第6話 ドリエステの街
ガルムとリアにとって、この街は冒険を始めて三つ目の街だった。王都に次いで二番目に大きな街であるため、騎士や魔術師の数も多い。
ドラゴニュートを知っている者も多く、その分、警戒心を向ける者も少なくなかった。
血気盛んなリュミエルは、何度も喧嘩を受けて立とうとし、そのたびにローグに止められている。
「心配する必要はありません! ガルムは従魔ですし、リュミエルちゃんはガルムのお友達で――」
「お願いだから大人しくしてください! ガルムもリュミエルちゃんも、すぐ喧嘩を受けて立とうとしない!」
「ローグさんっ! あなたも煽らないでください!」
「す、すみません! この子たちは悪い子じゃないんです!」
すっかりくたびれたリアは、一人で三人を制しながら、周囲の誤解を必死に解いていた。なんとかいざこざを収め、そのままギルドへ向かう。
「ようこそっ!! ドリエステの街へ!私、ここのギルドマスターをしております、エレナと申します!」
やけに元気な女性が姿を現した。
その瞬間、リュミエルはさっとローグの背後に隠れる。
どうやら彼女は、自分と同じタイプの人間に出会うと、途端に怖気づいてしまうらしい。その様子を見て、ローグはリュミエルの弱点を悟り、不敵な笑みを浮かべた。
リアは、エレナに対しても臆することなく話しかけるガルムを見て、素直に感心する。
「エレナは、既婚者?」
「女性にそんなこと聞いてはいけませんよぉ?下手をすると、あなたの小さな体が消し飛ぶかもしれませんし……」
見た目に反して、口にする言葉は過激だった。
エレナはすぐにガルムに謝罪をさせる。どうやら、ただ者ではない。
(何あの女……あたしの大事なガルムに、偉そうに……)
心の中で毒を吐きながらも、リュミエルは自分とキャラが被りそうなエレナに近づけずにいた。
(……俺にも、春が来るかな……)
ローグは一人、意味不明な期待を抱いていた。どうやら、狙いはエレナらしい。
(みんなのためにも、私は頑張る……!)
リアはリーダーとしての決意を、改めて胸に刻んでいた。
(怖い……。この人は、リュミエルと一緒に怒らせたらダメだな)
ガルムは、そういうところだけはきちんと自重することにした。
四人それぞれの思惑が交錯する中、エレナは淡々と、この街についての説明を続けていた。
――もっとも、話を最後まで聞けないガルムは、リュミエルと一緒に外へ出て行ってしまったのだが。
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説明が終わり、リアがギルドを出たその時、はぁはぁと息を切らしながら、ローグが駆け込んできた。ちょうどギルドで街の説明を聞き終えたところだったリアと、見送りのために一緒に外へ出てきたエレナは、顔を見合わせる。
「「どうしたの?」」
ローグは一瞬言いよどみ、「いや、その……あのバカたちが……おっと、エレナさんもいらしたんですね」
「エレナさぁん、実はぁ……あの二人が、この街の領主が凱旋しているところに入り込んじゃって……。謝るなり、すぐ退くなりすればよかったのに、逆ギレして大暴れを……」
途中で言葉を区切り、妙に丁寧に言い直すローグを、リアは冷ややかに見つめていた。
(エレナさんに振り向いてもらおうって魂胆が、見え見えすぎる……ちょっと引くなぁ……)
――まあ、こんなおっさんは今はどうでもいい。
それより二人の方が心配だ。
そう思考を切り替え、リアはエレナとローグを伴って現場へ向かった。
そこは広場だった。吹き飛ばされる兵士たち、オロオロするガルム、そして大暴れしているリュミエル。
領主は周囲の衛兵に向かって、あーだこーだと必死に指示を飛ばしている。
「何してるんだ!」「今やってるところです!」「頼むからもうやめてぇ!」「いかれてやがる……」「助けて……」
広場は完全な大混乱だった。
リアは状況を一瞥すると、リュミエルの対応をエレナに任せ、自分はガルムのもとへ向かった。
「大丈夫!? ガルム、何があったの?」
すっかり動揺していたガルムは、リアの姿を見た瞬間、ほっとしたように抱きついてきた。
「あのね……リュミエルが……暴れて……」
「それは見ればわかるよ。それより、何があったか教えて。」
「……わかった。最初はね、リュミエルとお散歩してたの。そしたら、貴族って感じの隊列が来て……。みんな平伏してたから、僕も真似しようとしたんだけど、リュミエルが“あたしたちはする必要ない”って言って……。だから一緒に立って見てたら、“お前らは何やってる! ドラゴニュートだからと失礼ではないか!”って言われて……それで、リュミエルがブチギレたの」
事情を話し終えたガルムの頭を、リアはそっと撫でた。
「ちゃんと教えてくれてありがとう。あとは私とエレナさんが何とかするから、ローグさんのところで大人しくしててね。」
そう言ってガルムをローグに託し、リアは領主のもとへ向かった。
一方リュミエルは、すでに“エレナパワー”によって大人しくなっており、現在はエレナのお説教を受けて不満そうに唇を尖らせていた。
やって来たリアに、領主は低い声で言う。
「お前が、あいつらの保護者か?我はローグス領領主、ヘレスである。ドラゴニュートを手懐けて偉そうにしているのかは知らんが……あいつらの教育は、あってないようなものだな」
品定めするようにリアを眺め、続ける。
「ふむ……新人冒険者か。本来なら貴様らを処刑してやりたいところだが……貴重なドラゴニュートを二人も連れている。それに免じて許してやろう。ただし――壊した分は、きっち
り支払ってもらうぞ」
貴族を体現したかのような性根の悪そうな見た目に反して、彼の対応は意外にも温厚だった。罰金という条件だけで済ませたことに、リアは内心ほっとする。もっと厄介な要求をされる覚悟をしていたからだ。
幸い、これまでガルムたちと稼いできた資金は十分にあった。それを支払い、頭を下げる。
「これからは、目上の人間への接し方に気をつけるよう、二人に言っておけ」
それだけを言い残し、領主は去っていった。
衛兵たちも、毒気を抜かれたような表情で後を追っていく。
嵐が去ったあとのような静けさの中、リアは小さく息をついた。
その夜。宿の一室で、リュミエルとガルム、そしてリアは三人で話し合いをしていた。
部屋から解放された二人が、異常なほど大人しく、従順だったため――それを見たローグは、夢でも見ているのかと本気で思ったほどだった。
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昨日のドタバタが嘘のように、今日は平和だった。ガルムとリュミエルもおとなしく、ローグですら安心して見守れるほどの穏やかさである。
リアは久しぶりに、食べ歩きを楽しんでいた。ドリエステ名物・サーペントの照り焼きは格別で、気づけば何度もおかわりしていたほどだ。ガルムたちを連れてこなかったのは、ある意味、街で暴れたことに対するお仕置きでもある。心を鬼にして、自分だけ楽しむリアであった。
――だが、一人で街を歩けば、トラブルは起こるものだ。
通りを歩いていると、前から歩いてきた備兵崩れの男たちが、彼女に絡んできた。
「そこの別嬪さん、俺らと遊ばない?」「楽しいことしようぜ。いいだろ、別に」「色々と……良さげな感じだなぁ」
絡みつくような視線。リアは思わず身構える。
ローグが認めるほどの馬鹿力はあるが、数の差を考えると、この場から逃げ切れる自信はなかった。
(どうしよう……助けて……)
その想いが伝わったのか。ガルムはローグとリュミエルの目をかいくぐり、宿を抜け出していた。
ここにきて、従魔契約の力が発揮される。従魔とマスターは、思考を共有できるのだ。
(リア、待ってて! 今すぐ助けに行くから!)
恐るべき速さで現場に駆けつけると、唖然とするリアの目の前で、男たちを次々と吹き飛ばした。
男たちはそのまま失神。さらにポケットからは盗品が山ほど出てきたため、通りかかった衛兵に「ちょっと詰所まで来てもらおうか」と連行されていった。
「大丈夫? リア。思念で助けてって送ってきたから、びっくりしちゃった……」
そう言ったガルムのもとへ、リアはツカツカと歩み寄る。
怒られると思ったガルムは身構えたが――次の瞬間、抱きしめられ、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
「ありがとう! ごめんね、心配かけて……。これからは一緒に行動しよう」
リアは、心からの感謝を伝えた。
――その時。
「ガルムぅ? 何してるのかしら?」
凍りつくような声とともに現れたのは、リュミエルだった。
どうやらローグは、エレナに振り向いてもらおうと勝手に抜け出していたらしい。そして一人になったことに気づいたリュミエルも、同じように宿を飛び出してきたのだ。
溜まっていた苛立ちが爆発する。
「あんたねぇ! 浮気者は信頼がなくなるのよ!」
激昂するリュミエルを宥めるのに、リアが費やした時間は――実に一時間。ガルムにとっては気の遠くなるような時間だったが、リアのおかげでなんとか収まった。
リュミエルは目に涙を浮かべながら、ぷいとそっぽを向く。
「次はないから……。でも……リアに免じて、今回だけは許してあげる」
頭の上がらないガルムであった。
ちなみにローグはというと――エレナに軽く振られ、無事に撃沈していた。
それぞれに小さな事件はあったものの、昨日までに比べれば、そこそこ平和な一日であった。




