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ヘビのお言葉  作者: 羽藏ナキ


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10/17

君に、ボクを殺す覚悟があるかい? ①

「ちょっと時間いいかな?」


月曜日の朝、今週の入荷リストを確認していたところ課長補佐に呼び出された。


「はい。大丈夫です」


なんだろうと思いながら返事をしてついていくと、分析機械に置いてある部屋まで案内された。始業時間まではまだ30分ほどあり、課内では僕と課長補佐以外の人は出社していない。狭い部屋で課長補佐と二人きりは少し息苦しい感じがした。


「先週の金曜日のあの汚泥、なんであの場所に受けたの?」


正面に立った課長補佐が淡々と訊ねてきた。

なぜそんなことを聞くのかが分からず、僕は「え?」と間の抜けた声が出た。


「金曜日に受けたあの汚泥を土曜日に処理していたんだけどさ」


「は、はい」


僕は課長補佐が土曜日出勤だったことを思い出した。


「どうにも処理後のサンプルの分析結果が良くなくて、取っといてくれてた汚泥のサンプルを改めて分析してみたら、あの場所に受けていいものじゃなかったんだよ」


「そ、そんな……」


頭が真っ白になった。心臓が早鐘のように激しく鳴っている。まるで危険信号を鳴らしているみたいに全身に脈動が響いていた。


「ちゃんと分析したの?」


もちろんしたつもりだ。全くチェックせずに受け場を指定なんてしてない。でも問題が起きてしまっている以上、「ちゃんと分析しました」なんて言えるはずもない。

僕が黙っていると、課長補佐は溜息をつきながら頭を掻いた。


「受け場がひとつ潰れちゃったんだよ? どういう判断であそこに受けたの?」


強まる語気に僕の身体は無意識に震えた。このまま何も言わないでいるのはかえって状況を悪くしてしまう。僕は正直にその時の自分の考えを伝えた。


「はぁ、その程度の分析しかしてないの?」


僕の話を聞いた課長補佐は大きな溜息をつきながら首を横に振る。

それから土曜日に発覚した汚泥の正しい性状を僕に説明した。僕は先々週に初めて来たときと変わっていないと思っていたが、実際は汚泥の成分がかなり悪くなっていたらしい。僕が測定時に汚泥の固形分を十分に採取できていなかったことが誤った測定結果が出た原因だと苦言を呈された。


「ああいう水分が多いやつは上澄みじゃなくて下の濃い部分をできるだけ採取しないと正しい結果が出ないんだよ」


「すみません……」


「まぁ、正直成分に関しては大きい問題になるほどの誤差じゃないからまだいいよ。問題は水分の部分」


「え?」


「揮発性の有機ガスが溶け込んでいたんだよ」


課長補佐は続けて具体的な物質名と含有量を告げた。

僕は衝撃の事実に目の前が真っ暗になる。そんなガスが含まれているなんて報告書には書かれていない。もう全くの別物が入荷しているじゃないか。


「ちゃんとここまで調べてくれないと困るよ。要注意って言ったじゃん」


課長補佐はそう言って額に手を当てる。


「いきなり予定していた作業が中止になるってことは客先でなにかあった可能性が高いんだよ。それに作業場所も変わってるって話だし、こういう情報を複合的に考えれば今までとは全く違うものが来るかもしれないって思うでしょ? 普通はさ」


は? 今なんて?

聞き捨てならない言葉が聞こえて僕は課長補佐に顔を向ける。


「え? 作業場所変わってるんですか?」


「そうだよ。ドライバーに聞いたらそう言ってた。金曜日の時から変わってるって。君も聞いてたんじゃないの? そのドライバー、金曜日に伝えたって言ってたよ?」


僕は眩暈がしてきた。

作業場所が変わっているなんて聞いていない。むしろ変わっていない、同じものだと言われたのだ。

ドライバーがなぜ僕に嘘をついたのか。その答えはすぐに分かった。全く違うものだとサンプルチェックに時間がかかるからだ。結果が出るまではドライバーも荷下ろし作業が出来ないから仕事が終わらない。だから同じものだと嘘をついてチェックをさせないようにした。自分の仕事が早く終わるように仕向けたのだ。


腹の底から沸々と怒りが湧いてきて、僕は痛くなるくらいに拳を握り締めた。力んだことで身体が小刻み震える。


「その様子だと、作業場所が変わったことは知らされてなかった?」


課長補佐の声音は少し落ち着いていた。


「はい。僕には作業場所は同じだと言っていました。引き取ってきたものも同じだと」


僕の返答に課長補佐は「なるほどね……」と相槌を打った。

おそらくはドライバーの思惑を察しているのだろう。課長補佐は息を吐きながら頭を掻く。


「まぁ仮にそうだとして、でもそれを見抜くのも君の仕事だよ? 君の仕事は性状を正しく分析することなんだから。言い訳にならない」


課長補佐の言っていることは正しい気もする。ただ今の僕にはそれをすべて飲み込むことはできなかった。まるで魚の小骨が喉に刺さったみたいな違和感と不快感があった。

自分の感情を言葉にできず黙っていると始業を告げるチャイムが鳴った。


「とにかく、今後はこんなことがないように。頼むよ、ほんと」


課長補佐はそう言って足早に部屋を出て行った。

僕は茫然としたまま、しばらくその場から動くことができなかった。

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