第3話 テルドーナの街
この街はテルドーナという港町で、交易によって栄えた風流ある街だ。かつて異世界転生者が築いた街であるため、瓦屋根や木造の建物など、和風建築が多く並んでいるのが特徴だった。
そんなテルドーナの冒険者ギルドは、まるで城のような外観をしている。以前の街のギルドよりも一回り――いや、二回りは大きい。
ギルドの中に足を踏み入れると、すでに一人の男性が待ち構えていた。
「わざわざこの街までお越しいただき、ありがとうございます。リア様、ガルム様。デルモのギルドマスターより、詳しくお話は伺っております」
丁寧に一礼した彼は、柔らかな笑みを浮かべて続ける。
「この街の案内と、宿の手配はこちらで行います。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」
この街のギルドマスター――デリック。整った顔立ちの、いわゆる“イケメン”である。
(……リアに色目、使ったら許さないもんね)
ガルムは即座にそう判断し、じっとデリックを睨みつけた。
一方のデリックはというと――
(デルモのギルドマスターから頼まれたから引き受けたけど……ガルム様の視線、怖すぎない?……まさか、さっきまで昼寝してたの、バレた?)
完全に的外れな理由で怯えていた。
そんな妙なすれ違いが起きていることを、当のリアはまったく知らない。
彼女が気づいたのは、デリックが既婚者だという事実だった。
(……別に、好きとかじゃないけど……)
自分とそう年の変わらない男性が、すでに結婚している。その現実に、なぜか小さな焦りを覚え、リアはそっと項垂れた。
デリックの案内で街を歩きながら、二人はテルドーナの特徴を聞いていく。
この街は魚料理が美味しいこと。討伐依頼は海の魔物が中心になること――。
リアは頭の中で魚料理を思い浮かべ、思わず涎を垂らしそうになり、ガルムは“海の魔物討伐”という言葉に、心を躍らせていた。
「あの……お二人にお伝えしておきたいことがありまして」
デリックが、少し声を落として言う。
「最近、この街の周辺で、ガルム様以外のドラゴニュートが目撃されているんです。何か探し物でもしているのでしょうか……?」
その言葉に、ガルムは一瞬、言葉に詰まった。
「……えっ。
……….あっ、僕、知らない人です! 僕とは関係ないから!」
あまりに露骨な動揺。
リアは一瞬、訝しげにガルムを見たが――
(ガルムが関係ないって言うなら、関係ないんだよね)
深く考えるのをやめた。
「それでは、依頼を受けたい時はいつでもギルドへ。ダンジョンの受付も行っておりますので」
その言葉に、ガルムの目が一気に輝く。
「じゃ、ダンジ――」
「依頼が先です」
にこにこと微笑みながら、ぴしゃり。
「ガルム、覚えてますよね?“依頼でたくさん稼ぐ”って言ったのは誰でしたっけ?」
有無を言わせぬ圧に、ガルムは肩を落とす。
「……はい……」
「まとまったお金が入ったら、ダンジョンに連れていってあげますから」
「……ほんと?」
「ほんとです」
「それじゃ、まずはご飯にしましょう!デリックさんに教えてもらったお寿司屋さんに行きますよ!」
嬉しそうなリアとは対照的に、ガルムは「ダンジョン……」と小さく呟きながら、一人拗ねていた。
――一方その頃。
少し離れた山の頂上で、二人の様子を見下ろす影が一つ。
「ガルム……人間の女と、イチャイチャして……」
不機嫌そうに呟く、その姿もまたドラゴニュート。
「私っていう幼馴染を、放っておいて……」
ムッとした表情で睨みつける彼女の存在を、リアもガルムも、まだ知る由はなかった。
寿司屋での食事を終えた二人。リアは終始ご満悦だったが、魚が苦手なガルムはというと――皿の上は、たまご、たまご、またたまご。
「……たまごばっかり」
ぼそりと呟くガルムは少し不機嫌そうだが、リアの有無を言わせぬ圧に逆らえるはずもなく、黙々と箸を動かしていた。
「さぁ、討伐に行きましょう!ガルム、たくさん稼いで、ダンジョンに行くんですから!」
「なんでそんなに元気なのかなぁ……。……ダンジョン、行きたい」
ニコニコと見つめてくるリアに、ガルムは口笛を吹いて誤魔化すしかなかった。
さて、二人が受けた依頼は、ピルニアと呼ばれる肉食魚の討伐だ。南米の巨大魚ピラルクに似た体躯を持ち、性格はピラニアのように獰猛――そんな危険な魔物である。
「ピルニアは血の匂いに非常に敏感です」
ギルドマスターのデリックが説明する。
「ですから、決して流血しないよう注意してください。本来は立ち入り禁止区域に生息していたのですが……何者かが侵入しまして」
その“何者か”は、よりによって怪我をした状態だったらしい。
血の匂いに興奮したピルニアの群れが襲いかかり、その人物は――逃げ切れなかった。
さらに、その騒動のせいで群れは生息域を外れ、人の生活水域へ侵入してしまったという。
リアが真剣にメモを取っていると――
ドゴォォンッ!
突然、とんでもない雷鳴が轟いた。
次の瞬間、水面にぷかぷかと浮かび上がる、ピルニアの群れの死体。それだけではない。サメのような巨大魚に、なぜかクラーケンの幼体まで混じっている。
どう見ても、やりすぎだった。
街は一時騒然。デリックは苦笑いを浮かべ、リアは顔を真っ赤にする。
ピルニア自体は確かに討伐できた。
だが、関係のない魚まで巻き添えにされたことで、漁師たちは激怒。
最終的に、デリックとリアの誠心誠意の謝罪によって、なんとか事は収まったものの――
「ダンジョンは、しばらくお預けですね」
「ひどい!僕、頑張ったのに!」
ガルムの悲痛な叫びを、リアはきっぱりと無視した。
「限度というものを考えないガルムが悪いんです。……ふんっ」
怒ってそっぽを向くリア。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて――」
「「関係ない人は引っ込んでください!」」
ぴたりと重なった二人の声に、
「……すみません」
と肩を落とすデリック。可哀想である。
その後も、リアとガルムは様々な魔物討伐をこなしていった。
ピルニア事件をきっかけに、ガルムは“遠慮”というものを覚えたらしい。攻撃の威力を抑えつつ、的確に魔物を仕留める。
それにつられてリアも、より一層真剣に依頼へ取り組むようになった。
――その結果。
リアの冒険者ランクは、Dランクへ昇格。
「……私のレベル上げにも協力してくれましたし、まとまったお金も入りました」
少し気恥ずかしそうに、リアは言う。
「ピルニアの時は、ひどいこと言いましたけど……頑張ってくれたので。ちゃんと、ダンジョンに連れていってあげます」
「やったぁ!」
一瞬で機嫌が最高潮になるガルム。
「ありがとう、リア!ダンジョン♪ ダンジョン♪」
「ダンジョンの受付はこちらからどうぞ」
仕事の早いデリックが、手早く手続きを済ませてくれた。
リアの“いつもの長い注意”を一通り受けた後、ようやくガルムはダンジョンの入口へ足を踏み入れ――
「こらっ、順番にちゃんと並びなさい!」
結局、また怒られるガルムであった。




