ユズハとのデート回
翌日、時間は大体正午。
俺は城下町へと続く門の前でユズハを待っていた。
昨夜とは打って変わって心はウキウキ。
(これってデートだよね?デートかな?デートだ完全に)
初めての城下町よりも、デートにドキドキが止まらない。
如何せん初なのだ。
もちろんこの世界ではの話。
「服装は、変じゃない。顔はまぁイケメン。よし」
今の格好はガレリア国では一般的な衣装。
特に言及する必要は無いと思う。
『カケル様にきっと似合います!』
やたらと高そうな服を選ぶエステルには苦労した。
お忍びだと本人が話していたのに、美学に反するらしい。
ちなみにユズハも今回はメイド服ではない。
それを見るのも楽しみだ。
「お待たせしました」
「全然待ってな・・・」
振り返りながらお決まりのセリフを言おうとした俺は、途中で言葉を失った。
メイドさんに目を奪われたのだ。
いや、今の彼女はメイドではない。
白いベレー帽に黒いスカート。
可愛いリボンが胸に着いた白いブラウス。
(ま、まさか・・・!これは、セーラー服!?)
そう、彼女の服装はまさに生前見たことがある学生服。
つまるところセーラー服。
「あの、どこか変でしょうか」
無言でガン見されていることに不安を感じたのか、ユズハは自分の格好を気まずそうに確認している。
何とも可愛らしい。
膝丈くらいのスカートはメイド服よりもよっぽど短く、健康的な脚が目に薬。
「すっっごく似合ってる!」
年齢的にも大体高校生くらいのユズハにぴったりの衣装。
誰がどうやって作ったか知らないが、ありがとう。
「あ、ありがとうございます」
緊張した面持ちで返答する彼女は、まだ少し固い。
きっと落ち着かないのだろう。
「いいい行こうか!」
それは俺も同じだった。
♦♦♦♦
「やっぱり綺麗な街だなぁ!」
馬車の上からとはまた違う景色。
思ったよりも人が多く、そこかしこで楽しそうな声が聞こえてくる。
「ゆう・・・カケルさん、は初めてでしたね」
勇者と言い掛けて、ギリギリで訂正をするユズハ。
慣れない呼び方のせいか、一々恥ずかしそうにするのが可愛い。
ここまでの道中、俺とユズハはいくつかの約束をした。
その一つが名前呼び。
勇者を連呼されれば、誰かに察知されかねない。
まぁ半分くらいは俺の欲望が含まれているが。
『カケルさん呼びでも分かってしまうのでは無いでしょうか』
『・・・大丈夫!』
変装だってしているし、今のところ誰も気付いていない。
大声で呼ばない限り平気だろう。
石畳みで舗装された道に、おそらくレンガ作りの建物。
各所で市場や屋台の存在も確認できる。
「どこへ向かっているのですか?」
「えっと、とりあえずは適当にかな」
「分かりました」
横に立っているユズハを見ながら次の予定を考える。
最終的な目標はあるものの、城下町の地理が全く頭に入っていない。
こうして歩いているだけで俺は楽しいが、彼女は少し違うだろう。
(前の世界だと武器屋とかが定番だったけど・・・)
お揃いの武器とか流行っていたし。
「どうかしましたか?」
「な、なんでもない・・・あっ!あの屋台は何を売ってるの?」
何かヒントを得ようと彼女の姿を眺めていたのだが、視線を感じ取られてしまったらしい。
はぐらかすように近くにあった屋台を指差した。
どうやら串焼きのようだが。
「あれは、モーズのお肉ですね」
「モーズって牛と羊が合体したようなあの動物か」
「・・・うし?」
「と、とにかく一緒に食べようか!」
モーズとはガレリアでメジャーな家畜で、毛もミルクも取れるハイブリッド。
なぜかモンスターに襲われないらしく、重宝されている。
「いらっしゃい!」
「おじさん!2本頂戴!」
「はいよ!おっと、可愛い彼女じゃないか」
「可愛いですよね!」
気の良さそうな店主と会話をしながら串焼きを受け取る。
ユズハはどこか慌てた様子だったが、「可愛い彼女」なんて言い方をされた俺は、テンションが上がりすぎて気付かなかった。
「良い人だったなぁ・・・。はい、ユズハ」
「あ、ありがとうございます」
やや視線を逸らしながら受け取った彼女の顔は赤くなっている。
肉が好きなんだろうか。
「・・・う、うん!串焼きって感じ」
城の料理というか、メイドの味に慣れきった俺の舌。
特段美味しいとは感じられなかった。
「ユズハの料理の方が美味しいな」
「くすっ」
そんな正直な感想に、ユズハは久しぶりに笑顔を見せてくれる。
メイドとしての微笑ではなく、彼女自身の表情だ。
(ありがとう店主!いつか究極のレシピをプレゼントしよう)
勇者カケルは男の一人暮らし料理しか作れない。
だが、あの店主には大きな借りができた気分だった。
♦♦♦♦
屋台巡りから、武器防具、道具屋、果てにはギルド。
様々な場所を見て回ったが、ユズハのお眼鏡に合いそうな物は見つからない。
エステルからヒントは貰っていたものの、形に残る何かをプレゼントしたかった。
「涼しい」
「そうですね。気持ちが良いです」
今いるのは中央広場の噴水。
勇者邸にあるものよりも大きく、勢いよく水が噴き出している。
ミストを浴びながら、俺たちはベンチで休憩していた。
「私は、こんな時間が好きです」
しばらく座っていると、ユズハが独り言のように呟いた。
「ごめん、色々連れ回しちゃって」
「あ、いいえ。楽しいですよ」
俺が休む間も作らず歩き回ったことを謝罪すると、彼女は気を遣って否定する。
誘う事に注力しすぎてノープランだったのが反省点。
「カケルさんは楽しかったですか?」
「もちろん!でも・・・」
「・・・?」
今回の目的は俺が楽しむことではない。
首を傾げたユズハとじっと見つめ合う。
(何か・・・ユズハが反応を示したもの)
彼女の瞳を見ていると、ふと記憶が蘇った。
一度だけ、ほんの一瞬足を止めた場所がある。
その場所は確か宝飾店。
気のせいかも知れないが、可能性はゼロではない。
「そろそろ行きますか?」
既に辺りは暗くなりつつあり、後はお土産を買って終わり。
「ちょっと待ってて!動かないでね!」
「あっカケルさん・・・えっと?」
このままでは終われない。
何となく会話が出来ただけで、距離が縮まった気もしない。
エステルに頂いた『ご褒美』を無駄にしないためにも、ユズハを置いて走った。
目的地は広場から城側に向かう道を走ってすぐの場所。
歩くと遠く感じるのに、走るとあっという間だった。
(ユズハは確か・・・この辺を見てたかな?)
窓の中に並んだ宝飾品の数々。
彼女はその中でも端の方を見ていた気がする。
「う、うーん。どれだろう。値段も読めない」
この世界の文字を読むことができない俺は、金額だって分からない。
陛下から褒賞を貰ったから、それで足りると良いのだけど。
「・・・これ、かも」
なぜか一つだけ見入るものがあった。
それは、おそらく銀製のペンダント。
丸いトップには赤い宝石が埋め込めれており、ユズハの瞳を想起させる。
女性が着けるには少し大きい気もするが、不思議と引き寄せられる。
「これだ。これにする!」
♦♦♦♦
「か、カケルさん」
「ごめん、遅くなった」
俺の指示を守っていたユズハは、不安そうに辺りを見回しながら立っていた。
「置いて行かないでください」
「ごめんなさい」
「・・・もう」
声を掛けるとようやく安心できたのか、ホッと胸を撫でおろす。
仕方なかったとはいえ罪悪感はある。
「心配かけてごめん」
「そんなに謝らねいでください」
拗ねたようにそっぽを向く彼女はやはり可愛い。
「あ、あのさ。受け取って欲しいものがあるんだ」
「・・・え?」
「こ、これを・・・」
こんな時、何か気の利いた事でも言えたらいいのに。
前の世界ではキザったらしいセリフが湧いてきたものだが。
緊張で詰まりながら、俺は何とか包装された箱を差し出す。
「い、頂けません」
「感謝の気持ちなんだ。受け取って貰えないと、困る」
ユズハはスカートをキュッと握り一度断ったが、おずおずと手を伸ばし、ようやく受け取ってくれた。
「ありがとう、ございます」
「う、うん。開けてみて」
「・・・はい」
夕日のせいか赤く見える彼女は、大事そうに包装を開く。
そしてゆっくりと箱を開いた。
「こ、これは・・・」
「どうかな。大きい?」
「いいえ。でも、こんな高価な物・・・」
「気に入って貰えたら嬉しい」
値段についてはよく分からない。
お金が入った袋を店主に渡して後は任せた。
「・・・嬉しい、です」
「よ、良かった。裏も見て?」
「・・・ユズハ」
「俺には読めないけど、ちゃんと彫ってくれたんだ」
宝飾店の店主は、「サービスです」と揉み手をしながら話していた。
この世界の文字でユズハと書かれたペンダントは、世界で一つだけのもの。
「どうして、優しくするのですか」
ペンダントを胸に抱いたユズハは、泣きそうな顔をしている。
「え?そんなのユズハが大事だからに決まってる」
「私は、あなたと距離を作ろうとしたのに。また失敗してしまうから」
彼女の頭を支配していたのは、やはり失敗だった。
「失敗なんて誰にでもある。俺なんて失敗してばっかりだし」
「・・・でも、私は二度も勇者様の事を守れませんでした」
暗殺者の件と、戦場で戦意喪失した事だろうか。
前者は俺のミスだし、後者は誰にだって起こりえる。
「ユズハに守って貰った回数の方がよっぽど多いよ。それに、あの時だって助けに来てくれなかったら最後まで戦えてない」
サイクロプス辺りにズドンと殺されていただろう。
感謝はすれど、誰も彼女を責められない。
「私、勇者様の腕が落とされて、何も出来なくなって」
「そんなに大事に想っているなら、むしろ嬉しいけど」
「でも、メイド失格です」
誰にも相談できないまま、ユズハは抱え込んでしまったのだろう。
何だか前の俺のようだ。
自分のせいだと責めて、そこにプラスの感情は生まれないのに。
「俺はユズハがいないと今後生きていける気がしないし、頼りにしてる。ユズハがどう思っているか分からないけど、傍に居て欲しいといつも考えてるよ」
本人以外の誰もが彼女の事を認めているし、肯定的に見ている。
後はユズハ自身の問題だが、俺の本心を伝えるのも大事だろう。
「・・・勇者様は弱くなってしまったと聞きました」
「え!?あはは、聞かれちゃったか」
もしかしたらとは思っていたが、やはり彼女にはバレていた。
耳が良いのは本当の事だったのだ。
このせいで余計に自分を責めてしまったのだろう。
「それでも、あなたは諦めないのですね」
「守りたいものが出来たからね」
「そこに、私も」
「入ってるよ。当たり前でしょ」
諦める人生もあったかも知れない。
だが勇者として生きるなら、その選択肢は存在しない。
俺個人としても誰かを守れるくらい強くなりたい。
暗殺者も湧き場の活性化も、何か陰謀が働いていると直感で感じ取っている今、余計にそう感じる。
「・・・私も諦めません。勇者様が魔王を倒すその日まで」
ユズハと魔王にどんな因果があるのかまだ分からない。
「一緒に頑張ろうな」
それがどんなものであれ、彼女にとって重要なら俺はそう答えるしかない。
俺の夢と彼女の目的は近いようで相容れない。
いつかは話せる日が来るだろうか。
「そういえば、ペンダントに何か機能があるらしいんだけど」
「あ、それでしたら、こちらへ来てください」
ユズハは俺の手を引いて、噴水の前に立った。
「ゆ、ユズハさん」
「真ん中を見てください!」
そのまま噴水に背を向けると、俺に腕を絡めながら右手に持ったペンダントを上に掲げた。
まるで自撮りのような構図の中、意識は彼女の胸の感触へ向く。
(や、柔らか・・・いつもより薄着だから余計・・・!)
「カケルさん。見るのはペンダントです」
「す、すいません」
ユズハはジト目をしながら注意を促した。
言い逃れもできないので謝るしかない。
「ほら、笑ってください」
「う、うん!」
ペンダントが開かれると、俺たちの姿が鏡面のように反射する。
「いきますよ。はいっ」
彼女がそう言った途端、ペンダントが光った。
そして、
「おぉ、これは凄い」
2人の姿が写真のように刻まれている。
どうも魔力を流すことで発動する魔具らしい。
地球でも割と先端に位置するような技術なのでは。
「やった・・・」
腕を組んだままのユズハは嬉しそうにニヤニヤしている。
多分彼女がした初めての笑い方。
「喜んでもらえて良かった」
その笑顔に見惚れながら、俺はそう呟いた。
帰り道、ぴょんぴょんと飛びながら喜び続けるユズハは、まるで子どもに戻ったような愛らしさだった。
(し、白・・・ふむ、パーフェクト)
ちらちらと見える白い布は、俺だけの秘密の記憶となった。