メイドの言う事は聞いた方が良い
「んん、寝てたか」
エステルを寝かしつけている間に眠ってしまったようだ。
ご飯中も離れないから大変だった。
ちなみにユズハが食べさせた。
「・・・すぅ」
同じベッドで眠る姫様は、穏やかな寝息を立てている。
手は出していない。
お互い同意でない行為に意味は無いのだ。
『一緒に寝てくれないの?』
こう言われて、確かに小さくガッツポーズはした。
しかし俺は紳士。
ぎゅっと握ってくる彼女の手に欲情はしない。
「カケルさま・・・」
どうやら寝言らしい。
夢に出るくらいには、俺の事を考えているのだろう。
あまり心労を掛けないようにしなくては。
(綺麗な唇だよな・・・)
小さく開かれたエステルのそれに吸い寄せられそうになる。
「いかんいかん」
頭を振って邪心を振り払う。
「ごめん。おやすみ」
ゆっくりと彼女の手をほどくと、俺は夜風に当たることにした。
これ以上この場にいると、心の狼でも出そうだ。
「はぁ・・・危ない危ない」
「勇者様」
「ひっ、ユズハ・・・」
今までどこに潜んでいたのか。
メイド様が暗がりから顔を出した。
「ごめん、また起こしちゃったか」
「問題ありません。どこかへ行かれるのですか?」
「ちょっと散歩に行こうかと」
「もう遅いですし、お休みになられたほうが」
意外にも反対されてしまった。
勇者邸でも無いし、心配なのだろうか。
「周りは兵士だらけだし、そんなに遠くには行かないからさ」
「ですが、私もついて行けませんし」
「・・・ダメ?」
ユズハの登場によって、心の狼を鎮めるという本目は達成していた。
せっかくだから外を見て回りたいのだが、無理強いはできないか。
「はぁ・・・少しだけですよ?」
「やった!ありがと」
俺はお菓子を買って貰えた子どもの様に喜んだ。
勇者がメイドに許可を取る構図は果たしてどうなのだろう。
「エステルのこと頼むね」
「かしこまりました。お気をつけて」
一人で夜道を歩くのなんて、初めてだ。
多少の高揚感と共に馬車の扉を開け放った。
♦♦♦♦
外に出ると、想像よりは暗いようだ。
各所に松明が設置されており、パチパチと音を立てているが明かりはそれだけ。
勇者邸の中庭の方が明るいくらいだ。
野営地は、馬車を中心に円形に展開している。
馬車が大型すぎるゆえに街道沿いにしか停泊ができないため、防衛を考えるとやや不安が残る配置のようだった。
周囲には森もあるが、モンスターの声は聞こえない。
「普通の索敵スキルが欲しいよ・・・」
次の戦いもあの悲鳴が聞こえると思うと憂鬱だ。
「これは勇者様!見回りありがとうございます!」
「あぁ、襲撃があるかも知れないからな」
流石に衛兵がかなりの数配置されているようで、何人にも声を掛けられる。
その度に最強勇者的振る舞いをする俺。
まぁいざ襲撃があったら馬車に帰るけど。
適当に「俺は姫の元へ行く!」とか言えば大丈夫。
(なんかトイレ行きたくなってきた・・・)
火を見たからか、今日一度も行ってなかったからか。
小さい方を催してしまった。
「まだ散歩したいし、そこら辺でするか」
馬車にも完備してあるが、静かな夜に小水の音を響かせるのは恥ずかしい。
ユズハも起きてるし。
(最悪スキルで接近は分かるから大丈夫だろう)
遠くへ行くなと言われたが、モンスターの気配が無ければ問題なし。
「この辺だと、森かな。精霊とかいたりして」
気分はすっかり冒険者。
精霊種がいると知っているからか、足取りも軽い。
(もし精霊女子がいたらどうしよう。いたらいいな)
こんな妄想をしていたら、あっという間に森の入口に着いてしまった。
途中にも兵士はいたが、ここまで来るとさすがに見えない。
「見回りお疲れ様です!」
モブのように似たような言葉を並べる兵士達。
誰も俺の行動に疑問を持たず、顔パス状態だった。
勇者って凄い。
さすがは他人の家のタンスを漁っても許される役職だ。
「なんだか懐かしいな」
前の世界では野営が当たり前だった。
パーティメンバーと小さな火を囲んだ日々が懐かしい。
もちろん、千人もの大所帯では無かったが。
森に入っても恐怖は感じない。
人が出てきたら驚きはするが、最強勇者時代で夜は慣れている。
「まぁこの辺でいいか」
ある程度森を進むと俺はポジションを確保した。
ザザァと葉が音を立て、木々が揺れる。
「・・・?」
今、何か影が見えたような。
気のせいだろうか。
耳を凝らすが、特に変な音は聞こえない。
スキルも反応していない。
(は、早く済まそう)
慣れているとはなんだったのか。
急速に恐怖心が芽生え、ベルトを外しに掛かる。
「ふんふーん。勇気が―出るー」
怖さを紛らわすため、生前の記憶から音楽再生。
「誰かいるのか!?・・・なんてね」
適当に木の上を睨みながら声を出すが、当然返答は無い。
あったら怖い。
そして、ようやくベルトを外し終えるとパンツを下ろそうとした。
「・・・!?な、なんだ!?」
プスッと首筋を何かに刺された。
蜂でもいたのだろうか。
「いつっ・・・あれ・・・」
ガクンと身体の力が抜け、膝をついてしまう。
「も、モンスター・・・?」
特殊言語知覚は何の反応も示さない。
身体が上手く動かせないながらも、周囲に目を凝らす。
「だ、だれかいるのか・・・」
「こんばんは、勇者」
正面から、ローブに身を包んだ何者かが現れた。
声からすると男性だろうか。
(毒か!?くそっ!!助けを!)
「・・・ぁっ!・・・っ!?」
大声を上げようとしたが、上手く音が出せない。
毒が既に回り始めているのだろう。
神経毒の類だろうか。失敗した。
「わざわざ馬車から離れてくれて助かりましたよ。あれは厄介ですから」
「なぜ、俺を・・・」
「それを知る必要はないでしょう。これから死ぬのだから」
死ぬ。どうやら目的は俺らしい。
気付くと周囲にいくつもの気配を感じる。
「勇者と言えど、毒は効くんだな」
「さっさと済ませよう」
背後から別の声が聞こえた。
(まさかゲームオーバー!?死にたくない!)
身体は上手く動かない。大声は出せない。
それでもせめて何か。
(・・・エステル)
ここで死ぬか、汚名を着てでも生きるか。
走馬灯に近い映像が流れると、真っ先に姫様の名前が浮かんだ。
もし俺が死んだら、彼女は後を追うのだろうか。
(それは、嫌だな)
最弱バレしようとも、俺のせいで死んで欲しくない。
ふらふらと右腕を前に出した。
「・・・っ!」
その光景に、周りの気配がたじろぐのを感じる。
俺は頭の中に天秤を思い浮かべた。
想像するのは、今朝見た信号弾。
つまり『ファイヤーボール』だ。
ガチャガチャと天秤が揺れ続ける。
「くそっ・・・」
毒のせいか上手くバランスが取れない。
「・・・ここで死ぬわけにはいかないんだ」
前に出した腕を、上に掲げる。
「こいつ!止めろ!」
意図に気付いたのか、気配が近づいてくる。
「ファイヤーボール・・・!」
大してバランスが取れないまま、魔法を発動した。
「驚かせやがって!」
火球になるはずのモノは、発動しなかった。
ぷすんと煙を上げて消えたそれを、俺は茫然と見つめるしかない。
(ここまでか・・・)
最弱らしい終わり方だ。
気配はもうすぐ傍まで来ていた。
「ぎゃぁ!」
「だ、誰だ!?ぐぉ!」
終わりの代わりに、周りから小さな悲鳴と困惑が伝わって来た。
「・・・なにが」
ガキンと何かがぶつかるような戦闘音と悲鳴。
月明かりが森に差し込むと、状況が見えてくる。
「くそ!!」
「どこに消えた!?うっ・・・」
10人以上はいるローブ姿と、誰かが戦っていた。
(ユズハ・・・?ともう一人・・・)
万能メイドのユズハと、忍びの様な姿が目に入る。
彼女たちは次々と敵を倒しては、移動を繰り返す。
「とにかく勇者だ!殺せ!」
「・・・っ!」
大勢が決したと見た彼らは、瀕死の勇者に標的を絞った。
どこの誰に恨みを買っていたのか。
最早立ち上がることもできない俺は、反撃すらできない。
ユズハ達が急いで寄ってくるが、間に合いそうもなかった。
(今度こそ、終わりか。ごめんユズハ)
言うことを聞かない俺を許してくれ。
「・・・ぐふっ」
ザクリと刺さる音と共に、血を吐く声を出した。
「あれ?」
それは俺の真後ろからだった。
刺されたのは違う人。
「何なのこいつら!大丈夫!?」
「さ、サーシャ・・・」
赤薔薇騎士団副団長殿の声がした。
どうやら助けられたらしい。
(普通逆じゃね・・・)
勇者がピンチの仲間なりヒロインを救う展開。
それなのに、この状況ときたら。
次々と現れる女の子たちに守られるだけ。
死にかけながらも、情けないと思ってしまう。
「・・・っ!?ぐぅ・・・!」
毒とは恐らく違う痛みが全身を襲い始めた。
知っている痛みだ。
(マナ流入・・・やっぱりさっきのが)
適当に放った魔法が、やはり跳ね返って来た。
「うぅぅ!」
俺は必死に腕を噛んだ。
ここで下手に痛がったら、他の人間に見られたら。
ユズハの頑張りすら無駄になってしまうかも知れない。
最弱勇者のせめてもの抵抗だった。
「ど、どうしたの!?なにがあったの!?」
「・・・っ!!!」
サーシャが驚きながら声を掛けてくるが、それに返答はできない。
「勇者様!!」
「え、えすてる・・・を・・・」
情けない姿だが、後はユズハに任せるしかない。
痛みを堪え続けた俺は、そのまま意識を失った。