目覚め
目が覚めたのは一週間後。
濃い時間を過ごし、様々なものを失った俺の初めての外出は意識を失っている内に終わった。
『スカーレット・・・?』
目が覚めると同時になぜかそう呟いた。
『ま、また新しい女ですか!?』
『げふぅ!?』
ちなみに目の前にいたのはエステルで、グーパンが飛んで来た。
大喜びだった姫様の表情が一瞬で冷えたのを俺は忘れないだろう。
彼女が生きていて良かったとか、そういう感情は置き去りにされた。
『スカーレット』
『サーシャ!無事だったんだな!』
『・・・』
赤髪のツインテ娘にはガン無視される始末。
感動的な場面のはずなのに、という考えはすぐに改めた。
「死者1487人・・・」
厳しい現実が突き付けられた。
あの戦闘に加わったほとんどが亡くなっている。
そもそもこの世界に治癒魔法を行える人はほとんどおらず、エステルは負傷者を全員治癒できるほどの魔力も残っていなかった。
近隣から増援が到着する頃には既に手遅れだった者が多かったようだ。
生き残りはたったの数十人。
皮肉にも数十人の中に俺たち全員が含まれている。
現地兵や輜重隊もほぼ全滅。
調査隊を率いていたオルガンも亡くなってしまった。
「カケル様が目覚めたと報告しなければなりませんので、こちらで失礼致します」
事の顛末を説明し終わったエステルはユズハと共に出て行った。
隠しきれない目の下の隈は、彼女の精神状態を表している。
俺が意識を取り戻すまでほとんど寝ておらず、今回の事を気に病んでいるようだと後から聞かされた。
「この腕もエステルが治してくれたんだな」
失ったはずの左腕が元通りになっていた。
まだ上手く力は入らないが、そこにあるだけで十分だ。
「カケルと私を助けて、エステルは倒れちゃったんだって」
「そうだったのか。ところでいつの間に呼び捨てに?」
「良いって言われたから。カケルが寝ている時に色々あったのよ」
それ以上は「秘密よ」とのことらしい。
色々の中身が気になるので、いつか聞きたいものだ。
「サーシャの今後も考えないとな」
「わ、私は一生ここで暮らしてもいいわよ?」
「不健全だろう・・・」
年若い乙女のニート宣言に不安を覚える。
サーシャ育成計画が必要になりそうだ。
「カケルさえいればわた」
「お兄さま!!!」
「ぴっ!?」
彼女の言葉を遮るようにバンッと部屋の扉が開け放たれた。
現れた人物にサーシャが悲鳴を上げる。
「会いに来ちゃった!」
可愛い義妹(仮)が勇者邸に乗り込んできたのだ。
「ど、どうしてここに」
勇者邸に人が入ることはほとんど無い。
エステルが許さないし、例え侵入しようとしても強力な門番がそれを止める。
アンジェも例外ではない。
「会いたかったから?」
俺の内心を知ってか知らずか、彼女はちょこんと小首を傾げた。
(とにかく可愛い。いや、そんなことよりも)
「どうやって入ったの?」
「愛のちから?」
「そうじゃなくて・・・」
「何でもいいの!それよりも!」
俺への回答ははぐらかし、飛びついてくる義妹。
それを何とか受け止めると、彼女の重みを感じる。
(前より重くなった?)
レディに対して体重のことはご法度なので口には出さない。
「えへへー、あったかい」
「そ、それは良かった。あのさ、聞いて欲しいことがあるんだけど」
一瞬サーシャの方に目をやると、部屋の端で体育座りをしていた。
なんだか可哀そうになってくる。
「いーやー。・・・ちゅっ」
「ふへ」
俺の顔はすぐさま切り替わり、気持ち悪い声が出る。
義妹からの愛情表現はあの時以来だ。
「ちゅっ・・・んーちゅっ」
「・・・ぐふ」
何度も何度も彼女はそれを繰り返す。
(この子はまさか・・・キス魔!?実在していたなんて・・・)
自分でも分かるくらいに歪んだ顔をしながら、その行為を受け止め続ける。
「・・・」
ジト目をしているサーシャと目が合ったのは数分後のことだった。
(いかんいかん。このままでは・・・!)
もう手遅れ感満載の状況で、俺はようやく責務を思い出した。
「そろそろ、ね?」
「えー、せっかくこわーいお姉さまがいないのに」
そうはいいつつも、アンジェは俺から離れた。
この子分かっててやってたの。
いや違う。彼女は純粋な天使なのだ。
聞き分けだって良い。
「サーシャのことなんだけどさ。実は・・・」
俺は小さいほうの姫様に、サーシャについて話した。
もちろん、俺が弱い事などの隠すべきことは隠してだ。
「・・・てことで、今後どうしてあげたら良いかなと」
アンジェは「んー?」とか「へー」とか分かっていない様な感じで俺の話を聞いていたが、返答が求められていることを理解すると、ゆっくりと口を開いた。
「それなら簡単だよ!サーシャをお兄さまの騎士にしちゃおう!」
「騎士に?」
「そう!わたしはサーシャの事を信じてるし、白薔薇騎士団にいてもいいと思ってるんだけど、政治的?にダメみたいだし。サーシャも居づらいから困ってるんだよね?」
勇者に騎士をつけるなんて思いつかなかった。
パーティという概念に固執していたのだろうか。
「自分のミスの責任を取って騎士団を辞めたけど、お兄さまの命を助けた功績でまた騎士にするの!お兄さまが相手だったら誰も文句は言えないし。言わせない」
アンジェの「言わせない」には強烈な冷気が籠っていた。
彼女もやはりエステルの妹なのだろうと、背筋が冷える。
「それで周りは納得するかな?俺の力を疑っている人もいるし」
この国は一枚岩では無いことはエステルから聞いていたし、自然教の暗殺者もこの国の誰かの仕業かも知れない。
しかし、俺の心配を他所にアンジェは「どうして?」と首を傾げた。
「今のお兄さまは救国の大英雄なんだよ?」
「え、どういうこと?」
「モンスターの大群を撃退して、姫を守り、湧き場を消滅させた勇者!お兄さまはこの国を救った英雄なの!」
知らない間に凄いことになっていた。
モンスターを撃退した数はエステルのがよっぽど多いし、湧き場を消滅させたのは多分女神様。
俺の実力を知った兵もあの中に。
(そうか、生き残りが少なすぎたから・・・)
エステルに修復して貰った左手に力が入る。
この手には本来英雄として語られるべきだった沢山の命が乗っている。
正しい情報が伝わらず、その功績のほとんどが勇者のモノなのか。
(きっと恨まれるだろうな)
死んでいった者には家族だっているし、仲間もいる。
一部には最初から本気を出さなかったと俺を責める者もいるだろう。
そこは甘んじて受ける覚悟だ。
俺は最初から本気だったが、色んな意味で勇者は目立つ。
良いも悪いも受け止める責任がある。
「救国の英雄はおいといても、周りが納得するならそれが良いか」
「うんうん。サーシャもお兄さまの傍にいた方が幸せだと思うの」
「ごめん、俺がしっかりしていれば」
彼女からサーシャを奪う形になったのは俺の浅慮な行動からだ。
「ううん。わたしも悪かったの。お兄さまのこと沢山話しちゃったから」
アンジェは未だ体育座り中のサーシャを見た。
「サーシャ。お兄さまの傍で幸せになってね。きっと大切にしてくれるから」
「あんじぇりがさまぁ・・・」
「よしよし」
彼女は大泣きし始めたサーシャの傍にぱたぱたと駆け寄って抱き締めた。
「ごめんね。わたしが悪かったの」
「ぢがいますぅ・・・」
2人の姿に俺も貰い泣きしそうになる。
「わたしの大事なお兄さまを助けてあげてね」
サーシャを慰める彼女の表情はとても大人びて見えた。