【閑話】ある日、戦場で
「レオン殿の御母上はどのような方なのだ?」
辺境伯家の次女ラウラは、目前の平民神官レオンに尋ねた。
魔獣との戦闘の合間のことだった。相手方の準主級を討伐して怯ませたことで、一時的に魔獣達が撤退した平原。ラウラは、その剝き出しの大地にドカリと腰を下ろして携行パンを齧り、魔力回復のための薬草茶を飲み干す。濡れた口元をグイと拭って、共に短い休息時間を取る相手レオンを見やる。
汗と埃、血と汚泥に塗れて尚損なわれぬ美貌がそこにあった。眼福である。仲間や魔獣の死骸と肉片、絶望や死を悟った表情を見慣れた目には、眩しすぎるほどの神々しい尊顔であった。
「平民です」
続きを待つラウラとレオンの間に沈黙が下りる。
「レオン殿、流石に情報が少なすぎて返事のしようがないのだが」
貴殿が無口なのは知っている。だが、少しは話を続けようとしては貰えないだろうか。だって、これは、とラウラが照れたように顔を赤らめて続ける。
「折角の逢瀬なのだから」
珍しく表情を動かし、少し驚いたような顔でレオンが口を開く。
「逢瀬って、恋人同士がやるという、アレですか」
そうだ、とラウラが胸を張って頷く。
「想い合っている二人が共にありたいと願い過ごす時間が逢瀬なのだ。私の乳母がそう言っていた。と、いうわけで、イチャイチャを要求する」
よくイチャイチャだなんて平民の俗語を知ってましたね、とレオンが返事するのに、うむ、とラウラは目を細めて答えた。
「レオン殿は貴族用語が苦手だろう。平民の言葉の方が慣れている分、話しやすいかと思ってな。部下に教えてもらったのだ」
そうですか、とレオンは俯いた。その耳が少し赤くなっていることに気付いていないラウラは続ける。
「それで、レオン殿。……その、な。次の休暇の時にでも、貴殿が良かったらなのだが、御母君に挨拶をさせては貰えぬだろうか。慣例上、最初は家長である父が行くことになると思う。ただ、御母君は平民であろう。どのような方かによって」
もじもじと座り込んだ場所の草を弄りつつ喋るラウラに、影が落ちる。顔を上げれば、向かいに座っていたレオンが目の前にしゃがんでいた。
「な―――」
何だ、という言葉が、相手の唇に飲み込まれる。
肩に置かれた、身長の割に大きな手がやけに熱く彼の体温を伝えてきた。呼吸ができず溺れそうだとラウラが思った時だ。漸くというべきか、もうというべきか、相手の体温が遠ざかった。
次陣の魔獣が動き出した、と上官の声が耳元の通信具で告げる。指揮下の騎士全員への一斉通信だ。
部隊に合流するために立ち上がったラウラの濡れた唇を、レオンの優美な美貌に似合わぬ節くれ立った親指が拭った。
「ごちそうさまでした」
ニッと見たこともない悪童のような表情でレオンが笑う。普段の無表情さを投げ捨てた男は、続きは後で、と戦闘準備のために本陣へと帰っていった。
「つ、続きとは……」
御母君に会いたいという話の方なのか、それとも『アレ』の続きなのか。
豪放磊落な戦姫と名を馳せるラウラではあったが、尋ねる勇気はなかった。