集中力だ。
長時間、連続でプレイしていれば集中力が切れるのはVRゲームでも同じ。こまめな休憩は不可欠だ。
「ちょっと休んだらら上に戻ろっか」
「そうだな」
ユウリはうなずくと、メニューを操作して黄色の固形食アイテムを取りだした。
「ちょっと待って!」
「ん?」
ナツミは、黄色ブロックを口にしようとするユウリを止め、メニューを操作してバスケットを取りだした。
「弁当を持ってきたのか、珍しいな」
ユウリがそう思ったのは、普段、ナツミは攻略中に食べ物を口にする事が無いからだ。
それは至極単純。リアルの食事に影響するからだ。
対して、ユウリはそんなことを気にせずによく食べるので、ナツミはいつもあきれ顔で眺めていた。
「まぁ、わたしも一口は食べておこうかなーって」
そう言ってバスケットの中から飲み水のビンと、弁当の包みを取りだす。
「多いな、そんなに食べて大丈夫なのか?」
ユウリはリアルへの影響を心配してくれるが、その必要はない。何故なら、ナツミ自身はあまり食べないつもりだからだ。
そもそも、ナツミの目的は食べることではなく、食べさせることにあった。
ナツミは三つある包みの中から、一番小さな包みを広げた。中から出てきたのは一切れのパイのような食品オブジェクトだった。
それを一口かじると、残りの包みとビンをユウリに差し出す。
「もらっていいのか?」
「うん、だってユウリに食べさせるために持ってきたんだから」
ユウリは一つ目のパイを食べ終わると「うーん」と首を傾げた。
そして、二つ目の包みを開けながら、訊ねる。
「このミートパイ、売ってる物じゃないよな?」
「うん、買ってきたわけじゃないよ」
「そうだよな……NPCメイドにしては地味だしな……」
ここで何故かナツミが「むっ!」と睨みつけてきたので、ユウリは「味じゃなくて、見た目が……」と付け足した。
「てことはプレイヤーメイドか……待てよ、似たような味を知っているような……」
ユウリはしばらく考え込んだ。
そして思案の結果、一つの結論に至り、顔を上げた。
「この味はメイの……まさかナツミ!メイに料理を教わったのか!?」
ナツミは安堵とあきれが混じった溜め息を吐くと、ユウリの質問に答えた。
「そうだよ、わたしが作ったんだよ」
それから、不安そうに上目遣いで「……どうかな?」と訊いてくる。
「どうって……、いやぁ意外だ……ナツミが料理をするなんて」
「それどういう意味かな?それに、その前に言うことあるでしょ?」
「えっ?……ああっ!!……、すごく美味しかった」
ユウリは笑顔で言った。
「ええー、それだけなの!?」
そう言いながらもナツミも笑っていた。
「なぁナツミ、俺があの時『メイに作らせたんだな!?』って言ってたらどうしてたんだ?」
「言い訳無用で十枚に下ろしてたと思うよ」
「あはは……おっかねぇ……」
先程とは別の笑顔で答えるナツミに、ユウリは冷や汗を浮かべた。
「でも、気づいたんでしょ」
「ああ、メイの味に似てはいたが、違う味だったからな」
「それって、おいしくなかったって……こと?」
ナツミがまた不安そうに聞くと、ユウリは首を横に振った。
「さっきも言っただろ、美味しかったって」
「でも、メイの味とは違うんでしょ?」
「うまく言えないけどな……。ただ言えることは、別にメイの味にする必要はないってことかな。だってナツミはナツミだろ、メイと同じ味だったらつまらないだろ。それに、同じ味になることは有り得ない」
ユウリはそう言い切ったが、同じ味を再現することは可能なのだ。TGO内で感じる味覚は感覚データの組み合わせで再現されており、組み合わせさせ解ってしまえば同じ物の量産など容易に行える。
実際に、プレイヤー経営の飲食店ではその組み合わせを利用して料理を作っている。
だから、同じ味を作れないという事の方が有り得ないのだ。
――でも、ユウリが言いたいのはそんなことじゃないんだろうなぁ……。
なんとなくだが、ナツミはそう感じた。