表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/66

飽和攻撃

「遅い!何してたのよ!」

「わ、悪い」


 急いで馬車の屋上へ行くと、サーシャの罵声に迎えられた。

 エステルともユズハとも違う対応で何だか新鮮だ。


 アンジェも敬語ではないが、サーシャはより友達感がある。


「何か見えた?」

「まだ何も、ほんとにいるんでしょうね?」

「・・・多分」


 確信は無いが、自信はあった。

 未だに『コロスコロス』と聞こえ、段々と距離が近くなっている気がするからだ。


 薬物でもやっていれば話は変わるが、俺は健康体だ。


 (ダーツの外れスキルが役に立つとは)


 『特殊言語知覚』 


 モンスターの声が聞こえる無駄スキル。

 女神様が調子よくダーツを投げる姿が目に浮かぶ。

 まさか索敵で使えるなんて思いもよらなかった。

 良いスキルじゃないか。


「はぁ、これで何もなかったら懲罰ものよ?」

「ムチ?それとも首?」

「なに言ってるの」


 サーシャが困惑顔をこちらに向けた。

 俺の経験してきた懲罰は彼女には通じないようだ。

 まだまだ甘いな。


「何もないならその方が良い」

「・・・まぁそれはそうね」


 じっと音のする方向を見る。

 奥の浅い森を出ると、背の高い草の生えた草原がある。

 小型のモンスターなら接近するまで気付けないだろう。


『グルル・・・』

『コロス、ニンゲン』


 間違いなくいる。

 距離感は分からないが、確実に近づいてきている。


「・・・嘘、ほんとに」

「いたか!?」

「―――ファイヤーボール!」


 サーシャは俺の言葉を遮るように火球を放った。

 詠唱付きのその魔法は上空に撃たれ、ヒュルルルと音を立てる。


 続いて、前後の部隊からも同じように火球が放たれた。

 

 (か、かっこいい・・・アニメの世界みたい)


 モンスターがいるのに、俺の思考は現実から離れていた。

 恐らく信号弾の代わりなのだろう。

 近い部隊から遠い部隊へ襲撃者の方向が伝えられる。


 森の木々と草が不自然に揺れる。

 やつらがやってきたのだ。


 勇者カケル、初めての遭遇。


「あれは、狼・・・とゴブリンか?」


 前の世界でも似たようなのがいた。

 

「ガウルとコオークよ!どこかにリーダーがいるはずだわ!」

「リーダーがいるのか」

「そんなことも知らないの!?」


 サーシャは驚きか蔑みか分からない顔をしている。

 だって初めてだもの。知っている訳が無い。

 気にしたこともなかった。

 大きいのがいたなぁくらい。


「弓隊構えろ!」

「方円だ!馬車を守れ!!」


 あっという間に戦闘態勢を取った調査隊の面々。

 複数部隊の混合組織なのに立派なものだ。


「よ、よし!俺も・・・」


 そういえば姫がいない。

 

 (戦えないじゃん・・・)


 興奮のあまり忘れていたが、勇者カケルは最弱だった。

 もしかしたら少しは戦えるかも知れないが、最弱バレは死に直結する。


「あんたの助けなんていらないわ!エステリーゼ様を守っていなさい!」

「さ、さいですか・・・」


 いらないらしい。

 安心したような、悲しいような。

 サーシャは物見の役割をこなし、的確に指示を出しているようだ。

 俺はその姿をただ見ることしかできない。

 ヒーローショーも中止。


「魔法隊!撃てー!」


 前方の部隊から遠距離攻撃が行われた。

 その波が後方まで伝わる。

  

 (おー飛んでる飛んでる)


 それを眺める俺。

 

『ギャー!!』

「え!?なに!?」


 ズドドドドと火球の雨が降り注ぐと、断末魔が脳に響いた。


『イタイ!アツイ!』

『シニタクナイ』

『ヤケル!シヌ』


 一向に止まない火球と矢の飽和攻撃の中、悲痛な叫びを上げる何か。


「嘘だろ・・・モンスターの断末魔・・・?」

 

 ドカンと別の魔法が草原を焼くと、さらに増える叫び。

 それはモンスターの叫びだった。

 痛い、熱い、死にたくないと逃げ惑う彼ら。

 追撃の手を緩めない人間。


「やめろ、もうやめてくれ・・・」


 耳を塞ぐが、脳内に響くそれを塞ぐことができない。

 

 (とんでもねぇ外れスキル・・・!)


 この先も一生これが憑きまとうのか。


「ど、どうしたの?」

「やめろおおおお!」

「急に大声出さないでよ!」


 カケルの悲痛な叫びは隣のサーシャ以外に聞こえていない。

 しかし、彼女の記憶には残ってしまった。


「くそっ!やっぱりこうなった!嫌な予感は当たるんだ!」


 モンスターが『ギャー!』と悲鳴を上げると、自分の声で掻き消そうとする。

 森も草原も、火で包まれていた。

 どちらが襲っているのか分からないような惨状だ。


 これが、モンスターを相手にするということなのか。

 もう少しやり方は無かったのか。


「いや、相手はモンスターだ。仕方のない事なんだ」


 同情しそうになる気持ちを抑え、割り切るように努める。

 

 飽和攻撃はしばらく続いた。

 相手の場所が分からない以上、一帯を焼くのは理にかなっている。

 気付くと、モンスターの声も聞こえなくなっていた。


 彼らは全滅したのだ。

 為す術もなく、焼き尽くされた。


 (戦いって、虚しい・・・)


 ようやく少し冷静になった俺は、くだらない感想を抱いた。

 そして、隣の存在も思い出した。


「あっ、サーシャ・・・」


 耳を塞ぎ、座り込みながら彼女に弁明をする。

 

「あんた大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」

「・・・勇者って怖がりなのね」

「ちょ、ちょっと待って!」


 サーシャはふんと鼻を鳴らすと、馬車から飛び降りてしまった。

 もちろん完璧に着地。


「どどど、どうしよう!まずいよ!やばいよ!」


 やや小声ながらも、頭を抱えながら大慌てで声を上げてしまう。


「やばいよぉ・・・」


 彼女がもし他人に吹聴してしまったら。

 小さな火は燃え上がって大炎上するだろう。

 行き着く先は、あれしかない。


 エステルは幼児退行で役に立たない。

 サーシャには弱みを握られる。


 出発から数時間で、追い詰められてしまった。

 彼女はアンジェの騎士団所属だから、義兄としての威厳も失われる。

 大ピンチだ。

 

「エステルかユズハに・・・でも今度はサーシャが」


 もし彼女たちにこの事を言えば、サーシャの命が危ない。

 エステルか、サーシャか。

 

 この2択なら答えは分かり切っているが、俺は可愛い女の子の味方。

 非情な選択はできない。


「はぁ・・・昨日に帰りたい」


 タイムリープ能力も未来予知能力も無い。

 あるのは、無駄スキルだけ。

 結果としてそれが足を引っ張ったのだから、大外れだ。


「リヴィアさんめ・・・いや、俺のせいだよな」


 女神様はただダーツを投げただけ。

 結局悪いのは、すぐ取り乱す俺だ。

 

 でも仕方ないじゃないか。

 モンスターの悲痛な声なんて初めてだもの。

 

「とにかく、中へ戻ろう」


 言い訳をしても始まらない。


 (エステルには・・・黙っておこう)


 普段でも危ないのに、今の状態の姫を刺激してしまったら。

 明日には冷たくなっているだろう、俺が。




  

         ♦♦♦♦




「お疲れさまでした。勇者様」


 馬車の中に戻ると、ユズハが労いの言葉を掛けてくれた。

 俺は特に何もしていない。

 モンスターが焼き尽くされるのを眺めていただけだ。


「あ、あぁ!ありがと!」

「・・・いかがされましたか?」

「え!?なにも!?なにもなかったです!」


 どこか訝しげな彼女の言葉を軽く流すと、テーブルに着席した。

 椅子だ。椅子に着席した。


「ふ、二人は大丈夫だったカナ!?」

「はい。あの、勇者様?」

「なんでせうか」


 目を細めるメイドさんに俺は涼しい顔をして反応をする。

 今日は汗が出るほど暑いな。


「・・・いえ。何かあれば仰ってください」

「う、うん。もちろんさ」


 どうやら問題なく回避できたようだ。

 2年以上勇者をやっている俺にとって、ポーカーフェイスなど朝飯前。


「カケル様!」

「ひぇ!や、やぁエステル」

「おかえりなさい!」

「ただい・・・ま!?」


 未だ子ども帰り中のエステル、膝の上に着席。

 

 (これは・・・膝ハグ!?存在していたのか・・・)


 そう、彼女は俺の膝の上に向き合う形で座っている。

 テーブルの下から顔を出した時は背筋が凍ったが、違う意味で凍り付く。


「カケルさま?」

「んん、どしたの」

「寂しかったですわ」


 うるうるとした瞳で見つめられ、ハートを射抜かれそうになる。

 いつの間にか軽装に着替えたせいか、密着度も高い。

 彼女に何があったか分からないが、幼児退行も良いものだ。

 

「モンスターは倒したから。もう大丈夫だ」


 嘘ではない。

 倒したのが俺ではないだけ。

 もう少し役得を感じていたいと思っても、罰は当たらないだろう。


「ふふっ、流石わたくしのカケルさま」

「そ、そうかなぁ!えへへ」

「何もなくて良かったですわ」

「・・・う、うん」


 大きな問題があった。

 忘れていたわけではない。


「ドキドキしてくれているのですね。嬉しい」

「へ!?そだね!エステルは可愛いから!」

「もう、カケル様ったら」


 鼓動を聞くように俺の胸に耳を当てるエステル。

 いつもなら嘘を看破しているだろうに、今は疑うことを忘れてしまったようだ。

 これが良いのか悪いのか。


 出発から戦闘があったのだから、この先もきっと起こる。

 今のポンコツ姫のままだとボロが出るのは時間の問題だ。


 (しかし、可愛い。解決法も分からないし・・・)


 勇者カケルはこの状況を楽しむことにした。

 

「・・・すりすり」


 その後エステルは俺の元を離れようとしなかった。

 結局彼女が眠るまで、メイドのジト目に晒されながら相手を続けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ