そういえば、モンスターの声聞こえるんだった
エステルの様子がおかしい。
いやおかしいのはいつもの事なのだが、そうではない。
説明し辛いがとにかく普段通りの彼女でないことは確かだ。
「いやぁ、街も外の世界も素晴らしい!冒険って感じがするなぁ!」
外の風を受けながら大興奮の俺は、大きく深呼吸した。
心なしか美味しい気がする。
どうしてだろう。
「はぁ、ずっと見ていたい」
柵に肘をつけると、護衛の姿が映った。
大半が徒歩での移動だが、皆黙って歩いている。
(やば、もしかしてずっと聞かれてた?)
急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
大はしゃぎだったよな。やってしまった。
「・・・サーシャ?」
視線を彷徨わせていると、赤髪ツインテールと目が合った。
「・・・(プイッ)」
あ、目を逸らした。
初対面の時もそうだったが、俺に思うところがあるのだろうか。
脚を見ていた件かな。
綺麗なのだから仕方ないじゃないか。
「さて、そろそろ中に入ろうかな」
ここにいたら、ずっと誰かに見られる。
気付いてしまったら居づらくなってしまった。
「ん?どうしたの?」
階段を降りると、なんだか気まずい雰囲気が流れていた。
エステルはソファに座ってクッションを抱きしめているし、ユズハはあわあわしている。
「あの、これは」
メイドさんが何か答えようとしたが、明確なものは返ってこない。
「エステル?」
「・・・うー」
姫様はクッションに顔を埋めて拒否の姿勢。
珍しいこともあるものだ。
「どうしちゃったの姫様」
「えっと、私にも良く分からなくて」
せっかくの旅行なのにもったいない。
旅行じゃなかったわ。
しかし、このままではこの先不安だ。
(ここは、俺が発散材料になろう。どうせストレスだろうし)
本番でこの調子だと心中ルートに入りかねない。
「え、エステル―?」
「・・・」
目を向けてきたが、返答は無し。
「一緒にお茶でも飲まない?」
「・・・やっ」
まずい幼児退行だ。
絶対何かあった。
(幼児退行する時は・・・なんだっけ)
対抗手段不明。
「お、俺は向こうで飲んでるからなー」
幼児退行は、心理的ストレスによる防衛機構だったはず。
ストレスなのは間違いないが、無理に接しても逆効果、な気がする。
「勇者様、どうぞ」
「ありがとうユズハ」
ユズハというワードに姫様がぴくっと反応するが、それだけだ。
お茶に口を付けると、口の中に甘みが広がって幸せな気持ちになる。
「蜂蜜を入れたんだ」
「はい、姫様もお好きなんです」
「お、こっちはケーキか!今しか食べられないもんな」
「今朝作って来たんです。姫様にも食べて頂きたくて」
二人してわざとエステルに聞こえるように話す。
好物で釣ろうなんて、このメイドも結構ワルじゃないか。
「・・・うー」
「エステル?」
姫様は涙目でこっちを見ているが、俺が声を掛けると再度クッションイン。
惜しいところまでは来ているようだ。
「あーあー。エステルと一緒だったらもっと美味しいのになぁ!」
「そ、その通りです!」
わざとらしく大声を上げて残念がる。
「・・・ほんと?」
「ほんとほんと!こっちおいで」
ようやくまともな反応があった。
俺が返事をすると、ぱぁっと表情を明るくしてトテトテと近寄ってくる。
(掛かったな)
ユズハに目配せをすると、微笑が返って来た。
おそらく俺と一緒で内心ガッツポーズだろう。
その時、トントンッとホテルのドアがノックされた。
びくっと反応してソファに返り咲く姫。
なんて間が悪いのだろう。
「はぁ・・・どうかしましたか?」
こっちは重大な任務の最中だと言うのに。
ため息をつきながらドアを開けた。
「あら、お取込み中だったかしら」
「アンバーさ・・・アンバー」
「さっきぶりね、カケルちゃん。姫様はどこかしら?」
扉を開けると、姫様お付きの騎士団長の姿があった。
爽やかイケメンだが、男色らしい。
許せるタイプのイケメンだ。
「今はー、お着替え中」
「まだ明るいのに、お熱いわね」
「違うから!俺は何もしてない!」
「必死に否定するところがますます怪しいわ」
アンバーの邪推に声を荒げてしまう。
メイドもいる中で情事に及べるほど俺の心は強くない。
「それで、何の用だったの?」
「着替えが終わるまで待つわ。姫様の指示を仰ぎに来ただけだから」
「・・・ちょっと時間掛かるかも」
「あらそう。じゃあ出直すわ」
伊達に騎士団長では無いのだろう。
それ以上変な追及をすることもなく、あっさりと引き下がった。
対エステルに必要な能力の一つが、この空気読みだろう。
『ニンゲン・・・ニンゲン・・・!』
後方から声が聞こえた。
正確には頭に直接響くような音だ。
「な、なんだ!?」
「どうしたのカケルちゃん」
『ニンゲン・・・クウ!』
アンバーの声に重なって再度響く。
(なんだこれ気持ち悪い・・・)
耳から入るわけではないのに、後方からだとはっきりわかる。
女神通信の時と似ていて不快だ。
「カケルちゃん・・・?」
「いや、なんでも」
『クウ!クウ!コロス!』
「ひっ・・・まさか」
思わず上げた悲鳴にアンバーが面食らっている。
やってしまった。言い訳しないと。
「・・・モンスターかもしれない!」
「え!?斥候から連絡もないのに」
「とにかく警戒してくれ!」
「わかったわ!」
馬上のアンバーが離れると、部下に指示を出し始めた。
一気に外が騒がしくなる。
俺は声のする方向に走った。
「・・・!」
エステルが俺の姿を見て嬉しそうに笑顔を向けてきたが、それどころではない。
『コロス!オソウ!』
何重にも声が重なって聞こえ、若干吐き気がする。
予想通りと言うか、音は正面から聞こえた。
やはり脳内でも方向が分かるようだ。
「ゆ、勇者・・・」
「サーシャか!モンスターは多分向こうだ!」
「どうして分かるのよ!」
「分かるんだ!とにかく上へ!」
窓を勢いよく開けるとサーシャの姿があった。
説明を省きたい俺は馬車の上を指さした。
平原において、今一番高いのはこの馬車だ。
「わ、わかったわよ」
そう言うと、彼女は手綱を握ったまま馬に両足を乗せた。
そして、
「うおお!すご!飛んだ!」
そのままジャンプして、姿を消した。
ちなみに黒だった。見せパンってやつだ。
(馬上ジャンプ、初めて見たなぁ・・・)
俺は感動しながらも、サーシャを追うことにした。
「っと、エステル」
「・・・ぐすっ」
しかし、泣き顔エステルが立ちはだかる。
恐らくさっき無視したような形になったのが原因だろう。
「え、エステル・・・モンスターが出たんだ」
「・・・」
クッションを抱いたまま立つエステルは、動こうとしない。
(くそっ、かわいいじゃねえか)
子どもの泣き顔ってどうして父性愛を催すのだろう。
年齢的には彼女はレディだが、その姿はパパを見送る子ども。
「すぐ戻ってくるから、待っててくれ」
俺は彼女の頭をあやすように撫で、落ち着かせようとする。
実際自身も慌てていたから、ついでに癒してもらう。
「・・・はやく帰ってきてね」
「分かった!」
内心『か、かわっ!』なんて思いながらしっかり返答をした。
鼻血が出そうだ。
「ユズハ!エステルを頼む!」
「かしこまりました」
冷静なパーフェクトメイドは、ぺこりとお辞儀をした。
彼女なら何が襲ってきても多分大丈夫だろう。
馬上ジャンプを目撃してから数分、俺はようやく階段を駆け上がった。