【小話】花冷えの雪に懺悔を【主人公視点】
こんな夜もある。―――友チョコの後日、決闘審判の前あたりの春夜のお話です。
【登場人物】
リオン:主人公。元日本人の現次期辺境伯夫人。現在、ノイス侯爵家の帝都本邸に保護してもらっている。決闘審判準備中。先日『友チョコ』を侯爵夫人に贈った。日本に兄が一人いる。
ルドルフ:亡国王女の長男。主人公リオンの『宰相』兼茶飲み友達。生きている弟が十四人いる。
ジギスムント:先代ノイス侯爵。皇弟テオフェルの家臣筆頭。長男が現ノイス侯爵をしている。次男が次の春に婚約者と結婚予定。
個体識別番号【49040911061】:亡国第三王女の第一子。第六王女が産んだ第一子である【54112612051】は、従兄である【49040911061】が二等司祭の命令で育てた。【54112612051】を誉める時には、人目が無いとき限定で、よく髪を掻き混ぜて撫でてやった。個体識別番号は長いので、知性が発達する三歳まではこっそりとルーと呼んでいた。亡国の消滅言語で『灯』を意味した。
***【小話】花冷えの雪に懺悔を【主人公視点】***
「あの子たちには、名すら、無かったのです」
項垂れるルドルフに向かい、リオンはただ沈黙を保った。今必要なのは慰めではない。ただ静かにルドルフの話を聞く。それだけでいい。
彼は庇護対象に弱味を見せることができない。弟達の背丈が彼を抜いても、彼らが独立して社会的地位を築いても、ルドルフにとって弟達は守るべき対象だった。だから、その腹の奥底に溜まった澱みを全て吐き出させるは、リオンの仕事だ。女王として―――無二の親友として。
***
魔子式魔導ランプが決闘審判の資料を照らす。分厚い紙の束を執務机で読み込んでいたリオンは、邸宅内マップ上でこちらに近づいてくる人物の存在に気付いた。時刻は深夜だ。普段なら就寝時間だが、予感のあった今夜は、わざと夜更かしをしていた。どうやら正解だったらしい。この部屋周辺の人払いも日中に指示済みだ。
早春の深夜である。最近は陽射しの暖かい日が続いていたのに、寒の戻りで朝から降り続いた雪がシンシンと世界を白く染め続けていた。毎年、こんな夜に訪れる友人がいる。
「いらっしゃい。来ると思っていたわ」
壁の向こうにある秘匿経路から現れたのは、リオンのこの国で初めての友人―――ルドルフだった。亡国の王女が故国に命じられて産み落とした第一子は、無言で室内に足を踏み入れた。片手に酒瓶を、もう片手に籐カゴを持っている。例年通り、酒盛りをするつもりらしい。
ルドルフが部屋の窓際にある応接セットに荷物を置く間に、リオンは執務机を片付けて椅子から腰を上げた。ノイス侯爵家が執務用に用意してくれたこの部屋には、客人対応用に、黒檀の長机を間に挟んだ布張りの長椅子が二脚ある。そのうちの窓際の一脚に彼女はドレスの裾を払って腰掛けた。
「こちらは私に任せて頂戴。そこの戸棚から好きなグラスを持ってきてもらえるかしら」
頷いたルドルフが静かに壁際の収納棚に向かうのを見送って、リオンは彼がもってきた籐カゴを開いた。中には魔子銀で鍍金した円柱形の硝子魔導瓶や、帝都でも有名な菓子屋の包装紙に包まれた紙箱、更にトングやアイスピック、小皿等が入っていた。
魔導瓶の中身は恐らくロックアイスだろう。リオンは紙箱と小皿を慎重に取り出した。箱の中身は、チョコレートでコーティングされたドライイチジクだった。美味しそうなそれを、縁を金採で装飾した小皿の上に盛り付けてやる。
菓子屋の解説カードが入っていたので、魔導ランプでフムフムと読む。チョコもイチジクも帝国外の人類生存圏から仕入れた輸入品であり、店主こだわりの逸品であると書かれていた。
つまり、このチョコ掛けイチジクは、一粒で帝都庶民の平均月収一ヶ月分の価値がある。リオンは読まなかったことにした。人生、忘れた方が良いこともある。
そっと解説カードを紙箱に戻した彼女は、次に酒が入った硝子瓶を観察することにした。黒に近い濃褐色の酒で、銀色の魔力粒子が上下にゆっくりと対流している。これまた度数の強そうな酒だ。これは朝までコースかな。
***
酒器をじっくりと吟味していたルドルフは、漸くどれにするか決めたようだった。今回は背の低い硝子製タンブラーを使うらしい。戸棚からグラスが一つずつ、フワリと風魔法で中空に浮かんでいく。複数の酒器を運ぶなら、手で持つよりも風魔法の方が楽で早い。
戻って来たルドルフが向かい側の長椅子にドサリと腰掛ける。随分と顔色が悪かった。いつも身綺麗な彼には珍しく、無精髭が見える頬は少し痩けている。決闘審判に向けた忙しさもあるのだろう。だが、元々この時期は食欲がなくなると以前溢していたのをリオンは思い出した。
ゴトリゴトリと彼が風魔法で浮かべたタンブラーが音を立てて長机に着地する。数はいつも通り4個だ。
次いで、魔導瓶から大きなロックアイスが取り出された。
彼は、風魔法で氷を手元まで持ち上げると、握ったアイスピックを氷に当てていった。いっそ無造作にすら見える力加減だったが、タンブラーに丁度いい塊が幾つかできた。要らない分は瓶に戻され、中空に浮かんだままの四つの塊が水魔法で角を削られて、見る間に丸氷となった。
硝子杯に収められた丸氷が、キラキラと宝石のように輝く。氷が内包する深青色の魔力粒子がチラチラと淡く発光しているのだ。この氷は魔力を豊富に含む地脈を通る伏流水を凍らせて作ったもので、北方人類生存圏の特産物らしい。飛竜便屋を営む弟の土産だと以前にルドルフが言っていた。
そんなとっておきの氷に、ドポドポと容赦なく酒が注がれる。最後にアイスピックで氷を一回しして、ルドルフは硝子杯を一つリオンの前に寄こした。もう一つは彼自身の前に、残り二つは、その横の空席に並べられる。
―――【警告】毒物が感知されました。
―――【名称】銀サソリの微睡
―――【効果】三口で対象を酩酊状態にします。
リオンは内心で顔を引き攣らせた。毒物察知能力が反応するとか、どれだけヤバい酒を今回はもってきたのだ。前回はショットグラス三杯で酩酊状態判定だった。アレより強いやつがあるのか。
まあ、でも。
―――【解毒スキルを発動させますか】
―――【YES/NO】
はいはい。イエスイエス。
―――【YESが選択されました】
―――【『銀サソリの微睡』が無効化されます】
リオンは躊躇うことなく、全ての愛飲家が酒に対する冒涜では!? と叫びそうな、全酒ノンアル化スキルを発動させた。だって、今日の目的は酒盛りじゃない。
長椅子に腰掛けた女王は、向かいの席、ルドルフの横にある二人分の空席に満たされた酒杯を掲げた。
「『献杯』」
帝国語でなく、敢えて日本語で杯を献じた。亡国の民に、リオン自身が失った国の言葉で、哀悼を告げるために。
「……あの子たちに」
今宵初めてルドルフが発した言葉は、リオンと同じく亡者への追悼だった。処分日は分からない。だが、こんな春の夜に、彼は失ったのだ。妹二人を、故国たる亡国で。
***
ルドルフには双子の妹たちがいた。亡国で試作品として生まれ、試運転の後に処分された子供たち。当時はルドルフも母親もそれを疑問に思っていなかった―――思えなかったのだと、そうリオンに語った声が忘れられない。
「あの子たちには、名すら、無かったのです」
訥々と亡国での日々を、そこで失った存在を語るルドルフに、リオンはただ静かに頷いて酒杯を重ねた。
聞いていて思うところはある。
―――それでも。不用品の処分を当然と考えても、失ったことを忘れなかったのは、きっと心の片隅に妹たちを思う心があったからだ。
―――人生どうしようもないことはある。
―――きっと妹たちはルドルフを許している。そもそも、恐らく恨んですらいなかった。
けれど、それを告げたことはない。
この、何でもできそうで、その実、不器用な親友が零す発露を一つ残さず拾い上げてやりたかったからだ。余計なことをして、取りこぼしがでることの方が嫌だった。
だって、これはリオンの特権だ。
「名前ぐらい、私が付けてあげればよかった。禁じられていたとしても、司祭に気付かれさえしなければよかったのだから……彼みたいに」
―――酒に酔ったと言い訳しなければ、後悔の一つも零せないなんて。まったく、手のかかる臣下ね。
顔色一つ変えずに杯を重ねるリオンは、酒精で赤くなったルドルフの硝子杯に何度目かの追加の酒を注いでやった。過去も後悔も全てを飲み干す夜は、まだ明けそうになかった。
***
「あの人みたいに……もっと、できることがあった、はず、なんだ……」
だんだんと呂律が回らなくなってきたルドルフに、彼の限界を悟る。平民時代はそのまま夜明けまで部屋で寝落ちさせていたわけなのだが、今現在、リオンは侯爵家に居候中である。
―――どうしたものかしらね。
足元で顔を上げた存在に、リオンは困ったように微笑んだ。これまで、ルドルフとリオンの二人きりだったサシ飲みに、今回特別に招待した『彼』が起きたらしい。
リオンの足元で、白いフワフワが身動きし、巨大な毛玉から二本の前足がニュッと伸ばされた。クワァと欠伸する口から覗く鋭い牙が鈍く光り、その白い毛並みが魔導ランプの灯りに透かされて金色に輝く。
ソレは一匹の雄猫だった。実は最初から室内におり、リオンの執務机の上だったり、戸棚の天板や長椅子の上をウロウロしていたが、二人が酒宴を始めてからは、大人しくリオンの足元で大人しく丸まって眠っていたのだ。
白猫は、そのまま起き上がって伸びをした。立ち上がるとその大きさが分かる。リオンより大きな猫は、頭の先から尻尾までが二メートルあるらしい。そんな巨大猫は、その長い尾をピンと立ててユラユラと揺らすと、ルドルフにテトテト近づき、彼が腰掛けている長椅子に飛び乗った。
新緑の翠眼に端正な顔立ちの壮年が映り、そのままベロリとその頬を舐め始める。猫の舌特有のザラザラとした感触。そのくすぐったさに耐えかねたように、ルドルフが小さく笑った。
「こら、やめなさい。……慰めてくれるのかい? ありがとう。いい子だね」
そんな一人と一匹を、女王は複雑な心境で眺めていた。
彼女には、特殊な『眼』がある。
相手のステータスが見えるのだ。
目前にいる優しい獣のステータス表示もまた、当然のように中空に浮かんでいた。
―――【種族】愛玩種『猫』
ちょっと大きいことを除けば普通で愛らしい、この猫は侯爵家本邸のアイドルだ。飼い主はリオンによる特殊蘇生者の女騎士で、彼女の任務中はここ本邸で預かっている。この子を預けて欲しいと頼んだのはリオンだった。
愛想がよく、誰にも懐くネコチャンが可愛いからと飼い主には言った。
あえて他の猫と違う点を挙げるならば、
―――【特殊状態異常】先祖返り
先祖返りと呼ばれる現象で、人間と同じぐらいのサイズと寿命、知能をもっていること。
―――【特殊状態異常】指定記憶保持
―――【備考】指定記憶時の個体名:49040911061
所謂前世の記憶があるらしいこと。
そして、
―――【特記事項】『過去名:54112612051』『現在名:ルドルフ』と同一年代同一地域への転生を希望。種族指定不可を条件に上位権限者が指定記憶の保持及び時間軸転生地点選択を許諾。この条件は上記指定生命体が次輪廻に移行するまで有効とする。
何に生まれ変わるかも分からないのに、それでも見守りたくて、一体幾度繰り返したかは知らないが、どうにかここまで追いかけてきたらしいこと。
知っているのは、そのぐらいだ。
前世持ちであること、どうやらルドルフに縁があるらしいこと以外は、とっても可愛くて、とっても大きいだけの、普通のネコチャンを女王は大変に気に入っていた。
―――元の世界に遺してきた兄は元気だろうか。
硝子杯に口を付け、濃厚な酒を飲み干した。酔わないはずの酒が、やけに熱く喉を滑り落ちた。
***
この半刻後、人払いをしていたにも関わらず、酒盛りにジギスムントが乱入してきた。
「やはりか。リオン殿、妙齢の既婚者が密室で異性と二人きりになるのは宜しくありませんぞ。やるならばもっと上手くなさりなされ。ルドルフ殿、今回は私が同席致しましょう。なに、私は『ノイス』です。この中で一番早く軍神の御許に召される身なれば、酒席の与太話など誰にも語りはしませぬ」
―――あ。それ今、地雷……。
「ル、ルドルフ。大丈夫……じゃないわね」
リオンはフォローを入れようとしたが、一歩遅かった。彼は既に滂沱の涙を流していた。
「貴方も私を置いて行くんですね……彼のように。……置いて、行かないでください。お願いですから……」
そのまま顔を覆ったルドルフに、ジギスムントがアワアワと両手を意味なく上下させ、白猫も慰めるように彼の首に頭を擦りつけて、その膝に乗り上げ、涙を舐め取り始めた。どうしたものかと助けを求めて視線を寄こす一人と一匹にリオンは苦笑した。まあ、普段の冷静沈着なルドルフを知っていれば、彼がこんなに泣き上戸だとは思うまい。仕方ないなぁ。
「ルドルフ。大丈夫よ」
微笑む女王に臣下が涙に潤んだ目を向ける。
「ノイス侯爵家がもうすぐ抱える爆弾娘を忘れた訳じゃないでしょう?」
パチリと瞬いた新緑の瞳が、暫くしてキラキラと輝き、いつになく素直に彼は破顔した。
「……そうでした。ジギスムント殿が死ぬことを、無自覚核弾頭が許すはずがないですよね。結果的に死ぬほど苦労することになるでしょうけど、ジギスムント殿が。私が今までしてきた苦労を全力で実感することになるでしょうけど、ジギスムント殿が」
物騒な女王と臣下の会話に、前ノイス侯爵が頬を引き攣らせた。
「何の話ですかな。もしや、我が次男がもうすぐ迎える嫁御の話では」
それに、リオンとルドルフは明るく笑って誤魔化した。
「何でもありません」
「いやだなぁ、酔っ払いの与太話ですよ。本気にしないで下さい。……ふふ」
話を聞き出そうとするジギスムントと誤魔化し続けるルドルフ、それを傍観するリオンの酒盛りは、夜明けまで続いた。
***
窓の外では、未だ花冷えの雪が降り続けている。けれど、この部屋にはもう、あの冷たさが吹き込むことはないだろう。白猫は安心して新緑の瞳を閉じ、ルドルフの膝を枕に眠ることにした。
作者が社畜中のため、更新停滞しております。小話が完成したので、連休中にUPします。
皆様が楽しい三連休(一日目はあと十分を切りましたが)を過ごされますことを主人公のリオン共々祈っております。
*この文章は次回更新時に削除します。




