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サガシモノ

約2ヶ月経ての更新!

「アホっ!」と自分に突っ込みを入れたい……<(_ _)><(_ _)><(_ _)>

いつからか、私は闇の中をひたすらに走っていた。

ただ真っ直ぐ。

方位も分からずに。

けれど、漠然とした目的はあった。


傍にいたい。


傍にいたくて、私は追っていた。



誰を?






「んっ…………まぶし……」

朝日が眩しい……が、

「アクアさん」

「!?」

アクアは咄嗟に後退しようとして、何か質量のある温かいものに遮られた。

「何?」と振り返ろうとし、それは嘶く。

「きゃ!何よこれ!」

「馬ですよ。名前はユリン。俺の友達です」

「馬なのは分かるわよ!何で馬がここにいるのよ!」

「俺達の足です。荷馬車を引いてくれるんですよ」

荷馬車だけに馬がいなくてはいけないが、そうじゃない。

アクアが聞きたいのは、『何故、背後で馬が寝そべっているのか』だ。

「……あんたとは本当に話が通じないわね」

「全大陸がフィジー語になって三千年。しかし、訛りの壁は越えられません。多分、俺からしてアクアさんの口が悪く聞こえるのも……―」

アクアの拳がアレンの顎を捉えると、両手を上げてアレンは押し黙った。

まったく、この男は自称紳士のくせに、女に恥をかかせ、他人をイラつかせるのは天下一品。そのことにまたイラついてくるのだから迷惑な男だ。

「えっとぉ……アクアさん、昨夜のことは覚えていますか?」

恐る恐るといったアレンの表情。アクアはゆっくりと自らの包帯を巻かれた肘を見ると、拳を下ろした。

「……覚えてないわ」

「え!?少しも!?」

「少しも」

「全く!?」

「全く、ない!ほら、返す!」

アレンが昨夜から貸してくれていたコートを彼の胸に荒々しく押し付けると、アクアはさっさと立ち上がって掛けられていた毛布を畳んで積み荷に乗せる。そして、彼女はすたすたと森へと歩き出した。

すると、律儀についてくるアレン。


本当は“昨夜のこと”は覚えている。

逆に、覚えているからこそ、私は言わない。

言えば……―


「アクアさん、どこへ?」

アレンがさっさと歩くアクアの顔を覗き込む。

何でも知りたくてしょうがない。しつこくてお節介な男。

こんなことでキレていては身が持たないと、アクアは殴りたくなる衝動を抑えて、しょうがないから答えてやる。

「決まってるでしょ?帰るのよ」

「ソラの皆さんを見送ってからにしませんか?」


何で?

一瞬だけそう思った。


そんな自らにアクアはぞっとした。

「…………」

「アクアさん?…………見送ったら、団長にユリンを借りてもいいか聞きます。馬の方が早くていいですよ?」

そうだ。

馬ならきっと早い(・・)

アクアは歩く速度を落として止まった。

「そうね。色々な話を聞かせてくれたし」

勿論、今回の旅や、ソラの村のこと。言い伝えや教訓。

そして……―



もう少し情報を集めた方がいい。

あの言葉の真偽の為に。





「シュヴァルツ商団の皆さん、本当に、本当にお世話になりました」

頭を下げる前は長の顔。

上げた時は無邪気な子供の笑顔。

深く頭を下げるソラの民達は全員がエルのように笑顔を見せていた。

「こちらこそ、教会まで見送れなくてすまない」

「いえ。皆さんは僕達に生きる希望をくれました。ありがとうございます」

「ああ。ヒエイは彼らの道中を頼んだぞ」

今回、ヒエイこと、ヒイを愛称に持つ温和な顔の彼は見た目に合わず、武道大会で上位20名に入る強者だ。

「分かりました。団長」

その言葉はしゃきしゃきとはしておらず、森を抜けるまでの水と食糧を背中に山のように積みながら、にへらと笑った。

くしゃくしゃの黒髪と長身な体を猫背にし、よくうろうろする様は厳しい女性団員に叱咤されるが、その笑顔だけは誰も憎めないのだ。

「ユウヤ君と先に戻ります。どうか、無茶はしないと願ってます」

願っているだけで“信じてます”ではない。団長と“大人しく”は断じて結び付きはしないと知っているからだ。

今の今まで団長が“大人しく”していたことなどない。そうでなければ、団長の次に偉い分隊長が団長の御守り役などと教皇に命じられることなどなかった。

「いいなぁ、ヒエイさん」

「何故ですか?レイン」

「だって、僕らお腹ペコペコなのに、ヒエイさんはご飯食べられるんですよ?」

「俺ら、まるで主にコキつかわれる従者のようですね」

「実際そうでしょう?ところで、昨夜の女性は誰ですか?もしや、アレンと添い遂げる相手ですか?」


アレンは絶句した。


そして、

「そ、そそ添い遂げるぅ!!!?」

この日一番のアレンの大声。いい別れの雰囲気の中で、間抜けな声が森に響いた。

老若男女、全員の視線が隅に立っていたアレンに注がれる。

「………………そ……のぉ…………ソラの皆さん、お元気で」

はははと気の抜けた声がたった1人の口から出、遠くのアクアが冷めた目を皿にしていた。





「ユリンか?構わないぞ。送ってやれ」

「はい。…………団長、約束は20時ですよね?それまではパティアの国境前にいると」

「……ああ。陽が落ちたら向かう。その前に、軽く情報集めだがな」

「20時、ですよね?」

「しつこいぞ」

ゴンッ。

騎士として危険区域に入る主の行動を再度確認しようとしたアレンは、その主に殴られた。

「頭が……死ぬぅ……」

「レインを見習え。レインは同じことを2度は訊かん。だから、話す側に不快感を与えない。良い交渉人になる」

しかし、レインなら争い事は徹底的に回避したがる性分で、交渉人どころか請負人にでもなりそうだ。

「じゃあ、20時、約束の場所へ行くんですよね。20時、20時きっかりですよね。俺を置いていったりしませんよね。にじゅ……―」

ごんっ……ごり。

アレンは頭蓋骨を抉るかのようなそれに押し黙った。


「いたたっ……俺の貴重な脳細胞が……」

減った。

激減し、そのまま絶滅かと思った。

しかし……―

「団長……何を考えているのですか?」

少々、違和感を感じた。

アレンは胸につっかえた何かが気になったが、ユリンと残したアクアのもとへ走った。



が、



ユリンとを結んでいた縄が切られていた。

そして、

「アクアさんがいない……」

ユリンもアクアもいなくなっていた。

「どういうことですか!」

森の真ん中でアレンは途方に暮れる。確かに、アクアの(アレン)嫌いはかなりのものだが、これはないだろう。

「いやいや、まだ無断でユリンと帰ったとは決まっていません」

もしかしたら、何か……。

はっとしたアレンだが、

「お嬢さんなら『お世話になりました』って行っちまったぞ?」

とある団員がさらりと苦悩するアレンの横を通り際に言った。

シリアスな場面に鶏がコケコケと横切るかのような……。

「…………………………マジですか……」

がっくりと肩を落とすアレン。

それから沈黙。

しかし、ちょうど5分後。

「はは……ははは…………団長もアクアさんも……ははははは!」

脳細胞死滅の影響だろうか。アレンは不気味に高笑いする。紳士とは到底言えない様でアレンはキレ、しかし、長年付き合いのある団員一同は彼を無視していた。

何故なら、それがアレンのストレス発散だと知っているから。

何故なら、キレたアレンに何か言おうものなら、斬られる覚悟が必要だから。

一種の病気だ。


「ナメてもらっちゃあ、困りますよ!ふふふ、ユリンは賢いんですからね!」

言動が意味不明と化したアレンが唇の端に笑みを浮かべ、深く息を吸うと、形作った指に空気を吹き込んだ。

すると、木々をすり抜ける風のように、高く澄んだ音が森に響く。

アレンは指笛を長く鳴らしていた。

“どんな状況になろうとも主人のところへ帰る”

アレンが決めたユリンへの合図だ。

「さあユリン、帰ってこい」

満面の笑顔でアレンは木に寄りかかる。そして、間もなく馬の蹄がリズミカルに大地の振動ともにやってきた。

これはパティアの方角だ。やはり、アクアはさっさと、馬だけ借りて自力で帰って行ったのだ。

「ははは……でもね、アクアさん、勝手はいけませんよ」

もともと短気を気合いと根性、紳士精神で抑えていたアレンはかなり病んでいる。だから、アレンが隠れて抜刀することもしばしば。


事実、今だ。


育ての親のアレンに向かって鬣を揺らして走るユリン。アレンは刀を平然と構えていた。

アレンの現在の心境は、多分、鬼に近い。

「下剋上万歳!」

目標をユリンの背中に掴まっているはずのアクアに狙いを定めた。


…………………………………。


「ユリン、アクアさんは?」

アレンの意気込みとは裏腹に、アクアがいない。ご丁寧に鞍も付けられているのに、アクアはいなかったのだ。

どうしてだ?

もうパティアの自宅に着いていたとか?

そんなはずはない。ユリンをどんなに飛ばしても、時間的にパティアの国境までだ。

なら、ユリンから降りていた?

だが、馬を使うほど急いでいただろうに、わざわざ休みを取る距離だろうか。

そうなると、ユリンから振り落とされでもしなければ、アクアは何らかの理由で降りる必要があった……ということにならないだろうか。

「…………ユリン?どうしました?」

一気に冷静になったアレンの腹にユリンが鼻を執拗に擦り付ける。不思議に思い、鼻を見ようとしゃがんだアレンはユリンの歯に何かが挟まっているのを見付けた。

「これ…………アクアさんの緋石……」

どうやら、アクアに礼儀作法の教育をするどころじゃないようだ。

父親からの大切な形見が―アレンがちゃんと首から掛けさせ、服の中に仕舞わせたはずの緋石のネックレスが、鎖が切れて地面に落ちた。

アクアに何かがあったに違いない。

「くそっ!」

完全にアレンの落ち度だ。

昨夜のことがあったのだから、アクアから目を離してはいけなかった。

ソラの民の賊行為と無関係ではないだろう者に襲われたアクア。

アクアは相手がどんな奴だったか知らずとも、相手はアクアを知っている。相手がアクアに見られたと思っていたなら?

することは一つしかない。

「オレのせいだ!」

ありがちなシナリオじゃないか。そして、アクアをこちらに巻き込んだのはアレン。


最悪だ。


しかし、ならばこそ、慌ててはいけない。昨日はそれでリヴァに怒られたのだ。

自分の悪い癖は分かっている。

だからこそ、冷静に……冷静…………―

「なれるわけがないでしょ!」

もう自分のせいで誰かを失うのは嫌なのだ。


『フローラ!!!!』


二度と、あんな思いはしたくない。


アレンはユリンに跨がった。

「ユリン、オレを連れてってください」

主を乗せて、ユリンは前肢を高く上げる。そして、方向転換をした。


進むはパティア。

平和を愛し、平和に愛された国。

しかし、それは過去の話。



奴隷売買の国、パティア。



仮初めの平和に呆けた民に、この汚名を知る者はいない。

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