王との対話
勇者の物語はいつだって困難が付き纏う。
俺はそんな困難を、どんな時でも解決してきた。
だから今回も逃げずに立ち向かう。
それが例えインポッシブルな問題だろうがだ。
(そう、俺は逃げない。この・・・馬車割問題から!)
太陽は高く上がり、日本ならセミでも鳴いていそうな引き籠り日和。
連合会議に向けての出発日である。
「お父様は、一人で乗ってください」
2台のホテル(馬車)を前にして、エステル姫は陛下にそう言い放った。
一緒に洗濯しないでというレベルではない。
堂々とハブにする気なのだ。
「わ、儂を一人にする気か・・・」
実は娘と出かけるのを少し楽しみにしていたであろう陛下。
明らかに肩を落としてがっかりしている。
「そんなこと言わないでさ、家族仲良くさ」
「もう決めましたの」
取り付く島も無く俺も撃沈。
陛下と仲良く肩を落としてシュンとする。
しかしこのままだと人数比が偏りすぎてしまう。
片方に、俺、エステル、なぜかサーシャとメイド4人の計7人。
もう片方は陛下だけ。
あまりにも可哀そうな展開である。
「せめてメイドの一人くらい儂の方へ・・・」
「嫌ですわ」
「わ、儂は・・・」
陛下は空を見上げた。
涙が流れないようにしている姿が哀愁を漂わせる。
メイド4人はあくまでエステルのお付きであり、誰一人貸す気はないらしい。
これまで姿も確認できなかった二人のメイド。
眼鏡を掛けたお姉さんタイプのシオンと、儚げな印象を受けるカレン。
どちらも黒髪黒目でユズハやリンちゃんと一緒だった。
まるでメイド四姉妹だが、血の繋がりはやはり無いようだ。
メイド長然としたシオンは俺より恐らく年上で、落ち着いた雰囲気の頼りになりそうな女性。
カレンは落ち着いているというよりは、物静かな年下の少女。
彼女たちが今回表に出てきた理由は、戦力に不安があるため。
前回の戦いでそのほとんどを失った赤薔薇騎士団は、9割以上が新人。
その穴埋めにメイドが選ばれたのだ。
つまり、彼女達は強い。
「勇者様、そろそろお時間です」
「あ、あぁ」
馬車に乗り込むようユズハに促される。
今のところ誰も陛下の味方をする者がいない。
王様って何なんだろう。
「あのさ、俺やっぱり陛下と一緒に乗るよ」
ぼっちで一週間は憐れが過ぎる。
マリアンヌ妃の許可が取れないとかでメイドの一人も付けて貰えなかったらしい。
なんなら普段の着替えも自分でするとか。
いそいそと着替える陛下を想像するだけで、何だか悲しい気持ちになってしまう。
「カケル殿、良いのか?」
耳聡く俺の発言を聞いた陛下が期待の眼差しを向けて来た。
「もちろんです。男同士会話に花を咲かせましょう」
「お、おぉ!そうだな!そうしよう!」
嬉しそうに俺の肩をバンバンと叩く陛下は、目に涙すら浮かべている。
「お待ちなさい!カケル様!」
「そうよ!カケルはこっちでしょ!」
当然の如く否定してくるエステルとサーシャ。
サーシャはそもそも馬に乗るべきではないかと思う。
「いや、でもさぁ」
俺だって本当はハーレム馬車が良い。
女の子に囲まれていたい。
しかし、陛下を想うと胸が痛くなるのも確かだ。
「カケル殿が良いと言っておるのだ!では参ろうぞ」
味方が出来て相当嬉しかったのだろう。
急かすように背中を押してくる。
「お、お父様・・・!ゆるさない」
その言葉は陛下には聞こえていない。
「明日はそっち行くから!」
最大限の譲歩案を叫んで、陛下と共に馬車に乗り込んだ。
刃傷沙汰は勘弁だからな。
「どうしてユズハはこっちにいるの?」
「・・・?」
しれっと付いてきたユズハは、きょとんと首を傾げていた。
兎にも角にも、こうして総勢500名の旅路がスタートしたのだった。
♦♦♦♦
「やはりガレリアの王としては・・・」
「大局的に見れば・・・」
俺と陛下はユズハが淹れたお茶を飲みながら話に大輪を咲かせていた。
内容のほとんどはもちろん女性関係。
話してみて分かったのだが、エステルと王妃はやはり似ている。
「ああ見えて嫉妬深いのだ」
「やっぱりそうなんですか。エステルも凄いんですよ。怖いくらい」
王族全員が国を離れるわけにはいかないので留守番をしているが、前日は大変だったらしい。
メイドを一人も付けないのも嫉妬心から。
そう考えるとエステルの方がまだ寛容だ。
「男に世話をさせるのもな。カケル殿なら分かるだろう?」
「分かります。女の子が良いですよね」
「はっはっは!正直でよろしい」
ユズハがいるにも関わらず、メンズトークを続ける2人。
彼女は特に気にすることも無く、隙あらばペンダントを見ている。
ここまで気に入られると流石に恥ずかしい。
「ところで、陛下は今回の連合会議でどこを着地点と考えているのですか?」
女性についての話がひと段落したところで、気になっていた事を聞くことにした。
ある程度理解していれば立ち回りもしやすい。
「そうだな。カケル殿は湧き場の活性化について、どう考えておる」
逆に質問が飛んで来た。
女神について話すわけにもいかないが、近い回答は必要だろう。
「何かの力が働いていると思います。自然現象ではない何かが」
「儂も同意見だ。この世の存在が起こせるものとは思えぬが、魔王なら、或いは」
「魔王ですか」
「そうだ。そこで今回の目的だが」
陛下は一度俺の目をじっと見た。
「魔王討伐に向け、連合軍の結成を訴えるつもりだ」
「連合軍・・・」
「これまで一度も成しえなかったが、湧き場の活性化と勇者の存在、この2つがあれば、世界は纏まるかも知れぬ」
いよいよか、とも思う。
湧き場の活性化はどの国にとっても脅威だ。
世界のどこで起きるかも分からず、規模によっては国一つ簡単に滅ぶ。
そしてそれを防いだのは勇者、とされている。
陛下は世界の危機を訴えた上で、勇者という最強戦力を盾に世界を一つに纏めようと考えているのだ。
「カケル殿にとっては気持ちの良い話では無いがな」
「いいえ。今は争っている場合ではありませんので、陛下の考えが正しいかと」
リヴィアは女神ディアの存在を仄めかしていたが、魔王の仕業の可能性もある。
どちらにしても対応は急務だろう。
(ハーレムの夢もここまでかもな・・・)
魔王が滅びれば勇者の役目は終わる。
だが世界と夢のどちらを選ぶかなんて、考えるまでも無い。
事が上手く運べば、この世界にいられるのは数か月か一年か。
毎日を大切に生きようと決意をした瞬間だった。