king
前回同様の流血沙汰です。注意!ヾ('o'ヾ('o'ヾ('o')
アレンは騎士の剣を振り払い、足を引っ掻けて倒すと、振り上げた刀を甲冑の隙間から両足に刺した。そして、ゆっくりと血糊の付いた刀を引き上げる。
悲鳴はないが、すると、騎士は沈黙して動かなくなった。
「アレン……っ」
「ああ……これ、重いですね。蒸すし……」
アレンは紐をほどき、甲冑を脱いだ。捨てられたそれは鈍い音をたててフロアに転がる。
そして、彼は湯気の立つ頭を振り、額を拭う。
「何で……あんた……」
「そりゃあ、女性のピンチに颯爽と現れるのが紳士ですから」
「しかし……」と、アクアを振り返ったアレンは彼女と彼女のワンピースを見下ろして表情を歪めた。そして、腰を屈めて彼女の頬に手を伸ばす。
「っ!?」
しかし、アクアは後退りした。そして、彼の分かりやすい善意を拒否したことに、咄嗟に謝ろうとする。
「あの……ごめ……」
「いいえ、謝らないでください。謝るのは俺の方なんですから」
アレンはコートを脱ぎ、血に汚れるのも構わずに彼女の体に掛けた。
「紳士にとって最大の罪は女性を泣かせること」
アクアの頬にはこびりついた血の上を伝う透明な筋があった。
俺はまたあなたを泣かしてしまった。
「貴様ッ、一体どうやってここに!」
「見ての通りと言うか、あなたの用心棒さんをお一人ほど剥かせていただきまして、俺が装着。あなたの用心棒さんに紛れたわけです。楽々と潜入に成功しました」
腰に手を当てて、ピースのアレンは王様相手ににやりと笑った。それを見たパティア王のルーカスはダンと剣で地面を叩く。
「くっ…………騎士団!奴を捕らえろ!」
ガシャン。
まだ兵士達の血が付いたままの剣で手の空いている二人がアレンに襲い掛かってきた。
「俺はそういう礼儀作法のないモノって嫌いなんですよ」
振って刀から血を飛ばすと、アレンも走り出す。そして、大きく開いた脇に滑り込むようにして1体の甲冑の剣をかわすと、甲冑の隙間に指を掛けて、アレンに切り込みに掛かるもう1体の剣の盾に使った。
しかし、その計算された剣は盾にした甲冑の隙間を血を噴き出しながら貫き……アレンは深く仲間に剣を突き立てる甲冑の裏手から腹へと刀を刺した。
同時に倒れる2体。
「まずはですね、自分の獲物の血は拭うこと」
ピッと血が弧を描いて大理石に飛んだ。
「次に、武士道を歩むなら1対1です。ね、そうでしょう?王様」
「ひっ!!!?」
装飾だけは派手な飾り剣を手にしたアレンは、それを震えるルーカスの胸に押し付ける。
「最初に互いに名乗りをあげるんです。そして、息を整えながら剣を抜く。構える」
「っ!」
台座から引き摺り下ろされ、ルーカスの手には王の為の剣。
気高く美しく、そう見えているだけの剣。
「ここに兜もありますし、それを付けて高貴なあなたのお名前をどうぞ、王様」
兜とは、潜入時にアレンが剥いだ甲冑の一部だ。兜の内側には微かだが、赤いものが付着していた。
それを見た王は喉を震わすと、鞘に収まった剣で兜を転がす。
「おや、兜はいらないと。大事な高貴なお顔がどうなろうと構わないのですね」
「っ!!」
「では、お名前をどうぞ」
無表情のアレンのブルーの瞳からは強い圧力があった。
「る……ルーカス・クライ……スト。わ、私は王だぞ!」
しかし、残る甲冑達は全てシュヴァルツ商団の捕縛に使われ、ルーカスの周囲には誰もいない。これが、もともと少ない騎士団に多くの衛兵を殺させた果てだ。
「俺はアレン・レヴァラント。シュヴァルツ商団第一商団護衛。恐れ多くも、教皇様の騎士も勤めさせていただいております」
「きょ、教皇の騎士だと!?」
東の大地『メテル』の王都「フィオレ」は世界最大の都市であり、そこには太古から残る大聖堂がある。
グランドエデンと呼ばれる聖堂にはシュヴァルツ商団の代表創始者である教皇がおり、その力は『メテル』の端から端まで及ぶ程だ。
そして、力があれば狙われるのは必然であり、教皇を護るために、教皇の騎士として3人の強者が教皇と契約を交わした。
その強さは尋常ではないらしく、教皇を狙って未だに達成した者はいない。しかも、命のあるまま帰ったある者は犬好きになり、ある者は怠け者になり、ある者はウザったいほど紳士に目覚める。
たったの三人、されど三人。
その内の1人がアレンである。
「自己紹介も済みましたし、剣を抜いてください」
“教皇の騎士”の位もあり、『メテル』に国を構えるパティア王の手は、ガタガタと揺れていた。
「抜いて立ってください。それとも、座ったままでもOKというなら俺は構いませんが」
「うぅっ」
嗚咽し、憎しみを顔に浮かべながらも、ルーカスは剣を抜いて立ち上がるという選択肢しか選べない。
彼は磨かれた剣を鞘から抜いた。
「構えてください」
精一杯の逃げ腰。
「私は王……」
「戦場において地位とはどうでもいいんですよ。ただ、地位があれば守りは固いでしょうね。王様には国民という盾がある」
「でも……」と距離を開けたアレンは刀を真っ直ぐルーカスに向ける。
「あなたには盾がない」
おろおろと辺りを見回すルーカス。
右には死んだ衛兵が。
左には死んだ衛兵が。
「き、騎士団っ……」
しかし、騎士団とやらはリヴァとライルに剣を向けたままピクリとも動かない。
「騎士団!」
「今騎士団があなたの守りに入れば、あなた達には敗北しかありませんよ。つまり、あなたが勝てばいいんです。王様なら最後は国民の命を背負って勇敢に戦うものですよ」
「役立たずが!!」
ルーカスは叫ぶが、シンと静まった大広間では虚しく響くだけだった。
「役立たず!役立たずども!」
絶体絶命状態の王に見向きもしない騎士を睨み、
憐れみの視線を送る捕まった団員を睨み、
屈辱的なことを現在進行形で行うアレンを睨み、
茫然とするアクアを睨んだ。
「お前が私を見るな!その年でどこにも嫁がず、名を偽ってボランティアに励んだりしおって!」
息を呑んだ彼女はアレンのコートを手探りして抱く。
「私……私は……」
「お前が帝国軍将軍の誘いを断るから!」
「あんな人と……私は結婚したくない…………パティアを駒みたいに言うのよ……」
「煩い!帝国の協力がなければ、我が国は他国に攻められた時、直ぐに落とされるんだぞ!」
「…………っ」
確かに、パティアは弱い。
平和な分、争いを知らない分、攻められれば1日ともたないだろう。
しかし、さりげなくルーカスとアクアの間を塞いだアレンは、威勢を取り戻し掛けた王の首に刀を添えた。
「ひぃっ」
またも色気のない悲鳴だ。
「あなたは王様ではないのですか?」
刀の切っ先はルーカスの赤いマントから覗く首に血を滲ませる。
きらびやかな王冠。
豪華な装飾品の数々。
上等な衣服。
民を蔑ろにする彼は民からの金で裕福にしていた。
「王様というのは嫌がる妹を嫁に行かせて帝国にコネを作るものなんですか?王様というのは奴隷を買って王城でコキ使うものなんですか?王様というのは罪のない民を気儘に殺せるものなんですか?」
2ミリ、1センチ、3センチ……刃が滑る。
「そういう自称王様野郎を俺は少なくとも4人見てきましたが、大陸法に基づき、俺が全員処罰しました。ヘタレ野郎でしたが、最後は皆さん、俺と剣を交えてくださいましたよ。だからあなたも足掻いてください」
無様に。
ルーカスだけに聞こえる大きさで、そう一言付け加えた。
浅くだが、容赦なく首を一線したアレンは左足を下げて深く体勢を沈めると、ルーカスの剣を弾く。高く舞った剣は一瞬だけランプの灯りを反射し、呆気なく床に跳ねた。
そして、アレンは刀を振り上げる。
「くそぉおお!教皇の犬が!!殺されて堪るものかああっ!!!」
ルーカスの怒声。
そして、彼を上から見下ろすその蒼い瞳は不気味に輝いていた。
「お!殺ってるなぁ!」
「アレン!」
「――!?」
アクアの声と同時に、アレンの首目掛けて分厚く長い体剣が振られる。刃の進行方向を手首を捻って無理矢理変えたアレンは敢えて剣を受けた。
「くっ!」
重い。
重量のあるそれはアレンごと吹っ飛ばす。5メートル程飛び、落ちたアレンは胸を押さえるようにして咳き込んでいた。
「アレンっ!大丈夫!?」
アクアがよろよろとアレンに駆け寄る。
「大丈夫……です。それより離れて……っ」
「おやおや。女の子の心配ばっかり。気取っちゃって」
大理石の床に深い溝を作り、奴はルーカスの前に仁王立ちした。
「傭兵……お前達は門の監視を……!!」
「べっつにいーじゃん。こんなに血生臭いんだし、ここで斬った方が後の処理が楽でしょ。てか、外寒い」
「傭兵風情が私の城に――」
傭兵の男は体剣をルーカスの脚の間に刺す。その隙間はほんの15センチ程しかなかった。
一歩間違えれば肉を抉っただろう。
「ごちゃごちゃうるせーよ。あんたが死んだら報酬は誰がくれるわけ?」
絞り出したような声をあげて、今度はルーカスは膝を抱えて縮こまる。
その姿を男は口を大きく広げて笑っていた。
「あなたは……あなただけでも逃げてください!」
血にまみれた城で笑いこける男の背後で、アレンはアクアに言った。
「でも……私だけ逃げるなんて……」
「仲間を呼んできてください!!あなたにしか頼めないんだ!」
「!……………………分かった」
「港へ!」
躓きながらもアクアは立ち上がり、王座とは真逆の出口へと走る。
「敵は捕らえよ。決して誰一人逃がすな。それが今回の依頼だ」
笑いが止んで、傭兵は剣を高く掲げた。
その瞳は餓えた獣のようだ。
「依頼は確実にが俺らのモットーだぜ」
重い剣を振り下ろし、駆けるアクアの背中を追って――
「そうはさせません!」
アレンが止めに入る。
凄まじい衝撃が刀を通して彼の全身に響いた。
それでも軋む足を踏ん張って、それでもアレンは止める。
「童顔の兄ちゃんはまあまあイケる奴か?」
「雇われ傭兵さんもなかなかイケるクチみたいですね」
互いに拮抗し、動かなかった。
「きゃっ!」
この甲高い声は誰の……。
「アクアさん!」
「アレン!…………放して!放してよ!」
振り返ったアレンの視界には、アクアともう一人の見知らぬ男がいた。
「ほらやっぱり。西門も東門と一緒で寒いって。だよな?」
体剣片手でアレンと戯れる傭兵はアクアを捕らえる黒髪の男に訊く。
「ルイ、早く捕らえろ。グリムもだ」
冷えた闇のようだった。
形のない恐ろしい声音。
それだけでその場の空気が一度殺されたようだった。
「ル……イ?……グリム……?」
しかし、「あーあ、つまんねぇの」と頬を掻く傭兵を制止しつつ、アレンだけが大きな禍々しい感情を露にしていた。
それはルーカスのよりも濃い……憎しみだ。
「北の大陸『リーベラ』所属の傭兵団…………リリス」
突然、語り出すアレン。
「俺達のこと知ってんの?………………って、お前……」
眉を曲げて俯くアレンを観察する傭兵――ルイ。
「俺は……あんたを許さない!殺してやる!!」
ルイの相手をやめ、アレンの足が大理石を強く蹴った。
刀を顔の横に地面と水平に構え、アクアを後ろ手に掴む男に向かって駆ける。
髪を靡かせ、ブーツの紐を揺らす。
「――アーロン!!!!!!」
狂気に血走った目で、アレンは前へと跳んだ。
「グリム、捕らえろ」
「!!!!」
アーロンの背後から現れた影。否、闇がアレンの刀を包み込む。
『シシシシシ…………オマエ……シッテルゾ…………』
「化け物が!!」
刀が完全に闇に呑まれる前にアレンは刀を引いて退いた。その時、酷使した脚がカクリと折れる。
が、そんな彼を受け止めたのはルイだった。
「何か見覚えあるような気ぃしたら、お前だったかぁ!」
「嗚呼……お前は久しいな」
アーロンはアレンを見る。
「我らの同胞、ゼロ」