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マナの涙


 初めて王都の外に出た時と違い、今回は順調な旅路だった。

 モンスターや暗殺者が出現することもなく、明日にはイルコンセに到着する。


 しかし、それはあくまで表向きの話。

 俺自体はかなり大変だった。


 昼はエステル達の相手をひたすらして、夜は人目を盗んで特訓。

 そして初日以外は結局ハーレム馬車に乗ることになり、陛下はボッチだった。


「ここが国境線です。ここから先は中立地帯になります」


 馬車の屋上でのんびり景色を眺めていると、ユズハに声を掛けられた。

 彼女が指差す場所に目印などは無いように見えるが、肌で感じるのだろうか。


「ガレリアを出たんだな。実感は無いけど」

「守りが薄くなりますので、ご注意ください」

「そっか、見送りもここまでなんだよな」


 道中は各所にいる兵士が持ち場ギリギリまで同行していた。

 交代制でここまで来たが、必要以上の戦力を入れることは禁止されている。

 

 500名と言えば多く感じるが、湧き場調査の半分もいない。

 

「まぁこの方が小回りは効くか」


 護衛は全員が騎乗している精鋭部隊。

 万が一戦闘になっても、最悪逃げ足は速いので大丈夫なはず。


「勇者様は馬には乗れないんでしたよね」

「うん、触ったことはあるけど」

「では後ろに乗せてあげますね。私は騎乗の経験もありますので」

「・・・お願いします」


 謎のマウントを取られてしまった。

 ユズハを見ると、はにかむように笑っている。

 きっとマウントを取ったつもりは無く、ただ乗せたいだけなのだろう。


「楽しみにしてる」

「はい!勇者様」


 どうやら正解だったようだ。

 胸に隠しているであろうペンダントをきゅっと掴むと、顔を赤くして微笑んだ。


「え・・・?」


 身体に冷たい何かが当たって、ふと上を見上げると、白い綿の様なものがふらふらと空から降りてきた。

 

「まさか、雪?」


 ガレリアを出た時は暑かったのに、国境を越えた途端、気温が急激に下がっているのを感じる。


「ご存じなのですか?」

「ま、まぁ。どうして急に」

「この辺りは激戦地だったらしく、ここの雪は『マナの涙』と呼ばれています」

「マナが異常気象を起こしているのか」


 自然界に満たされているマナは、魔法を使用するために不可欠なモノだ。

 原理は分からないが、一種の暴走状態の様なものだろうか。


「・・・ゆき」

「好きなの?」

「いえ・・・はい、そうですね。綺麗です、とても」


 ユズハは「綺麗です」と言いながら、どこか悲しそうな表情を浮かべている。


「あっ、勇者様」


 遠い過去でも見ているような彼女を放っておけず、俺はつい彼女の肩を抱いてしまった。


「ほ、ほら、寒いからさ」


 無意識の行動に、俺自身も驚いた。

 抱くと言っても後ろから手を置いた程度。

 それでも、彼女の小さな肩の感触は鼓動を高鳴らせるのに十分だった。


「そう、ですね」

「な、中に入ろうか」


 挙動不審になりながらも、俺はユズハを促した。

 しかし、


「こうすれば、暖かいです」


 彼女は一歩下がり、体重を預けて来た。

 肩に乗せられた手は自然と彼女の前に回る。


「どう、ですか」


 まるで何かを催促するように、更に身体を擦りつけてくる。

 俺だけでなくユズハも緊張しているようで、ドクドクと鼓動を感じる。 


「・・・暖かい」


 ぎゅっと抱きしめると、「はぁ」と緊張を吐き出すような声が聞こえた。


 (これが、あすなろ抱きってやつか・・・)


 ユズハの体温とか匂いとか感じられる以前に、リラックス効果が半端ではない。

 マイナスイオンってやつだろうか。

 緊張とリラックス、相反しているように思えるが、ちゃんと同居できている。


「カケルさん・・・」


 デートの時のように名前を呟く彼女は、耳まで赤くなっていた。

 そして二人はしばらくそのまま、


「なにしてんの」


 後方不注意というか、世界に入り込んでいた俺は背後の気配に気付かなかった。


「さ、サーシャこそどうしたの・・・?」


 声が聞こえた瞬間、バッと身体を離したが、サーシャには見られただろう。


「寒くなって来たから呼びに来たんだけど」

「そっか!ありがとう!」

「待ちなさい」


 返答するや否や横切ろうとしたが、彼女の握力で無理やり止められた。


「いだだだだ!」


 まるで万力の様にギリギリと肩を握られ、思わず声が出てしまう。


「なにしてたのかって聞いてるの!」

「何も!いだっ!?」

「・・・エステルに言うから」

「ごめんなさい!それだけは!」


 エステルに告げ口されたら肩が痛いで済まされない。

 しかしいつの間にサーシャは必殺技を覚えてしまったんだ。


「サーシャ様、手を放してください」

「嫌よ」


 俺の姿を見たユズハが参戦。

 サーシャも一歩も退かず、睨み合いの様相だ。


「なにを遊んでいるのですか?」

「聞いてよエステむぐ!?」


 姫様の登場と共に早速告げ口しようとした悪い口を咄嗟に塞ぐ。


「中に入ろうとしてたんだ」

「・・・それは、何の真似ですか」

「えっと、どれを指しているのかな」

「それ!それですわ!」


 焦っている俺では無く、悪い子を必死に「それ!それ!」と指さしている。


「む、むぐ・・・」


 物扱いされたサーシャは抵抗する事も無く、急に大人しくなった。


「これは、何だろう」


 ユズハをあすなろ抱きしている所を見つかって、エステルに告げ口しようとしたから塞いだ。

 なんてことは言えるはずも無く。


「・・・わたくしがいないと、いつもこれですわ」

「ご、誤解だよ」

「もっと教育しないと。教え込まないと、カケル様は理解できませんわ・・・」


 ヤンデルモード全開の姫様。

 俺はゴクリと喉を鳴らすこと以外何もできなかった。

 

「二人っきりで、ゆっくりと、ね?カケル様」

「はひ・・・」


 寒空の下縛られた俺は、イルコンセに到着する寸前までエステルの教育を受け続けたのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすごい話が好みで一気に読んじゃいました。
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