終章
ライブの熱気は、最高潮に達していた。
観客は狭いライブハウス内で腕を振り上げながら叫ぶように歓声をあげ、周りの人とぶつかるのもお構いなしに飛び跳ねている。
オーディエンスの熱気に応えるように、荒々しく唸る木目調のギター。
そのギターを弾く小柄な少女に、俺は目を釘付けにされていた。その演奏に心奪われていた。
そして、轟音と歓声が響くライブハウスで、俺は一人、静かに涙を流していた。
「えー、皆さん。名残惜しいけど、次の曲でラストです」
スタンドマイクを掴みながら、今まで黙々とギターを弾いていた少女――あかりが言う。それと同時にまるで示し合わせたかのように観客全員が口をそろえて「えぇーっ!」と叫ぶ。
その反応が分かっていたのか、あかりは困ったように小さく笑った。
「彼女、輝いてるね」
俺の隣で三佐和さんが、喧騒にかき消されそうなくらい小さな声で言った。
俺たちは今、あかりのライブを見に来ていた。ちなみに、今日のライブは『祝! 完全復活ライブ!』と銘打たれている。
「当り前です。この日の為に、あかりも俺も、死に物狂いで頑張ってきたんです」
「そうだね。……本当、よくここまで来たよね」
胸を張って答える俺に、三佐和さんはしみじみと返した。その言葉を聞いて、俺も、朝焼けに照らされながら抱き合ったあの日から今日までの事に思いを馳せる。
――あれから、三年。
あかりは、再びステージに戻ってきた。
手術を二回。リハビリをほとんど毎日。錆びついた神経を目覚めさせるのに一年、自分の意志で動かせるようになるまで、更にもう二年かかった。
長かった。過ぎてみれば一瞬だったような気もするけど、今日の日を迎えるまで、本当に長かった。これまでの事を振り返るように、三佐和さんは言う。
「新井君、本当によく頑張ったよね。一生懸命働いてお金貯めて、ギター直して。ずっと彼女のそばにいて、支えてあげて」
「そんなの、全然です」
そう。そんなの、全然だ。全然頑張ったうちに入らない。だって、一番頑張ったのは、俺じゃないから。
俺達が今日この日を迎えるまで、いくつもの涙があった。あかりがいつまでたっても動かない右腕に絶望して、諦めかけたのも、一度や二度じゃない。その度に俺は笑って、励まして、泣きじゃくる彼女を抱きしめ、支えた。
腕が意思で動くようになってからも、地獄だった。
最初は、わずかに指先が動くだけだった。たったそれだけで激痛が走り、脂汗を浮かせて。
でもその痛みが一縷の希望でもあって。
最初は、ギターの腕だって鈍っているなんてものじゃなくて、ピックを持つことすら難しかった。前みたいに上手くできないもどかしさと、でもまた演奏できる嬉しさを糧に、ただがむしゃらに練習して。
歯を食いしばって、頑張って頑張って頑張って。
そして今日、こうして、ギタリストとして復活を果たした。
「三佐和さんにも、沢山助けてもらいました。ありがとうございます」
俺は三佐和さんの方を向いて、軽く頭を下げる。
「どうかな。どっちかっていうと、私の存在って、邪魔だったかもね。ほら、私とあの子……あかりちゃんって、仲悪かったし」
「ちょっとすれ違ってただけですよ。現に今日の復活ライブ、三佐和さんを呼んだのって、あかりなんですよ?」
「まあ、その、なんていうか。どっちかっていうとそれって、当てつけみたいな意味の方が強いんじゃない?」
「は?」
「ま、いっか。そんなことは。ほら、新井君はステージをちゃんと見て。今日のあかりちゃんを、しっかりと目に焼き付けてあげて」
肩を竦めながら言う三佐和さんに促されるまま、狐につままれた様な気分でステージに視線を戻す。見ると、あかりが再び話し出そうとしていた。
「みんな、ありがとう。でも、ごめんね。今日は本当に次で最後。アンコールもなし」
あかりが話している間、バンドメンバー達もマイクに只々耳を傾けている。
最初は、彼らとも上手くいかなかった。話し合って、説得して、時に喧嘩もして。そして最終的にはあかりが帰って来ると信じて、皆、待っていてくれた。
「最後の曲は、実はこれ、新曲なの。……私たち、今までちょっと活動休止してたけど、今日こうして、また皆の前に戻ってこれました。ここに戻って来るまで、沢山泣いて、沢山怒って、でも沢山笑って。……そんな今までの事と、今の気持ちを、歌にしました」
ステージ上のあかりと目が合う。表情は、突き抜けるような笑顔だ。
「じゃあ、聴いてください」
メンバーに目配せして、あかりのギターから曲に入る。
リズム隊に合わせて、軽快に鳴るギター。
歌詞は、この三年間の全てを歌う。嬉しかったこと、苦しかったこと。希望。絶望。
乗り越えて、勝ち取って、今この場にいる喜び。
全てを乗せた歌が、今、響き渡った。
【了】
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