第170話 殴りと蹴り
「よ、名取。ちょうどいいとこに来たな」
俺はニヤニヤしながらそう言って名取に近づく。
名取は不思議そうな目で俺を見ている。
「いやさ、今ちょっとこいつらに見せつけなきゃいけねぇときなんだ。協力しろ」
「ど、どういうことですか……?」
「できるだけ苦しめよ」
俺が静かにそう言ったと同時に、俺は名取の右頬を殴ろうとした。
手に力を込めてて、自分のツメでその掌が傷つかないかが心配になってる。
俺の拳が名取に当たる寸前、名取はこいつから見て左側に吹き飛んだ。
もちろん、当たってない。
名取が自分から吹き飛んだ。
それで名取は壁に強く打ちつけられて、地面に両膝をつく。
それでも俺は名取に近づいた。
さすがに3人の男たちも驚いてるみたいで、目を大きくして俺を見ている。
俺は名取の頭を蹴ろうとする。
でも俺の足と名取の頭が当たる寸前に、名取は自分から後ろに吹き飛ばされた。
大げさと思えるけど、実際に蹴られたらこうなるんだろう。
多分、ここにいるみんながつらいと思う。
名取は、俺からの攻撃は喰らってないものの、壁に叩きつけられてる。
総一朗も俺がこんなことしてるのを見て、つらいはずだ。
男たちは見ててつらいと思ってもらわなきゃ困る。
で、俺もかなりつらい。
でも続けなきゃいけない。
『俺がお前を蹴ったり殴ったりしまくる。もちろん本当に傷つけるわけじゃない。お前はできるだけ、まるで本当に攻撃されてる感じで身体を動かしてくれ』
名取にメールで送った文。
要するに、『自分たちよりヤバいことしてるやつを見せて恐怖を与える』ってこと。
あの男たちにこんなことが効くかわからないけど、やってみる価値はあると思う。
もし失敗したらそのときはそのときだ。
俺は名取を殴ろうとするし、蹴ろうとする。
そのたびに名取は避けて、地面とかに叩きつけられる。
その間、俺しか喋ってなかった。
なにを喋ってるかは自分でもわからない。
何回殴ったり蹴ったりしたんだろう。
自分ではもう時間感覚がわからなくなってる。
でも多分3分くらい経ってると思う。
その間俺はずっと名取を殴ったり蹴ったりするフリをしてて、名取はそれに合わせて自分の身体を動かしてる。
名取も疲れ始めてみたいだし、そろそろやめとくか。
俺は名取から男たちに目線を移す。
「わかったか? こういうふうにやるんだよ。テメェら、中途半端にいじめてんじゃねぇよ」
俺はできるだけ感じの悪い笑みを浮かべて男たちに言う。
我ながらかなり怖い表情だった思う。
男たちは情けない声を出して逃げていった。
……よし、終わった……。
俺は崩れるように倒れた。
もう体力がない。
でも、これで終わった……。
倒れるときに一瞬だけ周囲が見えた。
そのときに、見つけたくないものを見つけた。
そこには大量の女子生徒がいた。
全員、よく俺につきまとってくるやつらだ。
その中には咲羅や実璃、湊亜や言音がいる。
みんな俺を見て驚いてる。
……あーあ、見られちゃったか……。
物語の定番、『主人公が望んでいないことが、都合よく起こる』。