真の脅迫とは
「あなたに任せたわたくしが愚かでした」
「で、でもとりあえずは無事だったと言いますか」
「・・・はぁ」
「ごめんなさいでした」
サーシャを無事保護することに成功した勇者カケル。
現在はエステルからお小言を頂戴している最中。
「アンジェにどう説明するつもりですか」
「えっとぉ・・・俺も思いもよらない結果でして」
勇者カケルは非情にもサーシャの家族を人質に取るが、それは彼女自身のためだった。
こういうちょっと裏の側面を出すイメージだったのに。
「言い訳しかできないなら、人の言葉は必要ありません」
「はい・・・」
「どうせあの子が可愛いから中途半端な事をしたのでしょう?」
「いや!それは」
「それは?」
「・・・り、良心が痛んでしまって。いたぁ!?」
穴が空きっぱなしの右手を叩かれて涙目になる。
馬車に戻った俺を待ち受けていたのは、苦痛の延長戦だった。
エステルが隣に座った時は治癒してくれるんだろうなと思っていたが、いつだって考えが甘い。
「カケルを虐めないで!」
そうサーシャが言うと、隣の姫が雷に打たれたような顔をした。
「いだ!?痛い!え、エステル様!」
「よ、よよ、呼び捨て・・・?ねぇ、カケル様」
「ひぃ!」
久しぶりな気がする、エステルのヤンデル瞳。
宝石のような碧い瞳のはずなのに、ドス黒く見える。
「ダメ!カケルは弱いんだから!」
「ぎ、ぎゃああ!サーシャはちょっと黙ってて!!」
「・・・裏切り、わたくしを裏切った」
「違うんです!これには訳が!」
リンちゃんが巻いてくれた布が赤く染まるのもお構いなしに、エステルの指がぐりぐりと傷口を刺激する。
また貫通をさせるかの勢いに戦慄する俺。
「ゆ、ユズハさん!助けて!」
「・・・」
「ひぇ」
めちゃくちゃ睨まれた。
ユズハは無言で冷たい顔を俺に向け、なんなら瞳が光りかけている。
懐から暗器でも出しそうだ。
「・・・ぐすっ、ごめんなさい」
あ、サーシャが泣いちゃった。
俺の「黙ってて」が効いてしまったのか。
ガラスよりも割れやすく、豆腐よりも柔らかいメンタル。
「もう、死にましょう。カケル様を殺してから」
「お願い!話を聞いてください!いだいからぁ!」
「・・・ふふ、怖くないから大丈夫ですわ」
その言葉を聞くと、ユズハが短剣を取り出して近付いてくる。
「ひぃ!ユズハさん!考え直して!」
「大丈夫です、勇者様。痛くないですよ」
「り、リンちゃん!助けて!」
一人のんびりとお菓子を食べているリンちゃんに助けを求める。
こんな時でもマイペース。
「・・・ユズ姉」
「手出し無用です」
「ごめん、なしゃ・・・さい」
「しょ、しょんな」
俺にぺこりと頭を下げて、お菓子タイム再開。
もぐもぐと食べる姿が愛らしい。
(そんなん思ってる場合ちゃう!死んじゃう!)
無表情で右手を攻撃し続ける姫。
泣いているサーシャ。
暴走しかけてるユズハ。
『勇者カケルの物語は終わってしまうのでした』
『の、脳内に直接!?』
リヴィアさんから無意味な通信が入った。
死に際で新機能。
『た、助けてください!』
『大丈夫、死んだら私の所に来るだけだから。もぐもぐ』
『何食ってんだこんな時に!?』
俺がピンチだというのに、のんきに何か食べている。
きっと炬燵に入って笑顔で眺めているに違いない。
どいつもこいつも「大丈夫」って、なにも大丈夫じゃない。
「さぁ、勇者様。最後のお言葉を」
「待って!タイム!」
「タイム?」
「一旦冷静に」
「・・・カケル様。最期くらい冷静になってください」
ダメだ、とりあえず逃げるしかない。
逃げるってどこに、どうやって。
エステルを振り切って、窓の方から出て。
(むり!この人たちから逃げられる気しない!)
姫様のビームで一発昇天。
「ぐすん、じにだぐないよぉ」
「・・・あらあら、お可哀そうに」
失禁しそうな程の恐怖で泣き出した俺を、優しく撫でるエステル。
慈愛に満ちた行動と、ピクリとも動かない表情。
「もうなんでもずるがら、ゆるじでぇ」
「・・・なんでも?」
「なんでもぉ」
なりふり構わず泣きながら「なんでも」と口にする勇者。
「二言はありませんわね?」
「ないでずぅ」
「ふふ、もういいでしょう」
「・・・え?」
エステルがフッと表情を和らげると、右手が光に包まれる。
「なんでもの対象は、ユズハとリンも含まれますか?」
「う、うん!」
「良かったですね。二人とも」
「ど、どういうことですか?」
状況が掴めずきょろきょろと周りを見る。
ユズハの手にはもう短剣は無い。
「姫様。こんな事はもうお止めください」
「ユズハも怒っていたでしょう」
「それは、そうですが。勇者様が可哀そうです」
ため息をつきながら答えるメイドさん。
つまり、これは。
「え、演技だったの・・・?」
「少し違いますわ。これは、あなたへの罰です」
「罰・・・」
「わたくしたちを傷付け、いたずらに情報を流した罰。カケル様でなければ、この程度では済まされませんわ」
彼女たちは俺を信用して、サーシャの件を任せてくれた。
それにも関わらず、重大な秘密を勝手に話し、また迷惑を掛けたのだ。
せめて相談くらいはするべきだったと、そう言いたいのだろうか。
「・・・ごめん」
「許しません」
「うん」
「なので、これからは独りで勝手な事をしないでください」
「約束する」
変わりたくて、責任は自分で果たそうとした。
しかし結局一人では何もできなかった。
「・・・悔しい」
「カケル様は十分頑張っていますわ。大丈夫です」
立ち上がったエステルに優しく頭を包まれる。
暖かく、鉄の臭いがした。
「怖かったですか?」
「うん。もうダメかと思った」
「・・・カケル様としたいことが沢山ありますの」
「何でもする」
「ふふ、期待してますわ」
報連相の大切さが身に染みる。
最強勇者だったころも、人知れず心配や迷惑を掛けていたのだろうか。
過ぎ去った時間は戻らない。
「・・・あの子を殺した方が早いですもの」
「え・・・?」
「何でもありませんわ」
「そ、それはやめ、むぐ」
エステルは胸を押し付けて、俺の言葉を塞ぐ。
今後は鉄の臭いはしない。
「・・・大丈夫ですわ。まだ」
姫様の「まだ」が一生来ないように、努力するしかない。
甘い匂いに包まれているからか、心臓の鼓動はしばらく収まらなかった。