懐かしい景色③
時が過ぎ、夏が来た。
今日も「マルキン」で占い師の真似事をしていると、あの時の女性が姫美子を訪ねて来た。
「あら? お久しぶり」と直ぐに姫美子は気がついた。
「先日はお世話になりました」と女性が頭を下げる。
「結婚式はお済ですか?」
「ええ、終わりました。父にも結婚式に参加してもらいました。もう、大泣きしちゃって、恥ずかしかった。ふふ」
「全部、ご存じなのですね」
「はい。彼から聞いています」
思い出交換を行った場合、思い出と共に思い出交換所に来たこと自体、全部、記憶を消去しておくのだが、彼の場合、思い出のワンシーンを複製しただけだったので、記憶は一切、弄らなかった。全て、覚えているのだ。
「それで、びっくりしちゃったことがあるので、姫美子さんのご意見を聞いてみたくて、今日、ここに来ました」と女性が言う。
「私の意見?」
「ほら、あの彼からもらった景色、あの景色の場所が何処だか分かったのです」
「へえ~そう。良かったわね」
「それが妙なことに――」と女性は不思議な話をした。
結婚式が終わり、新婚旅行へと旅立った。何処に行こうかという話になった時、女性が「長崎に行ってみたい」と言うと、彼は「長崎。良いね~祖父が長崎出身で、子供の頃に住んでいたらしい。そこにも行ってみたい」と直ぐに同意した。
彼は祖父が生まれ育った場所を見てみたかった。お爺ちゃん子だった彼は、祖父の胡坐の上に座り、祖父の話を聞かされた。生まれ故郷の話は何度も聞いた。「神様が特別におつくりになった場所だ」と言っていた。「死ぬまでにもう一度、あそこに行ってみたい」と常々、言っていたが、結局、その夢はかなうことはなかった。
曾祖父の代に長崎を離れてしまった為、両親は祖父の生まれ故郷に行ったことが無かった。
「二人でお爺ちゃんの生まれた場所に行ってみました。そしたら、何と、そこが、あの彼の記憶に刻まれた景色の場所だったのです!」
「えっ⁉」そんなことがあるのだろうか。
「信じられないでしょう。彼、初めて訪れた場所なのに、記憶にあったのですよ。勿論、私の記憶にも。あの景色を見た時、二人共、もう感動しちゃって、ぼろぼろ泣いてしまいました。彼と、あの景色を共有していたお陰で、彼と同じ感動を味わうことができたのです。ありがとうございます」と言って、女性は頭を下げた。
「でも・・・」姫美子は戸惑っていた。
「お爺さんの記憶が孫に遺伝することってあるのでしょうか?」
そうだ。そのことが姫美子にも疑問だったのだ。
「無い――と思うのですが・・・」と歯切れが悪くなる。
「でも、間違いありません。細部まで記憶と同じ景色だったのです」
考えられるとすれば、祖父が彼に生まれ故郷の様子を事細かに話したので、それが映像となって彼の記憶に残った。その可能性が考えられえる。だが、そんな無粋な話をしても仕方がない。
姫美子は優しい笑顔を浮かべながら、「人の思い出には、私にも分からないことが、まだまだたくさんあります。もしかしたら、そんなこと、お爺さんの記憶が孫に遺伝するようなことがあるのかもしれませんね」と答えておいた。
女性は「ええ、そうですね」と頷くと、姫美子に「本当に、ありがとうございました」ともう一度、頭を下げた。




