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置き忘れ

―…とまぁ、長かったがそんなわけである。



「どれもこれもこんなことになったのは…………アクアさんのせいなのに」

アレンはアクアのせいだと断言しかけて、内心深くの正直さが神に嘘を吐くのですかと叫ぶので、暫しの間を開けてから結局は断言した。

もとはと言えば、アレンが勘違いをして見知らぬ女性に思い切りハグをしたのが原因だ。

「でも、本当にフローラに似てる」

髪型を同じにし、服装を同じにすれば見た目はそっくりだ。繰り返すが、見た目だけは(・・・・・・)。中身もいれたら天使と獣の差だ。勿論、天使はフローラで獣がアクア。

そして、当の彼女はアレンと同じ牢屋にいた。

男女がというのも問題だが、場所がないからといって痴漢被害を訴えた者と痴漢容疑者を同じ場所に放り込んでいるのはどうかしている。その前に断じて痴漢ではないと主張しておく。

「俺、紳士ですし…」

溜め息混じりで誰も聞いていないが声に出せばその分は痴漢ではないと保障される気がする。


アレンは適長の鎖で繋がれているため、隅で気絶したままのアクアには手が届かない。届かなくて別に構わないが、アレンは刀だけでなく、コートまで取られて寒いのだ。それに比べてアクアはその隅にある毛布付きの妙に豪華なベッドで熟睡中。

「なんて待遇の違い……もう厭だ…」

紳士でなくとも女性は襲ってはいけないが、同じ牢屋の同じ犯罪者に直ぐ傍で寝息をたてられると、正直言ってムカつく。

「あーダメダメ。俺は紳士。寒くて眠れなくても紳士。紳士の中の紳士」

でも、

「毛布ぐらいくださいよ!」

アレンは鎖をガチャガチャと鳴らしながらベッドから垂れる毛布に向かって必死に足を伸ばす。靴先が揺れる毛布に触れた。

「あと…少しっ…」

あとほんの少しで…―


ん……煩いのよ…………虫。


アクアの寝言。

「………………」

アレンの爪先が固まった。そして、彼は毛布一直線に向けていた目線を逸らした。

「…………神よ…すみません…」

月明かりの入る穴を見詰め、息を殺して吊った足を抱える。

「っ!!!!死ぬ…マジで死ぬ」


この罰当たり。


眠っているはずのアクアの声が聞こえた気がしてアレンは自ら彼女から対角線上に逃げた。

「まるで団長じゃないか。恐ろしい…」

かくして、アレンには毛布は奪えなかった。





『アレン、アレン、見て!雪よ!』

彼女の肩辺りまで伸びた髪が揺れる。この後ろ姿は新鮮だ。これから寒くなるから伸ばすわ。と言ってから切らずに伸ばしていたが、正面と横顔ばかりで背後を追うことはなかった。

『フローラ様、走られると危ないです!』

マフラーを髪と同じように弾ませて彼女は俺の制止も聞かずにマザーの庭園を駆ける。今は冬椿が美しく、赤と白の背景に彼女。

ふと思えば、彼女は日常で俺の言うことを聞いてくれたことがあるだろうか…。

『早く!天からの素敵な贈り物よ!』

なかったと思う。それに俺は溜め息一つで結局赦している。それは俺の主人の娘が彼女であるからではなく、彼女の花のような笑顔が憎めないからだ。

『分かりましたから!走らないで…っ!?』

彼女の背中を追っていたはずの俺は、次の瞬間には視界が真っ白になっていた。

鼻が……痛い。

『ほら、手』

彼女の高音域の弾む声。

見上げれば彼女が俺に手を差し出している。

『ありがとうございます』

騎士として俺が守るべき人の手を借りるのは渋られるが、それを断ると、俺も彼女も哀しくなるのだと彼女に教わったのでお礼を言って手を借りた。しかし、俺が立ち上がっても彼女は俺の手を握って放さなかった。

『フローラ様?』


『アレンが転ばないように』

そう笑顔を見せた彼女の手は温かい。




あの頃の夢は久し振りだ。フローラのことで見る夢はいつだって…―


「『儚き命こそ、その輝きはなにものにも侵されない』」

何度目だろうか。

アレンは射し込む光に手を伸ばす。

「どんなに手を伸ばしても届かない所へ行ってしまったんだね」

フローラは神の下へと帰ったんだ。温かい場所で安らかに眠れていると信じたい。いや、信じている。

「分かっている。……分かっているはずなんだ」

なのに、どうして俺は彼女を見間違えたのだろう。

フローラは死んだ。

棺が閉まるその瞬間を俺は見ていた。

「分かっているけど…………」

この感情はどこへ置けばいい。

スターチスの花をフローラの体に散らしたのは俺なんだ。本当はあの小さき花と共にいつか伝えようとしていた気持ちを捨てようとした。なのに、捨てられなかった。今もまだ告げることは不可能だというのにずるずると引き摺っている。

時々、後悔するのだ。

何故、愛情でも記憶でも抹消しなかった。

何故、商団に入り、情報を集め、復讐心を抱いている。

何故と考えればきりが無い。

だが最後には、


「忘れられない。分かっていることを理解できない。いいのかな…」


理解ができない自分がいる。きっと、俺はいつまでもフローラに囚われていたがっている。

それはまるで、心の中に餓鬼の自分が座り込んでめそめそと泣きながら、フローラが見つけてくれるのを待っているような感じだ。


「それでいいんじゃないの」

ふと、聞こえたのはアクアの声だった。彼女はベッドの上で体を起こし、アレンを見下ろしていた。

熟睡中の彼女が起きている。

「マーティリエさん…いつの間に?」

「さぁね」

含み笑いをするアクア。

もしかして、全部聞かれてた?と、アレンは女の子よろしく頬が火照るを止められずにそっぽを向いた。この羞恥ばかりは紳士と言えど、どうしようもできない。

二人の間に必然的に広がる沈黙。

アレンは折角アクアの方から話しかけられ、色々と謝る機会ができたというのに寧ろ、会話が途切れて気まずくなってしまった。


沈黙が続く。


「どんなに月日が経とうとも、本当に大切な思いは消えることがないし―」

アレンはアクアを振り返った。

「―消してはいけないものだ。父の言葉よ」

「どうして…」

「大切だから消えない。だから消す必要はない。消そうと努力することは、その思いを逆に踏みにじってしまう。とても哀しいこと。…………私もそうだから」

私も(・・)

ぼそりと付け足されたのは意識の外のことであろうか。アクアは遠い目をしていた。

「届くけど……届かない人がいるから」




アクアがその瞳に陰りを映した時、アレンの右手が無意識の内に自らの腰に伸びた。

「変態?」

「俺は変態ではないですって。……マーティリエさん、少し静かにしてください」

「!」

彼の中にある護衛としての本能が彼を動かす。

複数の足音。

火の匂い。

張り詰めた空気。



外で何かが起きている。






「賊だー!!!!!!」

男の叫びが夜の静まり返った街に響き渡った。

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