闇夜の決戦
深夜、湧き場周辺は喧騒に満ちていた。
俺の一言で急遽総動員された兵士たちだが、混乱はしていない。
「もっと明かりを焚け!視界が悪い!」
「層が薄いわ!偃月の陣を組みなさい!前衛は大楯に持ち替えて!」
オルガンとアンバーが下知を飛ばしている。
湧き場を包囲していた陣形から、馬車を本陣とした陣形に変更。
高所から指示を出すために、馬車は草原の中に無理やり運んだ。
「カケル様!状況は!?」
「近づいてきているのは分かる、でもどれくらいで来るかは」
「・・・何が起きていますの」
戦闘服に着替えたエステルは、湧き場を見て言葉を失った。
亀裂だったそれは大きく開き巨大な口の様になっている。
不気味に心臓の様な鼓動を繰り返し、バチバチと稲妻が走る。
「エステルでも分からない?」
「は、はい。活性化することはありますが、あれは・・・」
「・・・撤退した方が良いと思う」
明らかな異常事態だ。
エステルが焦るなら、なおのこと撤退するべき。
調査隊は訓練されているとはいえ750名程度。
現地部隊と合わせても足りるとは思えないし、輜重隊はほとんどが軽装だ。
「で、できませんわ。周辺の村や町に被害が・・・」
「それでも危険だ!」
「・・・もし、一度でも溢れさせてしまえば、対処するまでにどれだけの国民が犠牲になるか」
今逃走すれば、ここにいる皆は助かる。
しかし、制御を失ったモンスターが近隣を荒らし回り大きな被害が出る。
そして討伐が完了するまで、それは止まらない。
言いたいことは分かるし、真っ当だ。
『ガガガガガガガガガガガガガガガガガ』
「クソッ!俺は何もできないのか!」
「カケル様。あなたのお陰で事前に準備が整えられたのです」
「でも、それだけだ」
「・・・弱音を吐くのはお止めなさい」
自問自答をしようとした俺を、エステルは叱った。
「エステル・・・」
「ここは戦場なのです。それに、勇者が弱気でどうするのですか」
「・・・そうだよな。ごめん」
出来ないことを考えるのではなく、出来ることをする。
分かっていたはずなのに、俺はまた。
頭を振って気持ちを切り替える。
エステルが退かないと決めた以上、俺はそれに従う。
「姫様!陣が整ったわ!」
「ありがとう、アンバー」
気付けば、戦闘態勢が整っていた。
姫様が前に出て兵を見渡す。
「ガレリアの騎士の皆様、聞いてください」
辺りが静まり返り、松明のぱちぱちという音だけが聞こえる。
「わたくしは、あなた方と、ガレリアの剣であり盾である騎士と一緒に戦えることを光栄に思います。今、わたくしたちは窮地に立たされようとしています。敵の種類も、規模も分からない、危険な状況です」
その言葉にざわめきは起こらない。
ここにいる全員が、エステルの言葉を一心に聞いている。
「しかし、わたくしたちは退くわけにはいきません。ここで退けば、ガレリアの民が犠牲になります。民を守るため、戦うのです」
一部の兵が頷いている。
彼らの中にもこの周辺の出身者がいるのだろう。
「恐れることは何もありません!ここにはわたくしも、勇者様もいます!」
エステルが一度俺の方を見た。
その瞳には決意の色が浮かんでいる。
「ガレリアの英雄たちよ!このエステリーゼ・リ・ガレリアと共に戦い、そして生き残りましょう!」
「うおおおお!姫様!」
「ガレリア王国万歳!勇者様万歳!」
兵たちの声が地鳴りのように響く。
彼らの声に、怯えや恐怖といった色は無い。
「・・・俺が、できることを」
ここにいる皆と共に生き残るために。
奴らが来たのは、それから数分のことだった。
「魔法部隊!撃てえ!!!」
ズドドドドと遠距離からの十字砲火。
これが開戦の合図となった。
♦♦♦♦
大量の唸り声と、悲鳴が脳内に響く。
頭の中が侵食され壊れそうになるほどに。
しかし、俺は恐怖しなかった。するわけにはいかなかった。
「撃てえええ!近づけさせるなあ!」
ドカンと大型の火球が湧き場周辺に弾着し、爆発を起こす。
開戦から数十分、未だにモンスターの湧きは止まらないが、遠距離攻撃で抑え込んでいる。
「まだ、止まらないのですか」
「・・・まだまだ続くと思う」
「そう、ですか」
何千にも、何万にも重なった音が止まることは無い。
「このままだと、魔力が尽きます」
「魔力の回復はどれくらいでできる?」
「・・・少なくとも、半日は」
「そうか・・・」
つまり、魔法部隊の魔力が尽きれば乱戦に持ち込まれる。
そうなると一気に状況が悪くなってしまう。
ローテーション砲火に切り替えたが、それでも長くは保たないだろう。
「ガーゴイルが出たぞおお!」
「撃ち落せえ!」
地上部隊のみだったモンスターに、飛行部隊が投入された。
ガーゴイルに応戦するのは、弓部隊。
これまで温存していた彼らから発射された矢は、ガーゴイルに刺さり、撃ち落していく。
「・・・強いな」
「ガレリアの騎士ですから」
手すりを握りしめながら、エステルは彼らを見守っている。
「あれは・・・!」
姫様が驚いたように目を見開いた。
額から汗が流れ、焦りの色が浮かんでいる。
その視線を追うと、
「なんだ、あれ」
火球の砲火を突破した巨大な姿がそこにあった。
『グギャオオオオオオ』
大きなハンマーを振り回し、煩わしそうにモンスターの死体をどかしながら進んでくる。
「キングトロル!?」
「くそっ!どうなってるんだ!」
「いいから撃て!奴を止めろ!」
遠距離攻撃の全てがキングトロルに向けられる。
しかし、
『ガアアアアアアア』
人の十倍はありそうなその巨体は止まらない。
「いけませんわ!あれはわたくしが!」
そう言うが早いか、エステルは杖を構えた。
彼女の身長ほどもある杖の先端には赤い大きな宝石が装着してある。
そしてそれが光を発すると、チュドーンとキングトロルが爆発四散した。
その爆発は周りのモンスターも巻き込み、戦況を変える。
「姫様の魔法だ!」
「うおおおお!俺達にはエステリーゼ様がついてる!」
エステルの大魔法に、兵たちの士気が更に上がる。
「・・・マップ兵器だ」
そうとしか言いようがない。
あれほど攻撃を受けても止まらなかった巨体が、姫様の攻撃で一撃。
本当に何とかなるかも知れない。
こう考えるのは、あまりにも早すぎた。
「またキングトロルだ!!」
「グリフォンまで!?」
徐々に大型のモンスターが増え、処理速度が落ちていく。
「本当に、どうなっていますの」
魔法部隊からの砲火が減り、代わりにエステルが穴埋めをしている状況。
俺たちにとっての最強戦力でもあり、切り札でもある姫様が魔力を消費し続けるのは危険な傾向だ。
しかし、大型モンスターにまともに対抗ができるのは最早彼女以外にいない。
「エステル、まだいけるのか・・・?」
「大丈夫ですわ。わたくしは負けません」
気丈に振る舞うが、疲労の色が出始めている。
姫様の攻撃範囲をもってしても、次々と量を増やす敵に押され始めている。
それをカバーするべく魔法を撃つ間隔を狭めているため、消費も激しい。
「・・・あっ」
「エステル!」
そして、来るべく時が来てしまった。
「だ、大丈夫です。まだ」
俺に体重を預けながらも、魔法を撃ち続けるエステル。
しかし、
「大楯を前に!」
いよいよ前衛に敵の手が及んだ。
「槍突けえ!」
最前衛の大楯の間から槍が繰り出される。
大型モンスターを壁にして出て来たモンスターが貫かれる。
この次に起こるのは。
「抜刀!これ以上は進ませるな!」
恐れていた乱戦にいよいよ突入してしまった。
『コロセ!』
「うわああ!」
『ギャギャギャ』
「ぐっ・・・」
誰がどんな声を音を発しているか分からない。
月明かりと松明だけが光源となっている今、戦場の全てを見ることもできない。
ただ一つ分かることは、被害が出始めたということ。
「・・・軍隊」
連携が取れているとまでは言えないが、的確にこちらを削りに掛かっている。
小型でダメなら大型で。
それでも突破できないならより多くの大型を出す。
戦力の逐次投入は愚策だと言われるが、相手が被害を気にしない物量攻撃なら話は変わってくる。
そしてこちらに増援が到着する頃には全てが終わっている。
「なにか、何か無いのか!」
「・・・わたくしが、戦います」
支えていないと立っていられない程に疲れ切ったエステルは、まだ諦めていない。
しかし、これはもう。
モンスターの音に交じり、兵たちの悲鳴が聞こえてくる。
「サ、サイクロプス!?」
「撃たせるな!」
「ぎゃあああ」
ダメ押しとばかりに出現したサイクロプスが、周辺を焼き払う。
それまでなんとか維持していた陣形が、いよいよ崩れ去った。
「エステル!これ以上はもう!」
「・・・彼らを見捨てるわけにはいきません」
「それは・・・」
このままでは彼らは全滅する。
しかし、今ならエステルだけでも。
「・・・ユズ」
「勇者様ぁ!どうか我らをお救いください!」
「お願いします!奴らをどうか!」
「・・・っ」
俺は最弱勇者だ。
できることはもう何もない。
(彼らを見捨てて、俺は勇者でいられるのか・・・)
共に戦うはずの勇者が、一度も剣を交えないで。
戦況は既に目に見えている。
陣形は崩れても、戦い続ける兵士達。
彼らこそが勇者にふさわしい。
「・・・俺は」
選択肢など存在しない。
守るべき対象が、守りたい子が、ここにいる。
「エステル、ごめん。行かないと」
「・・・ま、待って」
「ユズハ、頼む」
後の事をユズハに託すと、俺は姫様をゆっくりと寝かせた。
「お願いします。行かないで」
「最後くらい勇者らしいところ見せないとね」
涙を流すエステルに、出来る限りの笑顔を見せてから走り出した。
「カケル様!?嫌です!まだ何も・・・!」
聞こえないフリをして、階段を駆け下りる。
馬車の上から飛び降りたい気持ちはあったが、脚を骨折でもしたらたまらない。
(怖い。死にたくない。帰りたい・・・でも)
エステルを守りたい。
それにユズハなら無理にでも姫様を逃がしてくれるはず。
(勇者は志半ばで倒れるも、姫の命を守りました。なんて)
こんな伝説があっても良いと思う。