第7話 問題提起
皆で集まって迎えた、ドリエステの街での三日目。
その日は珍しく、エレナに呼び出される形となった。
「あなたたち、目標はあるの?」
唐突な問いかけに、場が一瞬静まり返る。
「適当にのんびりしているだけじゃ、いずれダメになるわよ?」
最初に反応したのは、リアだった。
「それは……そのぉ……」
「――考えてないようね」
エレナはため息をつく。
「別に悪いとは言わないけど、ちゃんと目標は見つけるべきよ。たとえば、ここで別れるとかね。ガルムくんとリアちゃんは従魔関係を結んでいるから仕方ないとして……」
含みのある視線が、ローグとリュミエルに向けられた。
「あたしは、ずっとガルムと……リアと一緒にいるわ!」
真っ先に声を上げたのはリュミエルだった。
「だって、ガルムが浮気しないか見張らなきゃいけないもの!」
「……見張られる覚えはないんだけど」
小声で呟くガルムをよそに、ローグが悩んだ様子で口を開く。
「俺は……どっちでもいい。エレナさんが、俺を必要としてくれるなら、それで満足だから」
エレナは全員を見渡し、静かに頷いた。
「わかりました。ローグさんは、ここに残って私の補佐をしてください」
ローグは一瞬目を見開き、次の瞬間、喜びを隠しきれない表情を浮かべた。だが、寂しそうなリュミエルとガルムに気づくと、二人の頭を優しく撫でる。
「これを持っていけ」
リュミエルにはネックレスを、ガルムには短剣を手渡した。
こうして、エレナ主導の話し合いにより、ローグは街に残ることが決まった。そして――リュミエル、リア、ガルムの三人で冒険を続けることになる。
街を出るのはすぐだった。
エレナとローグが、馬車の前で見送ってくれる。
リアは何度も二人に感謝を伝えると、馬車を指差し、わーわーと騒ぐリュミエルとガルムの元へ向かった。
「「早く行こっ!」」
声を揃える二人に、リアは少し寂しそうに微笑みながら頷く。
「そうですね……ローグさんがいないのは寂しいですけど、三人で頑張りましょう!」
三人を乗せた馬車は、あっという間に街を離れていった。
次の目的地は、フェールノという街。
ドリエステではダンジョンや依頼を十分にこなせなかった。だからこそ、フェールノでは――と、ガルムは拳を握る。
(今度こそ、討伐だ!)(ガルムの監視、絶対に怠らない……!)(ローグさんがいなくても、私がリーダーだって、ちゃんと言い続けなきゃ)
三人それぞれの決意は、これからの旅を大きく変えていくことになるだろう。
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その頃、ドリエステの街には、一人の青年が到着していた。
デリック――テルドーナのギルドマスターでありながら、今回は冒険者としてエレナのもとを訪れていた。
「エレナさん、ガルムくんたちがここに来ていたと聞いたんですが……どこにいますか?」
「もう街を出たわ。これからフェールノに向かうそうよ――って、あれ?」
次の瞬間、デリックは走り出していた。
「早く伝えなきゃいけないのに!」
何を伝えようとしているのか、それを知るのはデリックただ一人。すでに街を遠く離れた三人を追い、彼は必死に駆け出すのだった。
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ドリエステの街を離れた一行は、馬車に揺られていた。リュミエルはすでに眠りに落ち、ガルムはリアの膝の上で、静かに外の景色を眺めている。
「ローグがいないと、平和だねぇ。寂しいけど……またリアと冒険できて嬉しいよ」
「それ、リュミエルちゃんが聞いたら怒りますよ?“あたしのこと無視するな”って。……確かに、ローグさんがいないと静かですけど」
リアの言葉に、ガルムははっとして口を噤んだ。眠っているとはいえ、もし聞かれていたら今夜は修羅場だっただろう。
そんな穏やかな空気のまま時が過ぎ、ガルムもうたた寝を始めた頃――馬車が不意に止まった。
「どうしました?」
リアが首を傾げると、御者は困ったように言う。
「そちらの方が、あなた方に話があるそうでして……」
その瞬間、割って入るように一人の男が現れた。
「お久しぶりです、リアさん。……それから、ガルムさん、リュミエルさんですね」
デリックだった。
「急ぎでお話ししたいことがあります。エクソリスの街へ向かっていただけませんか?……あなた方の力でしか、解決できない問題が起きています」
デリックが語ったのは、エクソリスで起きている異変だった。
エクソリスは、この国では珍しい魔族中心の街だ。魔王の死後、魔族と人族が友好関係を築いた象徴とも言える場所で、住民の八割はオーガやリザードマンなどの魔人たち。
その街で、原因不明の死傷者が相次いでいるという。
さらに――最近この地を訪れた隣国・ルイエス王国の聖霊騎士団が関与している可能性が高い。ルイエスは人間主義を掲げる強烈な差別国家であり、死傷者の体には聖霊騎士が関与した痕跡が残されていた。
「――という状況なのですが……って、みなさん!?」
話し終えた時には、ガルムとリュミエルの姿はすでになかった。
残されていたのは、状況を飲み込めずオロオロするリアだけ。
デリックは青ざめた。まだ伝えていないことがある。特に、聖霊騎士団の危険性について。
「……急いで、エクソリスへ向かってください」
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一足先にエクソリスへ向かった二人は、ただ“頼まれたことをさっさと終わらせて、フェールノへ向かいたい”と思っていただけだった。デリックがどれほど切迫していたかも、十分に理解しないまま。
「早くしなきゃ!」「そんなこと言って、どこが現場か知ってるの?」「あれ、どこだっけ?」「なんで話をちゃんと聞かずに飛び出したのよ!?……まぁ、あたしも知らないけど」
軽口を叩きながら街へ入る。
見た目に大きな変化はない。だが、人の往来はほとんどなく、妙に静まり返っているのが印象的だった。以前訪れたことのあるリュミエルは、違和感を覚える。
「やけに静かね……前はもっと賑やかだったのに」
二人は、この街で最も大きな建物であるギルドへ向かった。中には人がまばらにいたが、誰も彼も元気がない。依頼掲示板を見ると、薬草や治療用素材に関する依頼ばかりで、他の街とは様子が違っていた。
ガルムは近くにいた冒険者に声をかける。
「おじさん、ここって今どんな状況なの?」
エルフの男性は、小柄なガルムを見下ろし、焦ったように答えた。
「僕?……時間ないんだけどな……。一言で言えば、不審死事件が多いんだよ。隣国の騎士さんが、謎の呪術をかけていってね……」
要領を得ない説明だったが、つまりはデリックの話していた通りだった。聖霊騎士団は、ここが本来の目的地ではないと言い、王都方面へ去っていったらしい。
すでに事は終わっており、ここに来たのは無駄足だったということだ。
街の外へ出ると、ちょうどリアとデリックを乗せた馬車が到着した。二人は聞いた内容を説明する。デリックは訝しげな表情で、街へと入っていった。
残されたリアは、二人へのお説教を始めた。
「今回は騎士の方々がいなかったからよかったものの……彼らは、いつものやり方では勝てない相手なんですよ?デリックさんの話では、かなり危険で融通の効かない相手だそうで……。私は、あなたたちを心配してるんです!後先考えずに勝手な行動をされると――」
説教は、デリックが戻ってくるまで続いた。
くたびれていた二人だったが、戻ってきたデリックの言葉で少し元気を取り戻す。
「どうやら、この街にかけられた呪術は聖霊にしか消せないらしく……騎士団の所在も不明ですし、僕らにできることはなさそうです。せっかく来てもらったのですが……申し訳ありません。もう戻っていただいて構いません」
デリックと別れ、リア・ガルム・リュミエルは再び移動を始めた。何度も謝られ、リアはかえって申し訳なくなる。
一方、ようやく本来の目的地へ向かえるとわかり、ドラゴニュートの二人は楽しそうだった。
心に小さな引っかかりを覚えながらも、リアは二人を連れて旅を再開する。
(大丈夫なのかなぁ……なんだか、大きな出来事に巻き込まれているような……)
そんなリアの不安は、二人の賑やかな声によって、少しずつかき消されていった。




