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地獄のリハビリタイム開始


「ひぃ・・・!ひぃぃ・・・!もう、むりでずぅ・・・!」

「誰が休んで良いと言いましたか!?」

「いだいっ!?う、うごきますからぁ・・・!」


 ユズハとのデートを完璧にこなした俺は、勢いそのままエステル達に全てを打ち明けた。


『や、やはりあの時から・・・!この!浮気性!』

『まぁ、言うのが遅いわね』


 申し訳なさを詰め込んで、元女神と弱体化した俺の事を話したのだが、彼女達の反応は予想を大きくずれるモノだった。


『大事なことは!すぐ!言いなさい!バカ者!』

『ひっ!?ご、ごめんなうぎゃああ』

『あーあ、かわいそ』


 ちょっと前まで姫様にあれだけ楯突いていたサーシャも味方をしてくれない。

 小さいメイドはいつも通りだし、ユズハも顔を背けている。

 リヴィアは「かわいそ」なんて言いながらお菓子を召喚する始末。

 

 ただ鞭で打たれる俺は孤独だった。


『・・・ふ、ふふ。こ、ここが気持ちいいの!?ほら!答えなさい!』

『ムチは!ムチは痛いのおおお!』


 こうして地獄の夜を迎えた俺に待ち受けていたのは、更なる地獄の特訓だった。


「ぜはー!ぜはぁ!ゴホッゴホッ!」

「ほら!ちゃんと前を向く!」

「は、はひぃ」


 あの夜から3時間程度しか経っていない。

 気絶するように眠った俺は、まだ夜が明けきっていない早朝に叩き起こされた。


「集中しなさい!」

「うっ!?ぐぅ・・・!」


 現在は真剣を使ってサーシャと打ち合い続けている。

 王道を行く彼女の剣術は俺と合っていると、エステルに指名されたようだ。

 演技指導の時と違い対人戦を想定した特訓で、これは暗殺未遂を受けてのもの。


 加減されているのは分かるのだが、真剣での打ち合いはとにかく手が痺れる。

 

「う、うおぉ」

「弱い!」


 柄は血が滲み、気力体力共に限界な俺は剣を弾き飛ばされてしまう。 


「・・・ふぅ。エステル、治癒して」

「わかりました」


 こちらの限界を目敏く悟り、治癒が始まる。


「す、少し休みを」

「超回復なるものがあると、リヴィア様が仰っていましたの」

「あ、あれは科学的に否定論もあるというか・・・」

「はい、終わり。立ちなさい」

「あの元女神・・・!」


 リンちゃんと2人でお菓子を食べているリヴィアを恨めしそうに見るが、


「がんばれー」

 

 気の抜けた応援が返って来るだけ。


「・・・魔力を使うのやめろ!」


 むしろ人の魔力をどんどん使うから、追い打ちのようなもの。


「カケル様?」

「ひっ!今動きます!」


 バチンッと鞭を片手に俺を脅してくる姫様は、鬼教官の再来。

 そして勇者に拒否権は無い。


「いくわよ!」

「こ、来い」


 ユズハにも負けず劣らずサーシャの動きは速い。

 頭で考えるより先に身体を動かさなければ打ち合うことすらできないのだ。


「いつっ!」

「相手の勢いを全部受ける必要は無いの!何度言ったら!」


 勢いを殺せと教わったのは良いが、剣圧にびびる俺は力を込め過ぎてしまう。

 結果的に彼女の力を全て受ける腕は治癒後すぐに痛み出す。


「・・・わぁ」


 現状仕事がないユズハは、ずっとペンダントを見ている。

 誰が見ても分かるくらい嬉しそう。


「どこ見てるの!?」

「わっ!?ご、ごめん」


 一瞬ユズハに見惚れた俺は剣への対応が遅れた。

 しかし首が落とされる寸前で、サーシャの刃が止まる。

 皮が切れ、血が汗のように多少流れるが、彼女の腕はやはり本物。


「・・・わ、私が、き、斬った・・・」


 そう思ったのも束の間、彼女が握った剣がガタガタと揺れ始める。


「斬れてないよ!」

「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!私、もう」


 皮が一枚切れた程度なのに、サーシャはその場でへたり込んでしまった。

 俺を斬った事実が余程ショックだったのだろうか。


「大丈夫だから!ほら!もう止まってる!」

「ひぐっ、もうやだ。私、死にます」


 必死の擁護虚しく彼女は泣き出してしまう。

 その上「死にます」と宣言し、刃を自分に向けようとする。


「待って!ぐぎぎぎ」


 それを止めようと踏ん張るが、力の差が半端ではない。


「放して!やっぱり放さないでええ!」

「じゃあ止まれえええ!」

「怒らないでえええ!」


 ギャン泣きするサーシャとは会話にならない。

 感情がぐちゃぐちゃで制御不能。


「全く・・・。ユズハ!・・・あの子何してるのですか」

「少しは手伝って!」

「・・・ユズハ!」


 俺とサーシャの激戦をガン無視してメイドを呼び出すエステル。

 呼ばれたユズハは姫様の言葉が聞こえていないようで、中々出てこない。


「もういいです。わたくしが」

「やだああ!」


 全方向に『イヤイヤモード』を発動しているサーシャ。

 こうなると、最後の手段を使うしかない。


「リンちゃーん!助けて―!」

「は、はい。おにいちゃん」


 対サーシャ最終兵器リンちゃん。

 末っ子の彼女はサーシャが泣いている時限定で姉になる。


「よし、よし」

「うぅ・・・ぐすっ」


 右手で腕を抑え、左手でサーシャを撫でる見事な仕事を披露。

 どこに力が隠れているのか、俺が死ぬ気で止められなかった剣がびくとも動かなくなった。


「だい、じょうぶ?」

「昨日も置いて行かれたし。私、嫌われたの」

「おにいちゃんは、サーシャのこと、すき」


 ようやく落ち着いたサーシャは、小さなメイドに愚痴をこぼしている。


 (しばらくそっとしておこう・・・)


 余計に口を出してまた泣き出すとも分からない。


「もうその場でうつ伏せになりなさい」

「どうして・・・?」

「口答えですか」

「いえ!決して!」


 光を失った瞳を向けられ、俺は大人しく地面に伏せる。

 そして当たり前のように背中に乗るエステル。


「腕立てをしなさい」

「は、はい・・・うぐぐ」


 普段なら「終わりにしましょう」などと言って休憩させてくれる姫様だが、今度ばかりは本気らしい。

 出来る範囲での強化が再スタートした。


「わたくしが重いと、そう言いたいのですか?」

「ひっ!?エステルは軽いです!ふぎぎ」

「カケルも大変ね」

「じゃ、じゃあお菓子出さないで・・・力が抜ける」


 前門の銀髪、後門の金髪。

 思いつく限り最高の贅沢が、地獄にしか感じない。

 2人して別方向から虐めてくる。


「ぐぐぐ・・・!」

「あはっ!無様ですわ!あぁ、これが足りなかったのかも・・・」


 上で喜びだすエステルは、欠けていた何かを見つけたようだった。


「うふふっ、もっと可愛がってあげますからね」

「ぐすん」


 抵抗することも、拒否することもできない勇者は、ただ涙を流し続けた。

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