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思い出交換所  作者: 西季幽司
シーズン1
12/26

コーチの教え①

「この人、嫌い」とブックが言う。

 開店準備中で、店内にあるモニターをテレビにしてあった。見ると元プロ野球選手の安西博昭がインタビューに答えていた。

 安西は激動の野球人生を送っている。

 甲子園で活躍し、一躍、全国区となった。高校を卒業すると、右投げ右打ち、俊足、強肩、強打の三拍子そろった外野手として、ドラフト一位で東京ロイヤルズに指名された。だが、プロ入り後五年間、二軍暮らしが続いた。

 六年目に突如、才能が開花した。レギュラーに定着すると、翌年には首位打者、翌々年には本塁打と打点の二冠王となった。その後、メジャーリーグに挑戦した。

 メジャーリーグで新人として破竹の勢いで大活躍を続けていたが、九月に、外野に飛んだ飛球を捕球しようと、ダイビングキャッチを試みた際、脊椎損傷に加えて、右肘の側副靭帯断裂の重傷を負った。投げることは勿論、歩くことさえままならなくなり、引退に追い込まれた。

 一時期は半身不随の危険があったらしい。幸い、日常生活に支障が無いまでに快復している。

 今年から、古巣の東京ロイヤルズで二軍の打撃コーチを務めることになっている。

 インタビューで今後の抱負を聞かれ、「一人でも良い選手を育てて、一軍に送り出すのが、僕の仕事です」と安西は語っていた。

「何故、安西が嫌いなの?」とグラスを磨きながらヨシキが尋ねた。

「だって、恩知らずだから」とブックは答える。

「恩知らず? 安西のこと知っているの?」

「私がこの店で働き出した頃、彼、コーチに連れられて、ここに来たのよ」

 ブックの方が店での経歴が若干、長い。ヨシキが来る前の話のようだ。「へえ~安西にも忘れたい思い出があったのだね」とヨシキが言うと、「それが違うの」とブックは言う。

「変わった依頼だったみたい」とブックは当時の状況を話し始めた。

 安西は「マルキン」のマスター神代の紹介で思い出交換所に現れた。畑野というコーチと一緒だった。畑野は神代と高校の同級生、野球部のチームメイトで、大学卒業後、社会人野球を経てロイヤルズにドラフト指名された。いぶし銀の活躍で長く活躍した選手だった。引退後、ロイヤルズの二軍打撃コーチとなった。

「姫美子ちゃん。悪いけど、こいつの話を聞いてやってくれ」と神代が姫美子に頭を下げた。

「マスターの頼みなら」と姫美子は畑野から話を聞いた。

「彼は二軍でくすぶっていますが、日本を代表する、いやメジャーで通用する選手になる素質を持っています」と畑野は安西を紹介した。

 五年の間、二軍でくすぶっているのは、バッティングに波があるからだそうで、「バッティングはタイミングです。そのタイミングのコツがつかめていない。だから、タイミングが合った時は、素晴らしいバッティングをするが、タイミングが狂うと凡打になってしまうのです」と畑野は分析していた。そして、「私もバッティングのタイミングのコツを得るのに、時間がかかったので、良く分かるのです。私は関西ナショナルズの古木投手からホームランを打った時、『ああ、このタイミングだ』とコツをつかみました。そのコツは言葉では上手く説明できないのです。そこで、本当に思い出を交換できるのなら――」

 そのホームランを打った時の記憶を安西に移植したいのだと言う。

「・・・」と姫美子は考え込んだ。

 思い出交換は過去のトラウマに苦しんでいる人を救う為の手段だ。誰かが栄達する為に使いたくなかった。だが、畑野と神代から「お願いです」と頭を下げられると、無下に断ることが出来なかった。

「良いのですか? そんな大切な思い出を安西選手に渡してしまって」と畑野の聞くと、「私が持っていても仕方のない記憶です。是非、彼に役立ててもらいたい。でないと、彼、このままでは戦力外になってしまうでしょう。彼の才能を埋もれさせてしまうのは勿体ない。彼は私なんかより、ずっと素晴らしいバッターになることができる素質を持っているのですから」と熱く口説かれてしまった。

 安西に「忘れてしまいたい思い出はありますか?」と聞くと、「甲子園の決勝戦で最後のバッターになって三振してしまい、チームが負けた思い出です。悔しくて今でも夢に見ます」と言うことだった。

「結局、姫美子さんは思い出交換をしてあげて、その後、彼、確かに凄い成績を残してアメリカに行っちゃった。あれだけお世話になっておきながら、現役中は勿論、アメリカに渡る時も、畑野コーチに対して感謝の気持ちを言ったことがなかったのよ」とブックは憤った。

「それは仕方ないよ。だって、思い出交換をすると、その時のことを忘れてしまうのだから」

「だからって・・・」とブックは頬を膨らませた。

「でも、ブックちゃんが野球ファンだったなんて知らなかったな。安西のこと、何をいったかなんてまで、ずっとチェックしていたなんて」

「思い出交換の日から、彼のこと、気になってチェックしていただけ。まあ、お陰でプロ野球の試合を見るようになったけど」

「じゃあ、立派な野球ファンだ。マルキンのマスターが喜ぶよ」

「でも、安西は嫌い!」

「はは。もう一度、会ってみれば、変わるかもね」

 ヨシキの言葉が現実のものになるとは、その時はまだヨシキもブックも、思ってもいなかった。

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