何事も無く、終われば良かったのに
モンスター掃討に暗殺未遂にサーシャ自殺未遂。
初めての外出で、あまりにも濃いイベントが続いている。
未だに『湧き場』に到着すらしていないのに、この先どうなるのだろう。
そんな心配が嘘のようにあれから特に何事も無く、もうすぐ目的地に到着する。
「サーシャ。わたくしへの敬意が足りないのではなくって?」
「関係ないわ!カケルが守ってくれるんだから!」
「・・・カケル様」
「は、はい」
何事も無いは語弊があった。
エステルとサーシャは四六時中ぶつかっている。
姫様の言い分がもっともで、赤髪の騎士がおかしい。
「こないだまでちゃんと敬語使えてたでしょ」
「私はもう騎士じゃないし、カケルが守ってくれるって言った」
「それはそれ、上の人には敬意を持って接しないと」
「嫌よ」
もうずっとこんな調子で、俺の言う事も聞いてくれない。
「わたくしは、き、気にしませんが、これでは城に戻っても」
姫様は口元を引き攣らせているがサーシャに対しては一度も怒っていない。
代わりに怒られるのは俺。
「ご、ごめんエステル」
「・・・か、カケル・・・さま」
ちなみに彼女は俺を呼び捨てにする練習をしている。
恥ずかしいのか、成功はしていない。
「ねぇ!どうしてカケルが謝るの!」
「・・・君の保護者だからです」
「ふ、ふーん。そうなんだ。誰も頼んでないけど!」
「・・・」
「む、無視しないで?ね?ごめんなさい・・・ひぐっ」
あーあ、泣いちゃった。
この子は強気に言う割に、強く言われたり無視されたりすると泣いてしまう。
サーシャに説教ができない理由がこれだった。
「な、泣かないで。ゆっくり覚えればいいから」
「迷惑なんだよね。私がいるからいけないんだよね」
「そんなことないから」
「うぅ・・・ぐす」
余計泣いてしまった。
棘がある言い方だっただろうか。
「だいじょうぶ、ですか?」
こんな時にリンちゃんはサーシャの世話をしてくれる。
「この子の情緒は一体どうなっているのですか」
「お、俺にもさっぱりで」
エステルには鏡を渡したい気持ちだ。
情緒のおかしさで言ったら全然負けてない。
「とにかく、彼女の振る舞いには出来るだけ目を瞑りますので」
「助かるよ。ありがとう」
「・・・はぁ。あなたに預けたのはわたくしですから」
憂鬱そうに頬杖をする姫様。
会議の場で決めたことを覆すことは、彼女の矜持が許さないのだろうか。
「何かサーシャには優しい」
「はい?」
「いや!何でもないっす!」
へえこらと頭を下げる俺。
姫様が他人に見せる顔をもう少し向けて欲しいものだ。
「そろそろ到着です。ご準備ください」
「よ、よーし。頑張るぞ」
「勝手な行動は?」
「しません」
「良い子ですわ」
よしよしと頭を撫でられて、思いがけず嬉しい気持ちになる。
俺の心はどこまで改造されてしまうのだろう。
それとも、もう。
「・・・帰ったら、同棲・・・ふふ」
考え込んでいるカケルの横で、一人呟くエステルだった。
♦♦♦♦
カモロー平原。
王都の北東に位置するこの場所が今回の目的地。
(カモろう・・・モンスターをカモる・・・へへ)
内心で誰にも披露できないギャグを思い浮かべながら外へ出る。
「あれが、湧き場なのか」
広大で遠くまで見渡せる平原に、亀裂のようなものがある。
亀裂というには大きく、空間が歪に切り取られたようで、どこまでも暗い。
呼吸でもしているかのように大きさを変え、吸い込まれそうな印象すら受ける。
「なんか気味悪い」
「カケル様は初めて見るのでしたね」
「うん。どんな仕組みでああなるんだろう」
「詳しいことは何も分かっていません。出口らしいとしか」
隣に立ったエステルは「出口らしい」と言った。
「つまり、一方通行?」
「恐らくは。何度か調査に入ろうとした記録はあるのですが、成功はしていません」
「不思議空間かぁ」
経験則で言うと、この空間は恐らく別の異世界に繋がっている。
ただし一方通行らしい。
召喚というよりは、ワープだろうか。
どちらにしても、こちらからアクションがかけられないのは厄介だ。
向こうに行けさえすれば、最強勇者が一掃して終わりなのに。
(まぁ、最弱なんですけどね)
俺は今できることをしよう。
「ここに砦を建設するんだっけ?」
「危険度が高ければ、そうなります。モンスターの種類や量によっては、国が管理したうえで冒険者に討伐を委託したりもしますわ」
エステルによれば砦を建設した例は数か所だけらしい。
モンスターから採れる資源も貴重なため、基本的には野ざらし。
ちなみに砦がある場所は、とにかくリスキルが行われているようだ。
高所からの遠距離攻撃で殲滅。
人的資源が限られている以上、正しい選択だろう。
「俺たちは何をするんだ?」
湧き場の近くでは既に陣形が組まれ、輜重隊による野営地の建設も始まっている。
『ぴぎゃ』
『ぐぎゃああ』
さっきから点々と湧いては餌食になっているモンスターの叫び声が聞こえて気持ち悪い。
「特にすることはありませんわ」
「そっかぁ」
「ですが、一度はカケル様の実力を見せる必要があります」
「沢山練習したからな!」
勇者邸で散々練習したファイヤーランス。
実際はエステルがデスビームを発射するだけ。
それでもせっかく練習したのだから、お披露目はしたいところ。
「カケル様、わたくしに何か言う事は?」
「へ?」
「・・・もう!」
エステルは俺から一歩離れて、じっとこちらを見た。
(あぁ、そういうことか)
今の姫様は、普段と違う格好をしている。
俺の鎧と同系色のいわゆるドレスアーマー。
「似合ってる。可愛いよ」
「なんだか雑ですわ」
「・・・やっぱり丈が短いと思う」
動きやすさ重視なのか、普段のドレスよりも丈が短い。
膝上5センチくらい。
「心配ですの?」
「見えたらどうするのさ」
「ふふ、大丈夫ですわ」
その場でくるりと一回転して見せる姫様。
確かに固定されているようで、中が見えることは無い。
それでも、脚が。
どうにもモヤモヤする。
「・・・似合ってますか?」
「凄く似合ってます」
馬車の中でも散々と言った誉め言葉。
もうバリエーションが無いくらい出したが、俺が褒めるたびに嬉しそうな顔をしてくれる。
俺の鎧と一緒に作ったらしいエステル専用アーマー。
姫様の魔力が尽きない限りあらゆる攻撃を無効化する特別製。
この世界でもひと際魔力量が多い姫様が着れば、まさに絶対守護領域。
国崩しでも簡単にできそう。
「今のエステルに触ったら何も感じないの?」
「ふふ、試してみますか?」
「ん、んー。あ、後で少し・・・」
小悪魔スマイルを向けられて、ドキッとしてしまう。
姫様スマイルコレクションの中でもかなりレア。
結局この日は何も起きなかった。
ぽつぽつと出る程度のモンスターは、当然のごとくリスキル。
もちろん俺の出番も無し。
物足りなさよりも安心が勝った俺は正常のはずだ。
♦♦♦♦
「空が広い気がする」
夜、一人で馬車の上にいる俺は夜空を眺めていた。
明日で調査も終わり。
この調子ならモンスターを討伐する機会は無さそうだ。
『リヴィアさん』
『なによ』
『呼んでみただけ』
『きもちわるいっ。暇だったんだけど』
『この機能追加したの暇だったからなの?さみしんぼうめ』
そう言うと、ブチンと通信をシャットダウンされてしまった。
「リヴィアさん」
「なに」
今度は映像付き通信を行うと、ちゃんと返答してくれる女神様。
「最近調子どう?」
「友達じゃないんだから。誰かさんのせいで暇だったくらい」
「すいません。でも直接話すには機会が無くて」
テレパ通信があることを知らなかったから仕方ない。
周りに人がいる中でべらべらと独り言を話せるほど、俺のメンタルは強くない。
「まぁ色々あったみたいだし、今回は許してあげる」
「ありがたき幸せ」
「カケルは今の人生楽しめてるの?」
「楽しい、のかな。一日が長く感じます」
「そう。良いことじゃない」
楽しいと一言で片付けられる程、甘い時間では無かった。
どちらかというと辛くてしんどい時間の方が長い。
良いことと言えば、周りの女の子たちの外見が可愛いのとお風呂くらい。
「まぁ、充実はしてるのかなぁ」
「前の世界より?」
「んー。そうかもしれません」
ただ単に最強だった勇者カケルの人生も楽しかった。
敵を片っ端からなぎ倒し、魔王も真っ二つ。
あれはあれで爽快感があった。
結末は悲惨なものだったけど。
「何か嫌な事思い出した」
「かわいそうに」
「リヴィアさんのせいですからね!」
あの黒歴史映像さえ無ければ、綺麗な思い出のまま終わったのに。
終わってないか、未練たらたらだったもの。
女神様は「かわいそう」と言う割にはニコニコで、プリンを食べている。
「甘党になったんですか」
「イギリスのお菓子らしいわ」
「へー、知らなかった」
「賢者は歴史に学ぶのよ」
「ドイツ繋がりでしょ」
俺が突っ込むと女神様は笑顔でとぼけた。
以前はまっていたバウムクーヘンがドイツのお菓子。
ドイツ繋がりでビスマルクの名言。
「最近、私も一日が長いの」
「リヴィアさんにもそんな感情があるんですね」
「今までこんなこと無かったわ。カケルのせい」
「えぇ、酷い」
悠久の時を生きる女神様が、一般人のせいにするなんて。
「気になってたんですけど、女神に寿命ってあるんですか?」
「・・・無いわ」
「それは、また暇つぶしを考えないとですね」
「そうね」
この話題は良くなかったのか、女神様は素っ気なくなってしまった。
今度はボードゲームでも教えてあげようかな。
一人だと微妙か。
「俺の秘密の遊びを・・・?」
その時違和感を覚えた。
脳内に微かに響く音。
『グガ、ガガガ』
段々と大きくなっているような。
『ガガガガガガガガガガガガガガガガ』
「え!?なに!?」
「・・・来たのね」
「も、モンスター?」
「行きなさい、早く!」
「は、はい!」
女神様が珍しく声を荒げる。
俺は急いで通信を切り、湧き場の方を見た。
『ガガガガガガガガガガガガガガガガ』
その音は確かにその方向から。
何十にも、何百にも、何千にも重なって聞こえる音。
亀裂が大きく呼吸をする度に、その音は大きくなっていく。
「ユズハ!」
「は、はい勇者様」
「急いでエステルを起こしてくれ!それと敵襲の合図を!」
「か、かしこまりました!」
どこから現れたか分からないユズハに指示を出すと、俺も一度馬車に戻った。
やはりメイドの耳はとても良い。