大興奮の一方で
「出発するぞー!!!」
外から号令が出ると、ドーンドーンと楽器のような音が響いた。
出発の足並みを揃えるのに有効なのだろう。
俺たちが乗っている馬車も動き出した。
一瞬後ろに力が掛かるが、それもすぐに消え揺れが収まる。
「ほとんど揺れないんだけど」
「特別製ですから」
「そっかぁ・・・」
「でも城から出たらもっと揺れますわ」
この辺りはしっかり舗装されているから揺れないだけらしい。
それにしても安定感抜群だ。
ザッザッと小気味よい揃った足音が聞こえる。
随分訓練されているのだろう。
「調査ってどんなことをするの?」
大事なことなのに聞いていなかった。
「主な目的は、モンスターの種類と量の調査です」
「それにこれだけの人数が必要?」
「犠牲を減らすためには、多いに越したことはありませんわ」
「まぁ、それはそうなんだけど」
1体のモンスターに大人数で当たる戦術だろう。
確かに分散させた方が死亡率は下がる。
「・・・本当はそれだけではありませんわ」
お茶を飲んでいたエステルが、ティーカップを置いた。
「後方に沢山の旗が見えましたか?」
「見えたよ。色んな種類があるんだな」
「はい。あれは貴族たちの私兵です。各々思惑があるのでしょう」
「味方だけじゃないってこと?」
「・・・あまり言いたくありませんが、おそらく」
自国の民を疑いたくないのだろう。
姫様は少し暗い顔をした。
俺の力を疑っている者、取り入りたい者、他にもあるだろう。
まさか暗殺なんてことは無いだろうが。
「気を付けておくよ」
「はい。そろそろ城下町に入りますわ」
「え!?見てもいい!?」
「ふふ、もちろんですわ」
今まで遠目にちょこっとしか見れなかった憧れの城下町。
それが目の前にあると知って興奮が止まらない。
「勇者様、こちらへどうぞ」
「う、うん!」
俺は階段を上って、馬車の屋上に出た。
馬車に階段とか屋上とかあり得ないと思うかもしれないが、あるんだ。
「す、すごい!」
俺たちを見送る沢山の人々と、様々な建物が目に入った。
「あれが勇者様か!?」
「素敵だわ」
「おーい勇者さまー!」
こちらに手を振る者や、花を投げる者など、まるで凱旋のような騒ぎだ。
(良い国に来られたんだな・・・)
人々の表情を見れば、ガレリア王国の政治が少し見える。
きっと善政を敷いているのだろう。
太陽の光が街を照らし、この世界から歓迎されているように感じる。
世界が一気に広がった気がした。
♦♦~ Estel View ~♦♦
カケル様の後を追って、馬車の屋上へあがる。
目に入るのはガレリア王国の愛すべき民と、彼らが作り上げた街。
「エステリーゼさまー!」
声に応えて手を振る。
前に姿を見せたのは連合会議の時だった。
その時よりも彼らの顔は明るく見える。
これも彼のお陰だろう。
(あんなにはしゃいで・・・可愛い)
民に希望を与えた本人は、初めて見る街の姿に興奮している。
「エステル!パン屋がある!」
「ふふ、そうですね」
「あっちは宿屋だ!立派だなぁ」
「・・・お可愛い」
子どものように目を輝かせてあっちこっち移動している。
手を振るのを忘れないのは、彼の利他的な精神が現れている。
この姿が見られただけで、一緒に来て良かったと思える。
「カケル様、あちらが教会ですわ」
「どれ!?」
「ふふ、こっちですわ」
彼の手を引き、見やすい場所に連れ出す。
「ほんとだ!いつか入ってみたいなぁ」
「では調査が終わったら行きましょうか」
「ほんとに!?」
「はい。約束致しますわ」
約束すると答えると、彼は「ありがとう!」と手を握って来た。
(大きくて、硬い・・・)
男性から強く握られるのは初めての経験だった。
それに彼の方から。
その行為に胸がきゅーっと締め付けられ、鼓動がうるさくなる。
『いや、それはちゃんと取っておこう』
新婚旅行と口に出そうとした時に、カケル様が言った言葉だ。
今でもこんなにドキドキしているのに、これ以上があるのだろうか。
「来て良かったですわ・・・本当に・・・」
弱くて情けなくて、泣き虫な彼が好き。
最近よく見せてくれる格好良い彼が好き。
彼が弱いと知った時は、恨めしいとも思ったのに。
(ずっと、ずっと、カケル様と一緒にいられますように)
誰にも渡さない。
わたくしだけのカケル様。
彼に危害を加える人も邪魔をする人も許さない。
(いけませんわ。わたくしったら)
彼のことを考えると、どうしても思考が黒くなってしまう。
(カケル様の首・・・綺麗・・・絞めて、血を吸って・・・うふふ)
彼のことを見ると、いけないことばかり考えてしまう。
(歪んでいるのかしら・・・いいえ)
これは愛なのだ。
カケル様の全てが欲しいだけ。
身体も視線も言葉も思考も、彼の全てをエステルに向けて欲しい。
一度考え始めると止まらない。
「はぁ・・・」
ふと、ユズハの姿が目に入った。
その視線は彼に向けられている。
普段と変わらない表情に見えるが、長年付き合ってきた自分には分かる。
(ユズハは、やはりそうなのかしら)
幼少期からずっと一緒だったユズハ。
彼女のことなら何でもわかっているつもり。
人の好みも。
「ユズハ」
「はい、姫様」
小声で呟いたにも関わらず、彼女は振り向いた。
「・・・カケル様が可愛いわ」
「左様でございますね」
ユズハのことは信頼している。
そして彼女の能力は彼の監視にも最適だ。
だからこそ勇者の世話を任せた。
彼女の境遇を考えても、幸せになって欲しいと思っている。
しかし、
「カケル様のことをどう思っているの?」
もし、ユズハも彼のことが好きだったら。
『だったら』は適切ではない。確信がある。
「頑張っている方と思います」
表情を変えずに彼女は返答した。
「そうですか・・・カケル様をあなたに任せて良かったわ」
「ありがとうございます」
一瞬、瞳が揺れたのを見逃さなかった。
確信が、より強固なものになる。
(カケル様は、わたくしだけのもの・・・例えユズハでも・・・?)
どうするのだろう。
他の者ならいっそ殺してしまおうとすら考えるのに、彼女にその感情は湧かない。
情だろうか。
確かに家族のように思っているし、ユズハもそう思ってくれていたら嬉しい。
(わたくしは、一体どうしたら・・・)
カケル様はわたくしのもの。
他人の触れられるのが嫌なほどに好いている。
しかし、ユズハを失いたくもない。
魔法の演技の時に彼女が見せていた年相応な笑顔。
感情が高ぶり、暴走した時の彼女。
その中心に彼がいる。
ユズハにとっても、勇者カケルの存在が大きくなっている。
あんなに魅力的な人だから無理もない。
(それでも・・・でも・・・)
頭の中がぐるぐると回転し、目の前がぼやける。
「ひ、姫様」
心配そうに近づいてきた彼女に目元を拭われる。
「わたくし、泣いて・・・?」
「なにかあったのですか?」
まだ何もない。
これから起こるかも知れないだけ。
「ごめんなさい。何でもないの」
「姫様・・・」
「大丈夫ですわ」
初めての感情に、心が支配されている。
ユズハにはお見通しなのだろう。
それでも旅はまだ始まったばかり。
ガレリア国の姫としての責務が最優先だ。
溢れそうな感情に胸を押さえながら、姫の仮面を必死に被ろうとした。