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眠れぬ夜とカレンと魔眼


「・・・・・・全然眠れないんですけど」


 ご飯を食べて、お風呂にも入り、着替えもバッチリ。

 しかし、いつまで経っても眠気は来ない。


 暗くなるまで寝ていたのだから、当然である。


「リヴィアを起こすのは可哀そうか」


 以前は24時間対応してくれていた彼女は、今は就寝中。

 無理に起こして機嫌を損ねるのも気が引ける。


 かと言って、足掻いても眠れないのも事実。

 

「土地勘も無いし、勝手に出掛けたら迷惑だよなぁ」


 ぶつぶつと自らを説得する呪文を唱える。

 一応ガレリアの領土で、それなりに衛兵もいるが、また暗殺騒ぎにでもなったら会議どころではない。


「・・・少し部屋の外うろつくだけなら」


 勇者は好奇心の塊なのだ。

 新しい土地にいて何もせずにはいられない。

 俺は早速部屋の外に出ることにした。


 夜だというのに、部屋の外はかなり明るい。

 防衛上の理由だろうか。

 

 勇者邸とは違い、遠くから誰かの話し声が聞こえてくる。

 恐らく衛兵のものだろうが、人の気配があるだけで安心するものだ。


「ユズハさーん・・・」


 念のためお付きのメイドを呼ぶが返事は無い。

 本当に担当を外されてしまったのだろう。

 呼べばすぐに来る彼女がいないのは少しだけ寂しい。


 窓の外を見ると、やはり雪が降っている。

 ゲームだと雪の街は定番だが、戦争の影響だと思うと素直に感動はできない。


「ふぁーあ。こんな時間になにしてるんですか?」

「・・・眠れなくて」


 感傷に浸りそうになった所で、横から声を掛けられた。

 顔を向けると、臨時担当になったらしいカレンが立っている。

 眠そうなのを隠そうともしていない彼女は、メイドらしからぬ欠伸まで披露した。


「起きたばかりですもんね」

「これでも努力はしたんだけど。わざわざ出てこさせてごめんね」

「あはは、謝らないでください」

「遠くにいくつもりは無いから、寝てて大丈夫だよ」


 下手に付き合わせて仕事に支障が出ても悪い。

 そう思っての言葉だったのだが、彼女は「そーはいきません」と腰に手を当てた。


「眠れない主に付き合うのもメイドの仕事ですし」

「うーん、でも」

「ユズハが心配するのでダメです。『勇者様が起きました』ってすぐ部屋から出て行こうとするんですからね」


 カレンは「まったくあの子は」とため息を吐いた。

 心配になるくらいユズハは敏感らしい。

 さっき名前を呼んだのは誤りだったか。


「じゃあ少しだけ。といっても何をするって訳でも無いんだけどね」

「どうぞお気の済むままに」


 彼女はそう言うと、スカートの裾を持ち上げて片目を閉じた。

 どこかで見覚えのあるそのポーズは、もしかしたら生粋のメイドでは無いのかもと思わせるほどに華麗なものだった。




       

        ♦♦♦♦




 建物の構造を確かめるかのように散歩をした後、俺たちは部屋へ戻って来た。


「どうぞ、ハーブティです」

「ありがとう」


 パチパチと木が弾ける音を聴きながら、暖炉の前で暖まっていた俺に、カレンがお茶を出してくれた。


「ガレリアは暑いくらいだったのに、暖炉が必要なのも変な感じだよな」

「そうですねー。何度か来てますけど慣れないです」

「勇者召喚が決まったのもこの場所だったんだっけ」


 俺が問いかけると、彼女は火の手入れをしながら「そうですねー」と気の無い返事をした。

 

「もしかして、この場所はあまり好きじゃないの?」

「そんなことないですよ」

「なら良いんだけど。ユズハも似たような反応だったからさ」


 イルコンセに入ってから、正確には雪を見てから、ユズハはどこか感傷的だった。

 カレンの姿が、あの時のユズハに少し被って見えたのだ。


「また別の女の話ですかぁ?」


 振り返った彼女が、イタズラっぽい笑みを浮かべた。

 表情も声音も違うものだが、そのセリフはエステルのもの。


「・・・やっぱり聞こえてるんだ」

「丸聞こえですよ!愛されてますねー」

「同じ愛なら俺は優しい愛が欲しいよ」


 家庭内暴力姫よりも、優しく包んでくれる姫が欲しい。

 

「冗談はおいといて。勇者サマの指摘は当たってますよ。半分くらい」


 てっきり話を逸らされたのかと思ったが、カレンは軌道修正してくれた。


「半分?」

「そうです。この場所に来ると嫌なことを思い出しちゃうんです」


 彼女は一度「はぁ」と息を吐くと、俺と同じソファの端に腰掛けた。


「嫌な事っていうのは?」

「・・・裸足で走った冷たい地面、雪が降って寒いはずなのに、周りは」


 呟きながら、暖炉の火をじっと見つめている。

 

「火の海、モンスターの音と人の悲鳴。そんな記憶」

「そうか。それは、きついな」

「昔の話ですけどね。ここが特別嫌いな訳じゃないから半分ってことです」


 カレンは重い話をはぐらかすように「あはは」と笑顔を作った。

 無口な時の儚げな姿は、その過去を裏付けるものだろう。


「辛いことを思い出させてごめん」

「何でも言う事を聞く権利で許してあげますっ」

「・・・できることなら」

「あはは、そんなだから姫様に怒られるんですよ」


 自分から言い出しておいて、いざ踏み込むと一歩下がるカレン。

 しかし、身内に何かしてあげたいのは俺の性なのだ。


 (やっぱりこの子たちって)


 彼女の話を聞いて、一つの確信を持った。

 ユズハが魔王に固執する理由も、おそらく過去にある。


「みんな、ノーラ共和国出身なんだね」


 俺からすれば珍しくない黒髪黒目。

 しかしこの世界においては未だ他に見たことが無い。

 戦火に巻き込まれた過去と、その希少性を照らし合わせれば答えは自ずと出てくる。


「ご明察!誰かから聞きました?」

「聞いた事はなかったけど、色々聞いてるうちにね」


 これが分かると、ユズハやリンの言動が繋がって来る。

 リンが兄を求めたのも、おそらくは。


「はぁ、早く魔王をどうにかしないとな」


 聞いたからには責任が伴う。


「勇者って損な役回りですよね。期待も責任も一身に背負って」

「それでも勇者になっちゃったから仕方ない」


 色んなタイプの勇者がいるが、俺の場合は役を演じる勇者。

 最弱なのは予想外だったが、なりたくてなったのだから、最後まで演じるべきなのだ。


「・・・そういう所かもですね」

「ん、なにが?」

「なんでもないでーす!」


 俺の問いにはまともに答えずに、カレンは身体をぐっと伸ばした。

 そろそろ終わりの時間だろう。

 随分と突き合わせてしまった。


「・・・一つだけ気になることがあるんだけど」

「なんでもどうぞ」


 ずっと聞きたかったことがある。

 終わりが近いからこそ聞けること、それはつまり。


「どうして、ずっと目を逸らしてるの?」


 彼女は俺と出会ってから一度も目を合わせたことが無い。

 嫌われてるのかとも考えたが、ここまでの対応をみるにそれはない、はず。


「それ聞いちゃいますか・・・うーん」


 カレンは俺の質問に「げっ」と美少女らしからぬ声をあげると、頭を捻って考え込んでしまった。

 

「これはなぁ、でも今後も一緒だと考えると、試しといた方が。うん、そうしよう」


 独り言を呟いていた彼女は決心がついたのか、俺の方を向いた。

 目はなぜか瞑っている。


「今からすることは、絶対誰にも言ったらダメです。いいですか?」

「う、うん。わかった」


 美少女が正面で目を瞑っているシチュエーションにやや緊張気味で答える。

 一体何が始まるのだろう。


「いきますよ、覚悟してください」


 そう言うとカレンはゆっくりと瞼を開いた。

 黒だと思っていた瞳は、ユズハと同じくやや赤く光っている。


 そしてその瞳に魅入られ、目を逸らせない。

 整った顔立ちと、艶やかな黒い髪。

 メイド服姿の彼女はどこか煽情的で、鼓動がどんどんと高鳴っていく。


 (・・・欲しい。この子が、欲しい)


 儚げに見えたカレンは、今は色気すら感じられる。

 ゆっくりと手を伸ばすと、彼女は一瞬身体を震わせた。

 その姿すら、


「はい!おしまい!」

「・・・っ」


 彼女は目の前で手をパンッと叩くと、目を瞑って身体を逸らした。

 

「今のは・・・」


 俺は自ら伸ばした手をじっと見つめた。

 自分でも驚くくらい理性が働いていなかった。


「これが、私が目を合わさない理由です」


 カレンは残念そうに「ダメか・・・」と呟いた。

 

「魔眼、なのか」

「そうです。男を惑わす、呪われた力です。なんて」


 また自嘲気味に「あはは」と笑った。

 勇者ならあるいは、と多少の期待が込められていたに違いなかった。


「ごめん」

「何も謝ることないですよ。みーんなおかしくなるんですから」

「それでも、ごめん」


 洗脳にも近い魔眼は、彼女の人生に暗い何かをもたらし続けてきたのだろう。

 前回の世界ならこんな力どうとでもできたのに。


 (リヴィアに頼んでみるか・・・)


 無効化までは出来ずとも、耐性くらいは持てるかも知れない。

 そうすることでカレンの助けにもなれると思う。


「よしっ、今は無理だけど、いつかその目を真っすぐ見れるようになるからな!」


 魔眼使いが今後も出ないとも限らないし、敵の可能性だってある。

 今回その存在が知れただけでも大収穫だ。


「・・・約束してくれますか?」


 カレンの表情は、初めて抱いた印象と同じく、儚げなものだった。


「任せてくれ。なにせ俺は勇者だからな」


 顔を背けて「こ、これがあの」などと呟く彼女を他所に、俺は新たな目標を獲得したのだった。

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