女神ディアの存在
良いのか悪いのかはさておき、地獄の特訓は終了を迎えることとなった。
出発は2日後なのもあり、エステルのご配慮で明日はお休み
休みと言っても準備や見送りの儀式(宴)があるので、実質仕事。
しかし、鬼軍曹の姫様が不在だと特訓中に何が起きるか分からないので、俺としても中止は有難い。
特に自害が癖になりつつあるサーシャに万が一があれば、治す術も無い。
「連合会議って言われても、俺は何をしたら良いんでしょ」
「今回はお父様もご参加されますので、一言挨拶するくらいでしょうか」
「挨拶なら任せて。失敗したこと無いからさ」
人間は一つでも自信がある何かがあれば生きていけるものだ。
俺にとってのそれは『挨拶』。
対初対面に関してはプロフェッショナルを自負しているレベル。
「・・・とっても不安ですわ」
当たり前の様に俺の自室に滞在している姫様は不安顔。
「不安と言えば、いくつか聞いておきたいことがあるんだよね」
「なんでしょうか?」
「今回参加する国についてかな?確かガレリア含めて人族は三か国とは聞いたけど、もう少し詳しく知りたい」
『剣王国オルラント』と『聖アテーレ教皇国』、そして『ガレリア王国』。
名前だけである程度予想はできるものの、大した情報はまだ知らない。
「そうですね・・・。ではまずは剣王国から」
「お願いします」
「剣王国は、世界で最も強大な軍事力を誇る国です。傭兵や冒険者の活動も活発で、主な輸出品も軍事関係に偏っています。そして、勇者召喚に反対した唯一の国ですの」
前に聞いた話だと、世界の頭脳が集まって勇者召喚実行を決めたと言っていた。
満場一致の中で決定が下されたわけでは無いらしい。
「どうして反対したか分かる?」
「おそらく、軍事バランスが崩れることを警戒したのでしょう。ガレリアと剣王国は仲が良いとは言えませんし」
魔王に侵略される前は、湧き場を巡っての争いが各地で起きていたらしい。
戦争状態でもあったのだろう。
「勇者が特定の国に肩入れすることは、よくある話だからなぁ」
「カケル様は、わたくしの味方ですものね」
「うん、外で言ったらダメだよ」
強大な力を持っている設定の勇者カケルを独占しているなんて、誰が聞いても誤解が生まれる。
既に許嫁だから遅いのか。
やはりというか、ガレリアはかなり強かだ。
「次は教皇国ですね。この国は、女神ディアに対する信仰心がとても強いです」
「女神ディアって?」
「この世界に勇者召喚の術を伝えたとされる、伝説上の女神の事ですの」
「リヴィア以外にも女神って居たんだなぁ」
伝説と聞きつつも、俺には確信がった。
なにせすぐ近くに元女神がいるし、勇者とセットなのだろう。
「ディアはね、空間を操る女神だったの」
「知ってるんですか元女神様」
解答はすぐに行われた。
ついさっき「お風呂を経験してくる!」と元気に出て行ったのに、いつの間に戻って来たのか。
「もしまた元女神って言ったら何も教えてあげない」
「わたくしも是非お聞きしたいので、カケル様は黙っていてくださいね」
「はい、ごめんなさい」
女性陣の仲が知らぬ間に進展していて、ますます俺の立場が弱くなっている。
最初から最底辺だったか。
「そもそも女神は、上位の神から力を授かった存在なのだけど、ディアの場合は空間。その役割は無数にある世界のバランスを取ること」
急に宇宙クラスの話が始まってしまった。
この場合は「へぇ、そうなんだ」くらいの頭で臨まないと、理解が追い付かずパンクする。
「彼女の身に何が起きたのか詳しくは知らないけど、最後は堕天したらしいのよ」
「らしいって、適当な」
「私は全知全能じゃ無いの、バカケル」
「ば、バカケル・・・」
小学生レベルの虐め発言。
何かがフラッシュバックしそうになったじゃないか。
「でも変ね。ディアには確か・・・」
そこまで言って、リヴィアは首を傾げた。
「まぁ、伝説なんてそんなものよね。後は自分の目で確かめてみろ?」
どっかの攻略本のような事を言って離しを打ち切る元女神。
気になる終わり方だ。
その文言はきっと俺の影響で取り入れた知識だろう。
ネタバレに関して熱く語った記憶がある。
「ゆ、勇者召喚を伝えたのは事実なのでしょうか?」
エステルが我慢できずに身を乗り出した。
「そうね、事実よ」
「では伝説は本物だったのですね・・・」
感動しつつも、エステルは何か言いたげな表情で俺を見た。
「どうして俺を見るのでしょう」
「伝説の、勇者」
「わかった。全部言わなくていいです」
姫様はきっと「伝説がこれかぁ」と言いたいのだろう。
でも大丈夫。メンタルの強さはきっと過去一。
「メンタルもよわよわじゃない」
「思考を読まないで」
「リヴィア様!わたくしもカケル様の思考が読めるようになりたいですわ」
「勘弁してください!」
ほとんどの時間をエステルに監視されているようなものなのに、思考まで読まれたら、数日後には冷たくなって発見されるだろう。
「嫌なのですか?」
「えっとー、人はお互いが分からないからこそ、知りたくなるんだよ」
うやむやにするべく、適当に言葉を並べる。
ニュータイプって大変そうだと思っていたから、あながち嘘でもないが。
「・・・か、カケル様ったら、そんなにわたくしと」
幸運にも姫様になぜかクリティカルヒット。
俺の肩に身体を預けてすりすりし始めた。
(今更だけど、どうしてこの子はずっと横にいるんだろう)
部屋はかなり広いのに、エステルはすぐ近くに陣取っている。
ここが定位置とでも言わんばかりだ。
ユズハにぎゅっとされながら起こされたあの日以降、特に近い。
『か、カケル様から・・・ユズハの匂いが・・・』
『着替えとかあるから!それで!』
最終的に納得してくれたが、あれはかなり心臓に悪かった。
半分くらいは良い意味で。
「一つ、気になることがあるの」
俺とエステルがお互いの世界に入ってしばらく後、リヴィアが口を開いた。
「湧き場の活性化。あれは多分、ディアが」
「え?それって世界への干渉なんじゃ」
堕天したらしいディアは、既に一度禁忌を犯しているはず。
つまり湧き場の活性化が彼女の仕業なら、二度目になる。
「多分だけどね」
「・・・この世界って実はかなりやばいのか?あ、ごめん」
「お気になさらないでください。しかし、女神ディアの力なら」
「色々と考えないといけない事が出て来たな」
最悪の想定をするならば、この世ならざるモノの力が働いている。
まだ魔王の方が可愛いくらいだ。
「考えすぎると髪の毛抜けちゃうよ?」
「・・・まだ抜けないし」