放置プレイと中立都市到着
イルコンセ中立地帯。
一面が銀色の世界で覆われたこの場所は、人族三か国の中心に位置している。
広大な穀倉地帯を有し、世界の食糧庫として繁栄していたが、今は見る影もなくシーンと静かな景色が広がるばかりだ。
戦争によって何度となく燃やされたこの場所は、気付けば異常気象が起きるようになったという。
空には厚い雲が密集し、日は差さず、作物もまともに育たない。
一方で湧き場も存在せず、魔法をまともに使えない土地のようだ。
そして連合会議の会場となるのが、
「難攻不落の城塞都市、か」
背後に山岳地帯を備えた天然の要害。
城壁は高く、白い化粧を施された城は、物語にでも出て来そうなくらい立派だ。
「はっくしょん!」
格好良く言葉を発したものの、今の俺は縛られたまま。
後ろ手に縛られた姿は罪人送致のようだ。
「あらあら、大変ですわ」
丈の短いドレスの上に毛皮のコートを羽織ったエステルの肌艶はとても良い。
なにせ眠る直前まで俺を弄び続けたのだから。
「ねぇ、そろそろ解いてくれませんか」
夜中ずっと一人で放置されていた俺の体調はすこぶる悪い。
身体は熱いし、頭はぼーっとする。
多分風邪引いた。
「どうしましょう」
情けない姿を見たエステルは、ニヤーと口元を歪むのを隠すように横を向いた。
到着してしまうけど、この姿はもう少し見ていたいからどうしよう。
きっとこう考えているに違いなかった。
「っくしょん!・・・うぅ」
くしゃみと共に悪寒が走る。
思考は遅く、寝不足による眠気も襲ってきている。
「しっかり反省しましたか?」
「しました」
「カケル様にとっての一番は誰ですか?」
「エステルです」
反射のように答えると、エステルは「よしよし」と満足そうな表情を浮かべた。
「今回は、これくらいで許してさしあげますわ」
先ほどとは変わって、歪んだ笑顔を隠そうともせず、俺の方へ寄って来る。
熱でもあるのかくらいに頬を上気させ、なぜか息も荒い。
「あなたは、誰にも渡しませんわ」
抱き着いてきた姫様は、俺の耳元でそう呟いた。
体温と甘い香りに誘われて、意識がゆっくりと落ちていく。
(こういうの、ずるいと思うんだよな・・・)
ある種の甘えにも似た愛情表現を最後にされるだけで、許してしまう自分がいる。
そう考えながら、しばらくの休眠状態に入った。
「・・・愛していますわ。誰よりも」
エステルの愛の囁きと、頬への感触を眠ったカケルが感じる事は無かった。
♦♦♦♦
身体が揺さぶれている。
「・・・おはよう」
その存在を確認する前に起床の挨拶をした。
「おはよう、ございます」
「リンちゃんか、着いたの?」
小さなメイドに起こされた俺は、身体を起こし辺りを見回す。
どうやらまだ馬車のようだが、他には誰もいない。
「寝かせてあげてと、言われていたの、でしゅ・・・です。けど、もう夜、です」
本人的にはかなりの長文だったのだろう。
噛みながらもゆっくりと状況を説明してくれた。
「ごめん、かなり寝てたんだね」
「身体のお加減は、いかがですか?」
リンちゃんの質問に返答するため、伸びをしながら自分の状態を確認。
身体は軽く、体調も良くなっている。
「問題ないみたい。これなら大丈夫だ」
魔法は使えないなんて話を聞いていたが、治癒魔法だろうか。
悪条件すら突破してしまうなんて、天才にもほどがある。
「カケルは私が治したんですけど」
「あ、いたの」
「失礼すぎるでしょ」
「よその子になったのかと思ってた」
お風呂で女子会したり、お泊り会をしたり、最近あまり傍にいないリヴィア。
この世界を満喫できているのは嬉しい事ではある。
「あ、分かった。嫉妬してるのね。可愛いとこあるじゃない」
「うるせーやい」
女神時代の名残なのか、干渉自体はほとんどして来ないものの、俺を弄る時だけは持てる力をフル活用してくる。
「え、治したって・・・大丈夫なの?」
「大丈夫よ。だってカケルの魔力使ったから」
「そうですかい」
消滅する条件には該当しないらしく一安心。
「うるせー、やい?」
俺たちの会話を聞いていたリンちゃんが、知らない言葉に反応していた。
子どもはこうやって言葉を覚えてしまうんだなぁ。
小さなメイドさんに真似をしてはいけないと釘を刺しながら外へ。
白い息が出るが、どうやら屋内のようで、辺りは煌々と照らされている。
「やっと起きたの」
コツコツと馬車の階段を降りると、横から声を掛けられる。
「もしかして待ってた?」
「当たり前でしょ。騎士なんだから」
「中にいてくれても良かったのに。寒かっただろう?」
「それじゃ護衛にならないでしょ。接近される前に対処するのが仕事なのよ」
それもそうかと思いはするが、鼻先を赤くし寒そうにしているサーシャを見ると申し訳ない気持ちになる。
「ありがとう、団長さん」
「勇者サマを守るのが務めですから」
初任務をこなせた達成感からか、彼女は「にひっ」と満足そうな笑顔を見せた。
「でもお礼はそっちの子にもね」
サーシャは片目を閉じて、反対を指差した。
そこにいたのはユズハではなく、長髪のメイド。
「カレンだよね。ありがとう」
「あはは、勿体ないです。それに」
困ったような笑みをした少女は「ほら、この通り」とファイティングポーズを取り、ジャブを数発繰り出した。
「とっても元気ですから」
「そ、そうみたいだね・・・」
ブオンッと風切り音を出しながらのジャブに、俺は若干引いていた。
徒手空拳の使い手なのだろうか。
「でも珍しいよね。いつもならユズハが待ってるのに」
「あー、それはですねぇ・・・とりあえず、歩きながら話しましょうか」
未だ屋外にいた俺たちは、カレンに促されるまま移動を始めた。
石造りの通路を進みながら聞いた所によると、一時的に担当を外されたらしい。
理由は、俺と距離が近すぎるから。
職務に支障が出ていると、シオンさんからお小言を貰ったようだ。
「あれは恋する乙女ですよ!もう甘酸っぱくて見てられません」
カレンは説明しながら恥ずかしくなったのか、両手を頬に当て首をブンブン振っていた。
物静かで儚げな印象だった彼女は、実は結構元気っ子。
(紹介された時の印象と随分違うなぁ)
振り乱される黒髪を眺めながら俺はギャップ萌えを楽しんだ。
♦♦♦♦
各国からの支援を受け、都市の体をギリギリ保っているこの場所には、東西南に『特別領地』が設けられている。
いわば領事館の役割をしていて、他国の住人が立ち入ることは許されない。
その他の種族は城の近くに建てられた迎賓館で過ごすらしい。
人族は争いが好きだから必要でしょ?と作られたのが『特別領地』とのことだ。
馬車が停められていたのは、その領地内の停留所。
よって今日から数日寝泊まりする建物はすぐに見えて来た。
「勇者邸よりも大きいな」
鉄柵で囲われた建造物を前に、俺はそう呟いた。
都市内の建物はほとんどが石造りだったから、レンガ造りのこの建物が最近建てられたものだとすぐに分かる。
「護衛の方の部屋もありますので、これでも小さいらしいです」
「え、そうなの・・・?」
カレンの説明を聞いたサーシャがあからさまに肩を落とした。
彼女にとって元同僚の騎士は、なるべく会いたくない相手なのだ。
「まぁ部屋にいれば誰とも会わないからさ」
保健室登校だって立派な登校なのだから、着いて来ただけでも立派なお仕事だろう。
リハビリ中に無理はさせたくない。
「か、カケルが一緒にいてくれたら大丈夫だよ?」
「分かった。でも嫌なら無理しなくていいから」
「うん!えへへ」
護衛の護衛を引き受けて貰えて、サーシャは嬉しそう。
「女たらしーってやつですか?」
「人聞きが悪い」
「あはは、すいません」
カレンは謝りながらも「にしし」っと歯を見せている。
口を開いていない時は印象通りの儚げな美少女なのに、いざ話を始めると普通の女の子。
色んな意味でまともな女の子って初めてかもしれない。
俺は内心ワクワクしていた。
健全そうに見える精神と、気兼ねない会話。
友達になりたいランキング堂々のトップ。
サーシャも普通に話せるけど、ガラスのハートだから気を遣う。
「・・・どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「あっそ」
二人を比較していたら、視線をサーシャに察知されてしまった。
別に貶すつもりは無いから気にしないでおくれ。
「さぁ、姫様がお待ちです。開門!」
カレンが腕をバッと振るうと、衛兵が門を開く。
主のように振る舞う姿は、とてもメイドには思えない。
後から聞いた話によると、
「一度やってみたかったんです!ナイショにしてください」
とのことだった。
到着直前に放置プレイはあったものの、こうして無事に到着。
明日はいよいよ連合会議。
連合軍の結成を叶えるためには、俺の言動も重要になる。
意外にもマイナスな感情は少なかった。
なぜなら、他種族の女の子に会えるかもしれないから。