第53話 名取の家で
「何か飲みますか?」
名取の家。
そして名取の部屋。
そこで名取は訊いてきた。
「いや、いい」
「遠慮しなくていいんですよ?」
遠慮なんかしてねぇよ。
『お前に出されたもんは飲みたくねぇ』って言ってんだよ。
……って、言いたいけど言えない……。
「本当にいい。それより早く勉強したい」
「ではどうぞ。私はシャワーを浴びてきますね」
名取は立ち上がり、部屋から出ていく。
さてと、勉強するか。
……うん、わからない。
学校から出る前に職員室に寄って、先生に質問すればよかった。
……!
先生に入部届もらい忘れた!
どうしよう!
……もういいや。
焦ってもどうにもならない。
今は忘れて問題解こう。
……ヤバイ、わからない……。
「お待たせしました」
しばらくすると名取が入ってきた。
髪が濡れてる。
「木神天太さんも浴びますか?」
「いや、いい」
「そうですか、ではやりましょっか」
よし、やっと勉強ができる……。
「天太くん、横になってください」
……?
今なんて言われた?
天太くん?
名取の方を見ると、名取は俺にかなり近づいていた。
無駄に近い。
「横になって?」
「え、は? いや、え?」
ちょっと待って、混乱してる。
横になって?
「ベッドに横になってくださいね?」
は!?
なんで!?
ベッドに横になるの!?
と、とりあえず落ち着け……。
ベッドに横になる、か……。
これ、完全に誘われてるな。
これで俺が誘惑に負けて、名取と変なことする。
多分名取は監視カメラみたいなやつで部屋全体を撮ってるだろう。
それを学校に拡散する。
それで俺は退学。
うん、すごい。
よく思いついたな。
でもこんなんで負ける俺だと思うなよ?
俺には姉ちゃんがいる!
姉ちゃんによくからかわれたことあるけど、俺はその誘惑に負けなかった。
俺は女に強い!
多分!
「無理だな。横になる意味がわからない」
「いいことしますよ?」
「じゃ、帰る」
俺は荷物をまとめる。
それで多分、名取は『行かないでください』とか言ってくるんだろうな……。
ま、そう言われるのを待つか。
俺はリュックを背負い、立ち上がる。
「……止めねぇのか?」
「? 何がですか?」
「『家から出るな』って」
「止めてほしいですか?」
いや、それはヤダ。
「では、さようなら」
名取はスマホを取り出し、操作し始める。
俺は何をしにここまで来たんだ……?
部屋から出るとき、名取が舌打ちした。
めっちゃ大きい音だった。
「お邪魔しました」
俺はそう言って部屋から出た。
これでやっと解放される!