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チキンレース


 特訓と言う名の虐待が始まってから数日が経過。

 エステルの治癒魔法のお陰で身体は快調。

 残念ながら筋肉痛に苛まれることもなく、全く休むことができない。


「おはようございます。カケル・・・勇者様」


 今日の起床担当はユズハのようだ。

 ウキウキモード継続中の彼女は今日もペンダントを胸に着けている。

 普段は服の内側に仕舞っているが、2人の時だけは別。


「今日は休みたい・・・」


 外はまだ薄暗い。

 おはようには早すぎるし、眠ってから大した時間も経っていない。


「そんな事言っても、頑張るのが勇者様です」

「頑張るからもう少しだけ・・・」


 これから始まる約20時間にも及ぶ虐待に比べれば、数分程度の抵抗などほとんど無意味に等しい。

 そうは言っても憂鬱に変わりない。


「もう、仕方ないですね」


 ユズハは「はぁ」とため息をつきながらも、俺の抵抗を受け容れてくれた。

 目を瞑ると、眠気が恐ろしい勢いで襲ってくる。


 そのまま無に落ちる感覚に身を委ねようとしていると、ベッドが微かに沈んだ。


「偉いですね、よしよし」


 外は闇に包まれているとはいえ寝起き。

 俺の意識は一気に覚醒した。


 頭はユズハに抱かれ、顔に柔らかい感触が押し付けられる。

 甘い香りが鼻孔をくすぐり、彼女の体温を一杯に感じると、血がドクドクと身体中を巡った。


「おはよう、ユズハ」

「くすっ、おはようございます」


 どうやら謀られたようだ。

 しかし、こんなに優しい罠なら毎日だって掛かりたいものだ。


「もう良いのですか?」


 俺が身じろぎをしようとすると、それを阻止するかのように力が込められる。

 意識は余計にユズハの方へ向き身体の一部が危険水域に突入。


「・・・あと少し」


 それでも今の時間を手放せるほど、勇者ができていない。

 早々に抵抗を止めた俺は、彼女に抱かれるまま頭を空っぽにした。


 ちなみにリンちゃんだと、


『起きて、おにいちゃん』

『・・・』

『おにいちゃん?』


 優しく『おにいちゃん』と言いながら、剛力で身体を揺さぶって来る。

 ワードは寝起きにぴったりなのに、起こし方はオカン。

 まぁユズハの真似は5年早いけど。





       ♦♦♦♦





 2日目以降は特訓メニューに変更があったため、今は訓練所。

 既に待ち構えていたエステルの瞳が妖しく光っている。


「今日もアレやるんですか・・・?」

「もちろんです」


 寝起き早々に行われるアレとは、魔法の特訓。

 とはいえ、ただの特訓ではない。


「さぁ、早く寝てください」

「うぅ・・・はい」


 エステルに促されるまま訓練所の中心で仰向けになる。


「うふふ、楽しみですわ」


 性格が歪んでいる姫様は今日も楽しそうである。


 これから始まるのは、チキンレース。

 まず仰向けになって俺は上空に向けて魔法を放つ。

 そして的が無い魔法はそのまま落下してくるのだが、それをギリギリまで避けてはいけない。


 魔法と反射神経と度胸と鍛えられる一石三鳥のメニューらしい。

 もちろん考案者はエステル。


『もっと引き付けなさい!』

『カケル様が自分の魔法から逃げる・・・あはっ』

『うふふ、当たっちゃいましたね』


 こんな感じで、俺がどんな反応をしてもハイテンション。

 趣味と実益?を兼ねた(姫様にとって)最高の特訓なのだ。


「はぁ・・・よしっやるか」


 寝転がった俺は右手を空に掲げる。

 一番身の危険を感じる時間だが、だからこそ最初にこなす必要があるらしい。

 最も集中力があり、魔力が高い状態が今だからだ。


「ファイヤーボール!」


 右手から上空に向かって火球が投じられた。

 ひゅるひゅると打ち上げ花火のように打ち上げられる球。


 最初は空中で消えていたそれも、開始2日目には調整が出来るようになった。

 能力がリセットされても魔法の撃ち方は忘れていなかったらしい。

 自転車の乗り方を忘れないような感じ。


「はぁ・・・はぁ・・・!」


 火球の速度が落ちると、呼吸が自然と荒くなる。

 あれが直撃すれば火傷をしてしまう。

 火傷は、痛い。


『少しは頭を使いなさい!駄勇者!』


 初日に無駄に威力が高い魔法を放って、エステルにめちゃくちゃ怒られた。

 当たり前である。


「・・・ここだぁ!!!」


 落下速度を加味すると、ギリギリのライン。

 俺はそう判断してゴロゴロと身体を横回転させた。


 数秒後、ボフッと音を立てて地面に炎が弾着。


「ぷふっ、『ここだぁ』って・・・、お可愛いですわ」

「笑わないで!恥ずかしいから!」


 気合が入った声と、気の抜ける横回転。

 そして落ちて来たのは数秒後。

 笑い所しかないのは自分でもよく分かる。


「あははっ。もう、最高ですわ」


 エステルはお腹を抱えながら笑っている。

 さっきの吹き出しもだが、彼女はシュールギャグとかが好きなのかもしれない。


「ねぇカケル。あれ撃ってよ、ちくわ」

「あんなん魔法じゃねえ」

「好きなのに。面白いから」


 リヴィアは寝ぼけ眼を擦りながら、俺の黒歴史を抉って来た。

 以前までの彼女は、寝ている時間など無いくらいいつでも反応してくれていたが、この世界に来てからは夜は普通に眠っている。


「さて、続き続き」


 元女神を構うのも程々に特訓再開。

 なんだかんだで超回復なる理論が効いているらしく、日々魔力量は増えている。

 

「私の、お・か・げ」

「分かりましたから・・・」


 読心術を披露するリヴィアは、よほどのかまってちゃんだった。

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