第8話 フェールノの街
デリックと別れ、本来の目的地・フェールノに到着した一行。リアは胸の奥に不安をしまい込み、リュミエルとガルムの様子に目を配る。馬車では疲れて眠っていた二人も、今は元気いっぱいで、あちこちへと駆け回っていた。
「二人とも、周りには気をつけてくださいね? 問題を起こしたら……お仕置きですよ」
少し声を張って言うと、二人はびくりとしながらも、分かっているというように手を振り、街の中心部へ向かっていった。
次の瞬間、ガシャーンという音と、果物屋の店主の怒声が響く。リアが慌てて駆けつけると、案の定、問題を起こした二人がそこにいた。どうやら店先の品にぶつかり、かなりの数を台無しにしてしまったらしい。謝ってはいるが態度が悪く、弁償する金もない。店主が怒り心頭なのも無理はなかった。
リアは必死に事情を説明し、その場をなんとか収めた。弁償を終えた財布は、悲しいほどに軽い。
「はぁ……今夜の宿代が……。二人とも、問題を起こしたらお仕置きって言いましたよね?」
口元は笑っているが、目は笑っていなかった。
その後、ガルムとリュミエルの悲鳴が響いた。
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「反省したから……もう離してよぉ」「ごめんなさい……もう勝手なことしないから、許して」
リアにこってり叱られ、二人はすっかりしおらしくなっている。今の二人は、リアの手によって縄で縛られ、荷物のように運ばれていた。何らかの魔法がかけられているらしく、逃れることもできない。
伝説級のドラゴニュートを荷物扱いするリアに、通行人たちが驚きの視線を向けている。“化け物”と呼ばれることになるのは、また別の話だ。
リアは「一週間、指示に従えば自由行動を許す」と告げた。二人はがっくりとうなだれつつも、観念して従う。
そのまま三人はフェールノのギルドへ向かった。ギルドマスターのトーラは、不健康そうな見た目で無愛想なドワーフの女性だった。
リアが入るなり、彼女は言った。
「……あんた、ギルドカードの期限切れてるよ」
突然の言葉に、リアは愕然とする。すぐに思い出した。三日以上依頼をこなさなければ、それまでの実績もランクも失効するという規則を。ローグがいた頃は、どんな時でも依頼を欠かさなかった。ドリエステを出てから、なんと五日も依頼をこなしていなかったのだ。
そこからは慌ただしかった。冒険者登録、従魔登録をやり直す。せっかくCランクだったのに、最底辺のEランクからの再出発である。
憂鬱な気分でギルドを出るリアに、リュミエルとガルムは他人事のように「がんばれ〜」と声をかける。
「あなたたちのせいでもあるんですよ!?」
思わず怒鳴るリアだった。
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一時間後、三人は街を見渡せる高台に立っていた。Eランクから抜け出すには、Eランク依頼を百件、あるいはDランク依頼を十件達成する必要がある。まずは街を把握しなければならなかった。
見た目はドリエステやエクソリスと大差ない。ただ、スライムが大量に出る草原があるくらいだ。ちなみにスライム討伐はEランク。
リアが頭を抱えていると、ガルムとリュミエルが「Dランク以上でもいける」と言い出した。悩んだ末、リアはトーラにDランク依頼を受けると告げる。
提示されたのは、オークの集落討伐。一部にCランク相当の個体が混ざっている、いわば溜まり場だという。だが、伝説級従魔であるドラゴニュートが二人もいれば難しくはない。これを達成すれば、一気にCランクへ戻れるらしい。
リアは決意した。
「二人とも、この依頼を達成できたら自由行動を許可します」
「ほんと!? じゃあ僕、頑張る!」「ガルムが言うなら……あたしも協力してあげる。自由行動もしたいしね」
三人はオーク討伐へと向かった。
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結果は快勝。だが、思わぬ“拾い物”があった。猫型獣人の少女を保護したのだ。
名前も言えず、ただ怯えるばかりの彼女。オークの恐ろしさと、彼女がどんな目に遭ったかは、言葉がなくとも伝わってくる。
リアはこの少女の処遇に心を悩ませることとなった。
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獣人の少女は、最終的に教会へ預けることになった。心を閉ざした彼女を癒やせるのは、教会くらいしかないと判断したからだ。
リアは本当は連れて行きたいと思っていた。だが、素人の自分が世話をすれば、かえって彼女を苦しめてしまうかもしれない。そう考え、やむなく断念したのだった。
「ねぇ、リア。魔族ってなに?」
ふと思いついたように、ガルムが尋ねた。
リアは「この子は本当に何も知らないんだな」と半ば呆れつつも、せっかくなのでリュミエルも呼び、簡単に説明することにした。
「まず前提として、この世界にはいくつかの種族がいます。人間族、エルフ族、ビースト族、ドワーフ族、巨人族……そして魔人族です。
その魔人族はさらに八つの種族に分かれています。ガルムやリュミエルちゃんのようなドラゴニュート族、デーモン族、サキュバス族、アラクネ族、人魚族、ハーピー族、オーガ族、フェアリー族です。
一方で、ゴブリンやオークのような一部の低級魔人族は、人間に害を与えるうえ、他の魔人族とも意思疎通が難しいため討伐対象とされています。
つまり、今挙げた八種族は『上級魔族』と呼ばれ、それ以外の多くが『低級魔族』として扱われることが多い、というわけです。」
説明を聞き終える頃には、ガルムの頭はすっかりショートしていた。
リアはやれやれとため息をつく。
「……はぁ。ガルムは本当に。そもそも、ガルムが聞きたいって言ったんでしょう?」
「私は知りたい。だから教えて!」
リュミエルが興味深そうに身を乗り出したので、リアは説明を続けた。
「では次に、百年前の人魔大戦について。
これは、魔王の意向を無視して暴走したデーモン族と、それを止めようとした人間族の戦いです。戦争は十二年も続いたと言われています。
戦争が始まると、魔王もやむなくデーモン側として参戦しました。
サキュバス族、ドラゴニュート族、アラクネ族、ハーピー族、オーガ族が次々と魔王側に加わりました。
一方、人間側にはエルフ族、ビースト族、ドワーフ族、巨人族、人魚族、妖精族が参戦しました。
オークやゴブリンは、スケルトンやスライムなどとともに魔王側の兵士として現れ、人間側に大きな被害を与えたそうです。
それでも人間族は知恵を活かし、なんとか勝利を収めたと言われています。
ですが……その裏では、別の悲劇も起きていました。
ドラゴニュートやアラクネ、さらには妖精や人魚のような希少種族が、その身体や力を狙われ、人間による残虐な行為で多くが姿を消してしまったのです。
リュミエルちゃんがどうかは分かりませんが、ドラゴニュートが一部で恐れられているのは、それに反抗した勢力が、戦時中の混乱に紛れて人間に対し激しい殺戮を行ったことも原因だと言われています。
……エクソリスのような魔族自治都市が存在するのは、そうした状況を見かねたエルフやドワーフの働きかけによって作られたからです。もっとも、ルイエス王国のように今でも反対する国はありますけどね。
私が知っているのは、このくらいです。」
リアの長い説明にも、リュミエルは最後まで付き合ってくれた。
「……そう。ありがとう、リア。教えてくれて感謝するわ。それと、私は人間はあまり好きじゃないけど……リアみたいな例外は好きよ。」
まるで告白のような言葉を残し、リュミエルは宿へと駆けていった。考えすぎて力尽きたガルムを、ずるずると引きずりながら。
その後、リアは今日の報酬で買い物を済ませ、宿へ戻った。湯浴みの最中にガルムが例によって面倒ごとを起こしたりと、いくつか小さな騒動はあったが、なんだかんだで一日は平和に終わった。
フェールノで残っている用事はひとつ。二人のために、ダンジョンへ向かうことだ。
二人はこれまでよく頑張ってくれていたし、前々から行きたいと言っていた。だから明日、向かうことに決めた。
前回のダンジョンでは、ガルムに結界を張ってもらっていた。あれはとても快適だった。信用ならないと言っておきながら、今回も使わせてもらおうと思っている。宝を集めたいからだ。
宝を集めて売れば、まとまった金になる。そうすれば、しばらくは楽に過ごせるだろう。
ただ一つ不安があるとすれば、今回のダンジョンは世界に四つしか存在しない超巨大ダンジョンだということ。前回よりも時間がかかるのは間違いない。
……まあ、なんとかなるだろう。
そう思いながら、リアは静かに眠りについたのだった。




