第10話 旅は続く
フェールノを出た一行は、リュミエルの提案でデルモへ戻ることになった。理由は単純で、リュミエルが「リアとガルムが出会った街を見てみたい」と言ったからだ。
リアは密かに掲げていた冒険者の目標ランクをすでに達成していたし、ガルムも他の大陸や法国西部に興味を持っていた。そんな事情もあり、ついでとばかりにデルモへ戻ることにしたのである。
「リア、僕らが出会った砂漠は?」
「そこまでは行きません。また遭難するのは嫌ですから」
「そういえば、出会った頃のリアって、任務がどうとか言って斬りかかってきたよね?」
「そ、それはもう言わないでください! 従魔登録の時に解決したでしょう!?」
軽口を叩きながら、二人は馬車に揺られる。リュミエルは少し後ろの席に座り、二人の背中を見つめていた。
「……今の私は邪魔かな」
ぽつりと呟いた言葉は、誰に向けたものでもなかった。
やがて街へ到着すると、ガルムが昔の思い出を説明し始めた。リュミエルはそれを聞きながら、どこか遠くを見るような目をしていた。
数分後、リュミエルはリアだけを呼び、二人きりで話をすることになった。ガルムは宿で留守番である。少し不安ではあるが、それはひとまず置いておこう。
リアは、真剣な表情のリュミエルに向き直った。
「それで、リュミエルちゃん。何か大切な話があるんでしょう?」
「……私、回りくどいのは嫌いだから単刀直入に言うわ。私、ガルムに相応しい……リアみたいな女性になれるよう特訓する。だから、あなたたちとの旅を一度やめる」
「え……でも、リュミエルちゃん。ガルムのこと……」
「いいの。私が決めたことだから。リアは人間だから、また会うのは難しいかもしれない。でもガルムは私と同じ長命のドラゴニュート。どうせすぐ会えるわ。……リアには申し訳ないけど、私は私の道を行く。ガルムには言わないでね」
その意思は、揺るぎなかった。
だからリアは、静かに頷いた。
「わかった。リュミエルちゃんの気持ち、よくわかった。もう会えなくなるかもしれないのよね? だったら、これだけは持っていて」
リアは髪に付けていた髪飾りを外した。ポニーテールがほどけ、長く美しい髪がさらりと肩へ落ちる。
それを少しだけ見つめたあと、思い切るようにリュミエルへ差し出した。
「これはね、私が旅に出る時……今は亡くなったお母さんがくれたものなの。大切なものだから、リュミエルちゃんに持っていてほしい」
遠慮しようとするリュミエルに、リアは少し笑う。
「大丈夫。お母さん、私がこうするだろうって思ってたみたいでね。二つくれたの」
そう言って、同じ髪飾りを見せた。
「私のこと、少しでも覚えていてくれたら嬉しい。だから元気でね。……できれば、私が生きてるうちに帰ってきてくれると嬉しいけど」
寂しそうにリアが呟く。
リュミエルは髪飾りを胸に抱き、まっすぐリアを見た。
「リアは、私の見本みたいな人だもの。きっと忘れない。この髪飾りも一生大切にする。……できるだけ、リアが生きてる間に帰ってくるわ。だから、もし来れなくても……怒らないでね?」
「怒らないよ。だから心配せずに行って。またね、リュミエル」
リアは頷き、去っていく後ろ姿を人混みに消えるまで見送った。滲んだ涙を指でそっと拭うと、前を向き、ガルムの元へ戻る。
――案の定、ガルムは宿でトラブルを起こしていた。
よりにもよって、新婚旅行で来ていたローグとエレナの部屋で勝手なことをしていたのだ。リュミエルとの別れの余韻など、あっという間に吹き飛ぶ。
「こら! ガルム! おとなしくしててって言ったでしょう!」
「ご、ごめんなさい! あれ、リュミエルは?」
「今はそんな話していません!」
「なんで俺まで巻き込まれてる!?」
「ふふっ、あなたたちにぎやかね」
不憫にも巻き込まれたローグと、団子状態の三人を見て、エレナは微笑んでいた。
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しばらくして騒ぎが落ち着き、一行は再び別れることになった。ローグとエレナの熱い関係を邪魔してはいけないと、リアはまた会いましょうとだけ告げる。
そして、疲れきったガルムを抱き上げて宿を出た。
「もう次の街へ行きますよ。これ以上デルモの人に迷惑はかけられません!」
「そんなぁ……」
プリプリ怒るリアに引きずられながら、二人は街を出ていく。
「そういえば、リュミエルは?」
ガルムがふと思い出したように聞いた。
「特訓するから、しばらくお別れだそうです」
リアはきっぱりと言った。
「詳しく教えて?」
「ダメです。プライバシーの侵害」
それ以上、リアは何も言わなかった。ガルムも特に深く追及することはなく、「そっか」とだけ呟いた。
「次はどこ行くの?」
「とりあえず、今日の宿を探します!」
そうして二人は、相変わらず賑やかに言い合いながら、また旅を続けていくのだった。
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それから、七十年の月日が流れた。
リアは静かに、その一生を終えた。ガルムは最期までそばに寄り添い、彼女を看取った。
リュミエルも、どうにか死に目には間に合った。
その後、二人は結婚することになる。
今では五人の子供に囲まれ、家はいつも賑やかだった。
庭では、子供たちと無邪気に遊ぶガルムの姿がある。それを眺めながら、すっかり美しい女性へと成長したリュミエルは、小さく息をついた。
「ガルムは子供みたいね……相変わらず変わらない」
それは、どこか誇らしげな言葉でもあった。
ふと、彼女は庭の隅へ視線を向ける。そこには、小さな墓が一つあった。
かつて、旅を共にした人のものだ。
リュミエルは髪飾りに触れ、静かに呟いた。
「リア……私、今幸せよ。ありがとう」
風がそっと庭を吹き抜ける。
遠い昔の旅路は終わった。けれど、その思い出は――今も確かに、ここに生きていた。
これで完結にします。感想もらえたら嬉しいです。




