引き籠り②
「姫様。引き籠りの原因は何だったのですか?」とヨシキが尋ねた。
ヨシキは姫美子のことを「姫様」と呼ぶ。
開店準備に忙しいヨシキをしり目に、姫美子はカウンターに頬杖をついたまま、憂鬱そうな顔をしていた。
「カンニング・・・だったみたい」
「カンニングですかあ~」
今度はブックが寄って来て、姫美子の隣に腰を降ろした。
「そうみたい。成績は良かったみたいなんだけど、それが返ってプレッシャーになったのね。テスト中にカンニングを見つかってしまったの」
「それで不登校になって引き籠り?」
「まあ、そう単純じゃないようだけどね。カンニングが見つかったことで、親しかった友だちがどんどん離れて行ったみたい。それで、学校に行くのが嫌になって、引き籠りになってしまったんじゃないかな」
姫美子が見た瑠璃子の記憶は、「カンニングなんて最低ね」、「今まで成績が良かったのは、カンニングだったのね」と言い、厳しい視線を向ける友だちたちの顔だった。周囲の視線に耐えきれなくなって、不登校となり、引き籠りとなってしまったのだ。
瑠璃子にしてみれば、カンニングをしたのは、ただの一度だけ。魔がさしただけだ。だけど、瑠璃子の言葉を信じてくれる者はいなかった。
「なんか、分かる気がする~」とブックが頷きながら言った。
「じゃあ、そのカンニングの思い出を消してしまえば良いんじゃないですか?」とヨシキ。
「穴が空いてしまうと、思い出を正しく再生できなくなってしまう。そうなると、脳が記憶の穴を埋めようと暴走してしまったりして危険なのよ」
「そうでした」
「思い出を薄くすることは出来るんだけど、でも、思い出を薄くしたからと言って、部屋から出て来るかどうか分からない。部屋から出てくる、何かこう強力な動機が必要になる」
「強力な動機ですか」
「そう、例えば、あの年頃なら、恰好良い男の子が会いたがっているとか」
「ああ~なるほど」
すかさず、ブックが横から口を挟む。「ヨシキさんが行って、彼女を連れ出してみては?」
「僕なんて、ダメダメ。相手は高校生だろう。僕みたいなオジサンじゃダメだ」
「そうかなあ・・・」
「いくらヨっちゃんでも、部屋から出て来てくれないと、声だけじゃあ、女の子をたぶらかすのは難しいかもしれないね」と姫美子が言うと、ヨシキが「ひどいなあ~僕は女の子をたぶらかしたりしませんよ」と苦笑しながら言った。
「男がダメなら友だちね」とブックが言う。
学生時代は友だちが全てだ。会って遊んでくれる友だちがいるだけで、学生生活が楽しくなる。瑠璃子が引き籠りになってしまったのも、仲の良い友だちが離れて行ってしまったことが切っ掛けになっていた。
「そうね。でも、仲の良かった子はカンニングの一件以来、疎遠になってしまっている。瑠璃子ちゃんにしてみても、今更、会いたくないでしょう。実際、引き籠りになった時期に、お母さんが学校に相談したら、友だちが会いに来てくれたそうなの。ドア越しに、部屋を出て、一緒に学校に行こうって呼びかけてもらったみたいだけど、彼女、部屋から出て来なかった」
「深刻ですね。友だちは逆効果だったのですね」
「うん。だから、正直、どうしたら良いのか分からない」
「要は、あまり仲が良くなかった子で、彼女が会いたいって思える子を探し出せば良いということですね」
「そんな子がいれば良いんだけど・・・」
途方に暮れる姫美子の携帯に着信があった。
「瑠璃子ちゃんのお母さん」
瑠璃子の母からの電話だった。
「はい」と電話に出ると、「姫美子さん。昨日、あれから、姫美子さんに言われた話を考えていたのです。そして、思い出しました。引き籠りになって、娘を訪ねて来た友だちの中に一人、そんなに仲が良かった訳ではありませんけど――と言った女の子がいたことを!」と一気にしゃべった。
「そんな子がいたのですか⁉」
「はい。熱心な子で、都合、三度、娘を訪ねて来てくれました。ドア越しに少し、話をして帰って行くだけでしたけど。娘から名前を聞いたことが無かったので、どんな友だちだったのか気になって聞いてみたのです。ほら、部活が一緒だったとか、塾で一緒だったとか、色々ありますでしょう。そしたら、その子、そんなに仲が良かった訳ではありませんと言ったのです。それを思い出しました」
何と。都合の良い子が見つかった。
「そうですか⁉ その子に会えますか?」
「はい。連絡先を聞いてあったので、連絡してみました。瑠璃子の為になるのなら、会っても良いという返事でした」
「会える! もしかしたら・・・」
一筋の光明が差してきたようだ。




