妹メイドのリンちゃん
アンジェはお母様に話してくると言い残し、部屋を後にした。
やっぱり陛下じゃなくて王妃様なんだな。
「・・・ぐすっ」
彼女が出て行ったかも、サーシャは泣き続けている。
今は俺の服の裾を掴みながらなので、なんだか子どもみたい。
「お腹空かない?」
「・・・すいた」
食は心にも良い作用をもたらすという。
彼女もお腹が空いたようなので、食事を摂ることにした。
「そう言えばいつもはユズハが運んでくれるんだよな」
提案したのは良いものの早速手詰まり。
もちろん料理などできない。
「リンちゃーん」
困った俺はもう一人の名前を知っているメイドさんを呼ぶことにした。
「はい」
「うわっ!?」
彼女はすぐに現れた。
というよりもいつの間にか横にいた。
「い、いつからそこに」
「はじめ、から、でしゅ・・・です」
全然気付かなかった。
彼女はやはり忍者なのだろうか。
他のメイドも実はそこら辺にいるのかもしれない。
「気付かなくてごめん。ご飯の用意ってできるかな?」
「はい。しょうしゅ、お待ちください」
そうして出て行ったリンちゃんが戻って来たのは数分後。
最初から用意していたのでは無いかと疑うレベルだった。
ベッドから動けない俺は、行儀悪くもそのまま食すことにした。
出されたのは流動食のようなもの。
一週間ぶりの食事なので仕方ないが、少し寂しい。
そしてスプーンを持つが、
「あれ、上手く持てない」
手がプルプルと震え、落としてしまう。
何度試しても同じだった。
「だいじょうぶ、ですか?」
「う、うん。多分起きたばかりだから」
感覚が麻痺しているのだろう。
「わたし、やります、か?」
「それって・・・」
俺の赤子ばりの動きを見てリンちゃんが提案してくれる。
(あーん、してくれる・・・てこと!?)
果たしてその提案は受けても良いのだろうか。
目の前にいるのはユズハよりも更に年下の女の子。
「・・・?」
迷いを見せる俺を彼女は不思議そうに見つめてくる。
邪な考えをする勇者を射抜くような純粋な瞳。
(そうだ。俺は、病人。そして彼女はメイド)
「お、お願い、しましゅ」
「はい」
リンちゃんの様に噛みながら甘えることにした。
彼女は新しいスプーンを手に持ち、お盆を引き寄せる。
「あの、前に、なんでもするって」
「は、はい言いました」
これからの起きる出来事にドキドキしながら答える。
「あの、あの・・・」
「できることなら何でも言って良いよ」
言い辛そうにモジモジしているリンちゃんにそう促す。
彼女は他の子の様に無茶ぶりしないだろうから気は楽だし、叶えてあげたい。
「・・・あの、お・・・」
「お?」
「すぅ・・・。お、おにいちゃん、ってよんでも、いいでしゅか」
「え!?良いの!?」
思わぬ提案に俺が逆に聞いてしまった。
サーシャが窓際から驚いた様にこちらを向いたが、それどころではない。
(今なんて言った?お、おにおにおに)
お兄ちゃん、と彼女は言った。
「・・・」
それきりプシューと顔を真っ赤にして俯くリンちゃん。
「も、もう一回言って?」
「・・・おにい、ちゃん」
「もう一回!」
「おにいちゃん・・・?」
小首を傾げながらリクエストに応えてくれるメイドさん。
生前の俺は黒髪黒目だったから、まるで本当の妹のようだ。
この世界に楽園はあった。
(なんだか犯罪的だなぁ!)
そう考えながらも、テンションはマックスに近い。
サーシャが「え、キモい」なんて言っているが今の俺には効かない。
「ほ、本当にいいの?お兄ちゃんでいいの?」
気持ち悪い声を出しながら再確認。
リンちゃんは私がお願いしたのにと疑問符を浮かべている。
「いい、です?」
「お願いします!」
こうして俺は『おにいちゃん』になった。
関りが少なかった彼女にいつ気に入られたのか分からないが、些末な問題だ。
「あの、たべますか?」
「お願いします!」
幸せイベントは続く。
これから妹による『あーん』イベントの開催だ。
俺が『おにいちゃん』なのだから、必然彼女は妹なのだ。今決めた。
「どうぞ」
リンちゃんはスプーンで食事を掬うと、俺の口元へ運んで来た。
(違う、そうじゃない)
食べさせてもらっている身分で、勇者は欲が出た。
「り、リンちゃん、あのさ」
「なんです、か?」
「・・・食べさせる時は、あーん、って言って欲しい」
言ってしまった。
でもどんな『おにいちゃん』だってきっと求めるはずだ。
不幸な出来事があったとしても、幸運を享受するなと言うのはおかしい。
生きるためにも最大限の幸福を受けるべきなのだ。
「あーん・・・?」
少し恥ずかしそうに、やや首を傾げながら。
口元に運んでくれた。
「・・・美味しい」
その流動食はどんな豪華な食事よりも美味しく感じた。
実際一週間ぶりの食事だから身体が喜ぶのは当然のことだ。
しかし、俺が言いたいのはそこではない。
可愛い妹メイドがしてくれる事が重要なのだ。
「よかった、でしゅ。です」
リンちゃんは俺の歪んだ表情に全く引かない。
それどころか、邪な考えをされている事も察知していないだろう。
「・・・あ、あのさ」
そんな純粋な彼女に付け込んで、更なる要求を思いついてしまった。
「す、少し熱いから。ふ、ふーってして欲しい、な」
サーシャには聞こえないように小声で、挙動不審気味にお願いをする。
「・・・?わかり、ました」
妹メイドは「熱いかな?」と言いたげな表情だったが、
「ふー、ふー。あーん・・・?」
俺のとんでも要求にしっかりと応えてくれた。
「あ、あーん」
「おいしい、ですか?」
「うん、美味しい。幸せ」
そう答えると、ニコニコと笑顔を向けて次を運んでくれる。
「おにいちゃん、あーん」
「あーん」
最早2人の世界だった。
ぐへへと表情を歪ませる俺と、嬉しそうに食べさせるリンちゃん。
「私、本当にアレの騎士になるの・・・?」
心底呆れたようにその世界を見るサーシャを、俺は最後までいない子扱いをした。