騎士
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パティア王国は過去の戦乱の中、北から逃れた民が築いた国と言われている。
人口は約2万人。
もとが土地の痩せた北の農民なだけあって、環境を破壊しない自然と共存共栄した農業をし、自給率が100%を越えている。しかしその分、普通なら僅かな気候変動に国の命を左右されてしまいがちだが、パティアはその心配がない。
非常に珍しい雪石の産地でもあるため、外部からの収益はかなりのもの。食料難の時期はその収益で他国から食料を買うのだ。
不思議なくらい争いごとがない国。
聡明な国王のもと、民全員が家族のように互いを支えあって暮らす、平和な国だった。
「前王、サラ・クライスト王とは良い交易関係を得られました。これからもよろしくお願いします」
「シュヴァルツは我が国の大事な貿易相手だからな。今後ともよろしく願おう」
リヴァは劇的に増えている衛兵の数に顔色一つ変えず、王座に座って彼女を見下ろすパティア王国の王に頭を下げた。
思えば、サラ王はリヴァも困惑するぐらい気さくに、握手を交わしてきた。確かに、今の王は前王よりも王らしいと言えば王らしい。
しかし、ここはパティアなのだ。
パティアの王とは絶対的権力を持つ他国の“王”ではなく、国民を纏めるリーダーだ。
グレスリアの代理とも言えるシュヴァルツ商団に王らしく対応するのは、礼儀正しいかもしれない。けれど、衛兵の多さは、ライルと二人だけの商団に対して失礼だ。
そして、昨夜の件も。
「ところで、昨晩、我が商団は待機していた森で賊に襲われました」
「我が国を抜けた賊か。けしからん奴等だな」
「賊は北からの避難民でした」
「北は内戦が激しいからな。我らパティアと同じだったと言うことか」
「率直に聞きたいのですが、あなたは彼らに商団の情報を渡していませんよね?」
リヴァは率直だ。
背後のライルは先ずは様子見だけと言っていたリヴァに目を剥いた。
これでは様子見どころか、喧嘩を吹っ掛けているようなものだ。
「団長っ!?何言って――」
「ライル、黙っていろ」
「…………」
リヴァが命令した。
ならば、もう誰も口を開けない。
「私は団長です。商団の仲間の命を引き受けている。だから、今までとこれからの友好関係の為、ぜひ、ことの真相を知りたいのです」
そう言って、リヴァはじっとパティアの王、ルーカス・クライストを見上げた。
「私は知らぬな」
ルーカスはリヴァを見下ろし、「そんなことか」と呟いた。
「賊もシュヴァルツに手を出すとは、命知らずというわけか」
「それは違うと思います」
リヴァが王の言葉を否定する。そして、彼女は片膝を突き、深く深く頭を下げた。
「ルーカス王。この文書は昨晩の賊が持っていたもの。ここに押されたパティア国王の印のことを説明してはもらえないでしょうか」
リヴァが掲げていたのはエルから貰った紙だ。畳まれたそれには幾何学模様の印が押されていた。
これはもう説明どころじゃない。
代々王家の人間のみに継がれてきた国の宝とも言える王家の印だ。緻密なそれは複製が酷く困難で、一般民衆はまず見ることがない。
普通なら、そんなものがパティアとは無関係の北の狩猟民族の手にあるはずはないのだ。
しかし、商団の情報が書かれた国王文書をエル達は鳥便で受け取った。
「ルーカス王、説明を戴きたい」
パティアの民である衛兵達がまさかと王座の若き王を盗み見る。実際、言い逃れは難しい状況だ。
ライルも口を閉ざし、完全に後戻りできなくなった事態に団長を見守ることしかできない。
「その文書は私が憐れな流浪の民に与えたものだ。しかし、こうも容易く商団に靡くとはな」
「まるで犬のようだ」と、ルーカスは鼻で笑う。そして、先の嘘を諸ともせず、あっさりバラした。
「っ!!」
リヴァの手は咄嗟に腰に行く。しかし、剣は預けるのが王への謁見条件のため、彼女の指は空を切った。
「何故そのようなことをしたのですか!」
「我が国では王家の人間を誘拐した者は死刑だ」
「は?」
唐突な話にリヴァもライルも顔をしかめる。
賊と裏切りのどこから誘拐の話題があがるのか……。
「私は拐われてなどいないわ!」
女の声。
「君はアレンの……」
「私は自分から道案内をしただけ!だから、商団の皆にはなんの罪もないわ!お兄様!」
彼女、アクア・マーティリエが衛兵に挟まれながら叫んでいた。アクアは“お兄様”――ルーカス・クライストを真っ直ぐ睨む。
「まさか……団長、彼女は……」
驚きのあまり、命令を破るライル。
「シュヴァルツ商団よ。どんな理由だろうと我が妹を誘拐した罪、死で購ってもらおうか」
「彼女は王家の姫……なのか」
知らぬ存ぜぬと言っても無駄だ。
たとえ自ら進んで道案内したとしても、姫が一度でも国外に出たということが問題なのだ。
国の権利の及ばない国外に姫が出れば、他国に利用される危険性が生まれる。姫が国外に出るきっかけを作っただけでも、国家を危機に晒した大罪となるのだ。
「そこの罪人どもを捕らえよ!」
「駄目よ!私のせいだから!」
王の命令と姫の命令。
衛兵達がどっちにも付けずに迷う。
「お前達は王の兵だぞ!それは反省したいなら部屋に閉じ込めて出すな」
傍らの飾り剣で『それ』とアクアを指した。すると、アクアの両サイドを固める衛兵達が彼女の腕を掴む。
「嫌っ!離しなさいよ!」
アクアは暴れるが、女の力では敵わなかった。
「離して!!」
「早く連れていけ」
「お兄様はおかしいわ!パティアで……パティアで奴隷売買が行われてるなんて!お父様はこんなこと絶対に許さない!!」
アクアを引き摺る衛兵達は口を半開きにする。
リヴァの瞳が細められた。
「煩い!騎士団、アクアを連れていけ!!」
黒光りする甲冑に身を包んだ者達が王座の背後から現れる。彼らは顔を隠し、殺戮機能だけに長けた剣を掲げた。
その気配のおぞましさにアクアを言葉を呑み込む。彼女の左右の衛兵や他の衛兵も背筋を震わせた。
「何だ奴らは……」
リヴァも額に汗を浮かべて後退りする。
「我が雇った用心棒だ。役立たずの代わりにアクアを部屋に閉じ込め、罪人達を捕らえよ」
雇われ用心棒にしてもここまで人からかけ離れた気配は……。
「ひ、姫様、お逃げくださ……あああああ!!!!」
アクアの右にいた兵士から耳をつんざくほどの悲鳴があがった。真っ赤な血飛沫を飛ばし、彼はそのまま背後に倒れる。
一瞬だった。
……………………。
「いやあああああ!!!!」
アクアが叫んだ。
黒い悪魔だ。
甲冑の悪魔の剣もアクアの白いワンピースも赤くなっていた。
それはたった一人の兵士の血によって。
アクアは泣き叫び、倒れた兵士の横に崩れる。
「なんてことを……パティアの人を……っ」
涙を落とすアクア。
「皆大切な家族だって……お父様は言っていたのに……」
「だから何だ?前王はもういない。今は私が王だ」
ルーカスはハッと嘲笑して他の騎士にも行動するよう手で払う仕草をする。それと同時に衛兵達は王の間の持ち場を捨ててワッと逃げ出す。
しかし、
「――!!!!!!」
また1つ悲鳴が……。
「王への裏切りか?死刑だぞ?衛兵達よ」
無慈悲にも散った騎士は逃げ出す衛兵達を切り出した。パティアの王がパティアの民である兵を一人二人と処刑していく。
王による虐殺はこの場の誰にも止められない。
「団長……っ」
「ライル、動くな。私達には何もできない」
首に刃を添えられて振り向けずとも、リヴァは同じ状況のライルに命令する。
踵を上げていた彼は反撃の機会を窺っていたが、大人しくした。
その声音からはリヴァの悔しさと怒りは痛いぐらい分かったからだ。
「ふん……呆気ないな」
対等な商い関係から、罪人としてシュヴァルツ商団の団長と分隊長は王の前に並ばされていた。
「処刑は明日だ。王族誘拐……それと、王の前で暴れ、衛兵達を殺した罪で死刑だ」
「っ!!」
今さっき自らが用心棒に命令したと言うのに、ルーカスはリヴァ達の罪状を都合良く増やした。
「平和呆けの民にはいい行事だ!」
声高々に笑う王は……狂っている。
「お兄様……いいえ、もう殺人者ね」
王座の下で、アクアは最後には逃がそうとしてくれた衛兵の傍で俯いていた。
「私が殺人者?はっ、お前も私への侮辱罪で牢に入れてやろうか?」
「そうね。今の今まで、この国の外のことも、この国のことすら全然知らなかった。お父様が残した美しかったパティアで奴隷が売り買いされ、そのことをお兄様が揉み消していたなんて全然知らなかった。お兄様がこんなにも簡単にパティアの人を……家族を殺してしまえるなんて知らなかった!お父様の娘として、サラ・クライストの娘として、こんなにも恥ずかしく罪深いことはないわ!」
ゆらりとアクアが立ち上がる。
血の付いたワンピースは真っ赤なドレスのようだった。
彼女の白い素足に筋を描く血。
彼女の白い頬に筋を描く血。
彼女の手には死んでしまった衛兵の剣。
「止めるんだ!アクア!」
茫然自失状態の彼女の回りには騎士は居らず、誰よりも彼女はルーカスに近かった。
そして、リヴァの静止も聞かず、アクアは剣を振り上げた。
「殺せ。アレは私の敵だ」
一人の騎士が彼女の剣を弾き、彼女は受け身を取れずに王座から転げ落ちる。
肩を打ち付け、激痛に動けないアクアに掛かる影。
血に濡れた刃の影。
「助けて……」
剣が振り下ろされた。
キンッ……―
固い金属音。
「あなたの望む外へと出られるまで、あなたのことを護ると誓いました。……あなたが望む世界を見られるまで」
「え…………」
黒い甲冑がアクアに下ろされた剣を刀で受け止めていた。
「俺はまだあなたの騎士ですよ、アクアさん」
「アレ……ン」
そこにはアレン・レヴァラントがいた。