引き籠り③
望月真衣から話を聞くことができた。
瑠璃子が引き籠りになって、何度か自宅を訪ねた少女、しかも、仲が良い訳ではなかったというのが真衣だった。
放課後、学校近くの喫茶店で待ち合わせをして、真衣と会った。
「すみません。部活があるので、こんな時間になってしまいました」と真衣は謝ったが、姫美子にとっては宵の口だ。
「引き籠りになっている瑠璃子さんについては、お話を聞かせてもらいたいの」
「は・・・はい」と真衣は緊張した面持ちだ。
「何故、瑠璃子さんの自宅を訪ねたのですか? そんなに仲が良かった訳ではないと、お母さんに言ったそうですけど」
「ええ、まあ。彼女とは同級生でしたが、友だちと言うほど、親しい関係ではありませんでした。そもそも、私には友だちなんて呼べるような人がいなかったのですから」
「友だちがいなかった」
「はい」
大人しい性格が災いしてか、真衣は「ぶりっ子」として、同級生たちから孤立していたと言う。要は虐めに遭っていたのだ。教室ではいつも独りぼっち、ノートに絵ばかり描いていた。体育の授業でパートナーを選んで二人一組になる時は、いつも真衣が余った。先生とコンビを組むことが多かった。
「そんな私を心配したのでしょう。ある時、体育祭の準備として、クラスで巨大なポップをつくることになって、担任の先生から、制作担当として私と瑠璃子さんが指名されました」
「ポップ?」
「ベニヤ板に絵を書いて、クラスを応援する看板をつくるのです」
担任は、いつも絵ばかり描いている真衣が適任だと思ったのだろう。
「へえ~瑠璃子さんも絵が上手だったのね?」
「はい。彼女も絵が得意で、二人で相談した結果、デッカイ、ムルチの看板をつくることにしました」
ムルチは大バズりのアニメ「漆黒の剣闘士」の主人公の名前だ。真衣は当時のことを思い出したのか、満面の笑顔だった。
「毎日、放課後に二人でベニヤ板に絵を書きました。私が下絵を描いて、二人で色を塗って、デッカイ、ムルチの看板をつくりました。毎日、楽しかった。このまま、体育祭が終わらなければ良いのにと、何度も、何度も思いました。そして、看板が出来上がった時、二人、無言で看板を見つめました。終わったという充実感と共に、それまでの苦労がぶわっと脳裏によみがえって来て、見ているだけで涙が出ました。ふと、気がつくと、瑠璃子ちゃんも泣いていて、二人で、良かったね~良かったね~と何度も言い合いました。その時に、思ったのです。瑠璃子ちゃんと友だちになれたら、友だちになることが出来たら、毎日、どんなに楽しいだろうって」
「そう」姫美子が優しく頷く。
「評判、良かったんですよ。うちのクラスのポップが一番、良いって、先生も言ってくれました。クラスのみんなも大喜びで、正直、体育祭の成績は忘れてしまいましたけど、ポップはうちが優勝だ――なんて言ってくれる人がいました。私の一番の思い出です」
「何故、瑠璃子さんと友だちにならなかったの? 友だちになってと言えば良かったのに」
瑠璃子からは虐めを受けたことはなかったと言う。
「そうですね。そのことは何度も考えました。でも、自信が持てなかったのです。友だちになってと言って、無理、無理と言われてしまうのが怖くて、言えませんでした。彼女と私とは住む世界が違う――そうあきらめていました」
「そんな。住む世界が違うだなんて・・・」
「彼女は成績が良くて、友だちがいっぱいいる、メジャーな世界の住人で、私はいつも独りぼっちのマイナー世界の人間です。そう思って、あきらめました。でも、あんなことが起きて・・・」
「カンニングのことね」
真衣はこくりと頷くと言った。「クラスで段々、彼女が孤立して行って、私、その姿を見ていて、何度も声をかけようと思ったのです。私は、あなたの味方よって。でも、私たち二人、一緒にいると、負け犬同士、慰め合っているようにしか見えないだろうなって。そう思ったら怖くなりました。今より一層、無視されることになるなって。だから・・・だから・・・」
真衣は必死の形相だった。
「いいのよ。誰もあなたのことを責めてなんかいない」
「でも、私が声をかけていれば・・・私なんかで良ければ、彼女と一緒にいることができたのに・・・そうしたら、家に閉じこもることなんて、なかったかもしれない。そう思うと・・・」
真衣の両目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
姫美子は真衣の隣に腰を降ろすと、彼女を抱きしめ、頭を優しく撫でながら言った。「優しい子。そのことで苦しんだのね。だから、彼女の自宅に行った。彼女に立ち直ってもらいたくて」
姫美子の腕の中で真衣がうんうんと頷いた。




