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連合会議当日


 マナの涙と呼ばれる白い雪は、その名の通り寂しげな気配を漂わせている。

 それは争いを続けた人族への罰か、それとも世界の鎮魂歌か。


 どこか胸騒ぎを覚えながら、俺は連合会議の会場へと向かっていた。

 無骨な印象の城の内部は、ガレリアのそれと違い質素の一言に尽きる。


 今日のような重大な日にしか使われないこの城は、イルコンセからしても半ば景観のためのお飾り状態。

 わざわざ金を掛ける必要もないのだろう。


 コツン、コツンと歩みを進めるたびに石造りの床が音を鳴らす。

 

「緊張しておるのか、カケル殿」


 連れ立って歩いていた陛下が、俺の胸中を悟ったのか声を掛けて来た。


「他国の方と交流するのは初めてですから、やはり多少の緊張はあります」

「そうかそうか。カケル殿でも穏やかでない時があるのだな」


 緊張を吹き飛ばすためだろう。

 陛下は豪快に笑い声を上げた。


 だが、俺の不安の種は他の所にあった。

 一つはこの場にユズハ含めたメイドが不在な事。

 もう一つはリヴィアの体調不良。


 俺にとっては大きな存在でも、世界から見ればあくまで下働きのメイド達は、本日は特別領地内で留守番。

 監視や偵察、防衛までこなす彼女達がいないのは、やはり不安だ。


 そして昨日に治療を施してくれたリヴィアは、中立地帯の特性なのか、「不安定なの」とだけ言い残して眠ってしまった。


 情けない話だが、今は片腕と頭脳の半分を切り取られた気分なのである。

 緊張せずにはいられない。


 ここにいるのは、俺と陛下とエステル。

 それを護衛するのは10名の騎士。

 サーシャ、アンバー、鮮血姫クレア、サンダース兵士長、他6名。

 

『これでも他国に比べれば多い方ですわ』


 エステルは出発する前、俺にそう説明してくれた。

 他国とほとんど同じ条件なら心配する事もないのだろうが、不安感を拭うまでには至らない。

 錚々たるメンバーが背後に控えているにも関わらずだ。


 (何なんだろうな、一体)


 自分自身でも分からない感情だった。

 説明できない感情は、会場に近づくにつれて大きくなる一方だ。


「カケル様、準備はよろしいですか?」

「大丈夫だ。行こう」


 考え込んでいたら、到着してしまったらしい。

 気持ちの整理が着かない中、会場に足を踏み込んだ。





        ♦♦♦♦




 会場には既に幾人かのメンバーが席に着いていた。

 円形の大きなテーブルを囲う形で椅子が用意されている。

 いわば円卓会議の様相だ。


「ガレリア王。ご壮健で何よりですわ」


 入るや否や、陛下は薄緑色のドレスを着込んだ美女に声を掛けられた。

 どこか希薄な存在感に、綺麗に伸びた金色の髪、そして尖った耳。

 俺はこの女性がすぐにエルフなのだと気付いた。


「これはこれは、セレーネ族長。そちらもいつもと変わらずお美しい」

「ふふ、ありがとうございます。エステリーゼ様もまた成長しましたね」

「ご無沙汰しております。勇者召喚の折りは、お世話になりました」


 エステルは恭しく礼をした。

 姫様によると、エルフ族は勇者召喚に初めから好意的な陣営だったらしい。


「すると、そちらの方が」


 ひとしきり挨拶が終わると、セレーネはこちらに視線を向けた。


「はい。彼が勇者のカケル様です」


 姫様に促され一歩前に出ると、俺は「紹介頂きました。カケルです」と普段通りに膝をつき、挨拶をした。


「中々に礼儀正しい方がいらっしゃったのですね。湧き場を閉じるほどの実力もお持ちと聞いております」

「あれは、たまたまです」


 顔を上げながら答えると、彼女と目が合う。

 心の内を見透かしているような、澄んだ瞳に見つめられる。


「・・・正直な方ですね」


 数秒の後、セレーネはそう告げた。

 真意は分からないが、横にいるエステルが緊張を解いたところを見ると、ダメでは無かったのだろう。


 その後陛下と軽い打合せを済ませたセレーネは、自分の席に戻っていった。

 おそらく連合軍についての根回しなのだろう。

 

「お初にお目に掛かります。スフィーアと申します」

「どうも初めまして」

「素晴らしい活躍をしていると聞き、ずっと会いたいと思っておりました」


 王同士の話し合いの最中、護衛の一人に声を掛けられた。

 スフィーアと名乗った彼女は、長い髪を一本に纏め、弓を携えている。

 そして何より胸が大きく、どうやら俺のファンらしい。


「いやー、それは。ありがとうございまイタッ」

「・・・カケル様」

「ま、また今度。失礼します」


 誰にも見えないように身体を抓られた俺は、挨拶も程々に退散。


「む、胸・・・?胸ですか?」


 エステルは自分のそれと比べてショックを受けたようで、何度も見比べては俺を小声で詰めてくる。

 王妃様の娘だから、いつか大きくなるよとは言えなかった。


 その後も何人かを紹介されたが、基本的にガレリアに好意的らしい。

 ドワーフ族のガンド、7人の賢人会、ゼーレ教皇。

 

『獣人族の族長ヤキチだニャ』


 見た目がイカツイ猫が、良い声で「だニャ」と言った時はさすがに驚いた。

 予想外というか、解釈違いというか。

 護衛も全員動物的な見た目で、女性は一人もいないらしく、少し残念。

 

 唯一紹介も向こうからも来なかったのは、剣王ジャンド。

 両足を円卓の上に載せ、椅子をぐらつかせて退屈そうにしている。

 

 (あれが剣王国最強の戦士か)


 王と言うにはまだ若い。

 しかし剣王国の王は最強の戦士の座と等しく、年齢は関係ない。

 背後にいる護衛も騎士というよりは熟練の冒険者のような見た目で、ギラギラと辺りを窺っている。


「思ったよりすんなり進みそうじゃないか」


 剣王は除くとして、それ以外のほとんどは味方と言って良いだろう。

 暗殺者や自然教などの勇者絡みは置いといて、連合軍はすぐ決まりそうだ。

 

 俺は感じていた胸騒ぎは気のせいだったと思いつつ、席に座ろうとした。


「初めましてエステリーゼ第一王女様。聖アテーレ教皇国、聖騎士のアシュレイ・ヒプノです」


 同じく座ろうとしたエステルに、嫌味の無いイケメンボイスで誰かが話しかけた。


 (聖騎士?ヒプノ?なんて胡散臭い)


 そう考えながら声の主の方を見やると、アシュレイとやらは姫様の前に跪いていた。


「顔をお上げください」


 エステルの声に応じたアシュレイは、茶色いロン毛のいけ好かないイケメン。

 つまり大嫌いな人種。

 先ほどの声も、嫌味があるように聞こえてくるから不思議なものだ。


「お美しいエステリーゼ様にお会いできて光栄の極みです。ぜひ、ご挨拶をと」


 ロン毛はそう言うと、なんと姫様の手を取り甲にキスをかました。

 その光景自体驚愕だったが、もっと驚いたのがエステルの反応。


「・・・」


 てっきり拒絶してくれるものと思ったが、ロン毛のなすがまま。

 そのまま手を握られ、見つめ合っているように見える。


「て、てめぇ!いつまで触ってやがる」


 胸騒ぎの正体はこれだったのか。

 俺は湧き上がる感情を抑えきれずに、姫様からロン毛を無理やり引き離した。

 例え手袋越しであっても許されないことはある。


「エステルも何ぼーっとしてるんだよ」

「・・・え?」


 ロン毛を無視してエステルの肩を揺さぶるが、彼女はどこか呆けている。


「全く、勇者は野蛮でいけないね」

「何だと、この」


 いけ好かないロン毛と言おうとして、ぐっと堪える。

 周りの目が集まっていることに気付いたからだ。

 

 アシュレイは「ふっ」と笑うと、髪をかき上げた。

 

「挨拶の邪魔だ。どいてくれたまえ」

「・・・っ!?」


 瞬間、脳内にバチッと電流が走ったように痛みを感じる。

 だがそれ以上何も起きる気配はない。


「どくのはお前だ。アシュレイなんちゃら」

「き、貴様!僕の・・・ちっ!」


 俺の威圧感にびびったのか、彼は聖騎士らしからぬ大きな舌打ちをして焦ったように去っていった。

 恐怖かイラつきか、歪んだ表情は見ものだったろう。


「カケル様?」

「なに」

「お、怒っていますの?」

「怒ってませんけど」


 呆けた表情からようやく平常に戻ったエステルが、不安そうに俺の裾を掴む。

 彼女に対しても多少のイラつきはあるものの、それはエゴなのは理解している。

 それでも勢いの乗った感情が制御しきれなかったのだろう。


「で、では。もしかして、嫉妬、ですの」

「そうかもね」


 人の気も知らないでと思いながら、仏頂面でそう返す。

 だが姫様は言葉だけを受け容れたようで、ボンッと顔を真っ赤にした。


「嫉妬、カケル様が、わたくしに・・・!」


 ルンルンと嬉しそうに頭にお花畑を展開するエステル。

 その姿を見て、俺はようやく先程のやり取りが杞憂だったのだと安心できた。

 あれはあくまで挨拶で、他意は無かったのだ。


 (俺って、思ったよりエステルの事が・・・)


 『失って初めて』なんて言葉がある。

 それでは遅すぎるのだ。


「陛下と、剣王・・・?」


 姫様から視線を逸らすように辺りを見ると、陛下の肩に剣王が手を乗せて笑っている姿が映った。

 陛下の出身は剣王国らしく、旧交でも温めているのだろうか。

 それにしては表情が優れないように見える。


 光景自体は気になったが、護衛が停める様子もない。

 違和感はあるが、アシュレイの事で思考を持っていかれていた俺は、大して気にも留めなかったのだ。



「勇者だ!勇者がガレリア王に毒を盛った!」


 いけ好かないロン毛が俺を指差しながら喚くのは、その違和感から数十分後の出来事だった。 


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