【小話】理由【本編前日譚/辺境伯家長女視点】
【小話:三男2-1】後日、長兄が選ぶ厄ネタオブザイヤーに輝いた。【本編前日譚/亡国王女の三男視点】のその後に何があったかを辺境伯長女視点で書いた小話です。
【登場人物】*年齢/身分は小話当時のもの。
≪愉快な幼馴染組≫ 誘拐犯に漏れなく殺害されたが、親切な飛竜便屋に拾われて斎王に蘇生してもらった。凄く運がいい。後の皇太子妃、辺境伯、皇太子、侯爵である。豪華メンバー。
アデリナ(11):小話主人公。バルリング辺境伯家の長女。黒髪。誘拐犯の目的その1。見敵必殺がモットー。
ルイス(10):バルリング辺境伯家の長男。黒髪。誘拐犯の目的その2。シスコン。
フリードリヒ(10):皇太子第一子。帝孫。銀髪。巻き込まれた。幼馴染組唯一のストッパー。
グスタフ(10):ノイス侯爵家の嫡男。金髪。最も状況を理解した上で、自分だけ生き残っても意味がないと巻き込まれに行ったのは内緒である。
≪臨時の保護者組≫ 後の夫婦である。
セルマ(17):ロススウェイト連合王国斎王。白髪赤目。特技は祈祷魔導による死者蘇生。一定条件下で国内の魔獣戦死者を遠隔蘇生できるチート祭主。蘇生中になんとなく子供たちの正体に勘づいて手が震えた。おや~? これ、立ち回りを間違えたら自国も帝国も内乱戦に突入不可避では??
ゲイル(15):飛竜便屋。小麦色の長髪。亡国王女の三男。訳アリの死体を仕事中に拾った。蘇生中に斎王から子供たちの正体を教えてもらった。これ、バレたら長兄と副会長に怒られるやつ……となっている。
≪今回出番少ない≫ 後のルイスの嫁。
リオン:本編主人公。この世界では白金色の髪。当時は黒目黒髪で地球の日本にいた。
≪出番はない≫ ついでに未来もない。
小話には登場しない誘拐犯ズ(多重下請け最下層で実行役となった、帝国外にある人類生存圏から派遣で来た零細暗殺企業の従業員):なんか知らん貴族の子っぽいのもついでに暗殺したけどヨシッ。
小話には登場しない帝国老舗裏組織(元請け):やっべ~。なんか全然知らん組織がウチの下請けとして帝孫まで暗殺したって報告が部下から上がってきたんですけど。下請けの下請けのずっと下請けでぇ、最終的な受注金額これで帝孫殺したって? マ? コスパ神じゃん!
小話には登場しない帝国貴族(発注元):誰がそこまでしろと!!!!
***『理由』(辺境伯家長女視点)***
ふっと意識が引き上げられた。蘇生時特有の気怠さに自分が死んでいたことを悟り、アデリナの全身が粟立つ。体の感覚までは戻っていない。手足を動かせるようになるまで数分といったところか。
急速に脳内で思考が回転していく。
―――動けるようになった時の最適解は何だ。
まずは状況把握だ。目はまだ開かない。聴覚も……まだ、か。記憶から推測するしかない。
―――死んだのか? 最期の状況は? 周囲にいたのは誰だ?
死亡は確定。この怠さは蘇生時のものだ。
最期の記憶は、アデリナの生誕日を祝って領地で開いた夜宴中のものだ。
窮屈なドレス姿に嫌気がさして、少しだけ休憩しようと月光に照らされた庭園に向かったら、招待した覚えのない幼馴染たちが弟と共に茂みから出て来たまでは覚えている。彼らはアデリナの背後を指差し、何かを言おうとしていた。その後の記憶がない。
何か意識を混濁させる魔法か魔術でも使われたか。やはり女人向け夜会服は戦闘に向かない。二度と着るものか。
―――最優先事項は?
帝国の存続だ。我らが帝国のため、私の全てはある。なれば、私の為すべきことは決まっている。
―――第一に、招待されてもいないのに勝手に誕生祝いに来やがった帝孫フリードリヒ殿下の安否確認! ついでに、それに協力したらしい弟ルイスと、幼馴染のノイス侯爵家嫡男も!
辺境伯領ではどうしても警備が手薄になる。戦線における慢性的な人員不足の影響だ。だから招待しなかったというのにあの馬鹿ども。安全が確保出来たら、二度とこのような愚行を犯さないと誓わせてやる……。
***
蘇生時に最初に動かせるようになるのは瞼だ。やっと感覚が戻った。だが、まだ万全の状態ではない。それに、意識が戻ったことを周囲に知らせて良いかの判断がつかない。私の周囲にいるは果たして敵か、それとも味方か。
―――まだ、だ。
心臓を中心に、全身に血が通うように力が戻っていく。触覚が回復した。肌に触れている布地は濡れており、夜会服の絹地とは感触が異なる。衣類を変えられている。戦闘に支障がない形状だと良いが。スカートは足に纏わりついて苦手だ。
―――指先の感覚、よし。両足もいけるな。……今だ!
腹筋と足のバネで中空に飛び上がり、周囲の様子を伺う。
後方は泉。かなり大きい。よかった。保護対象の三人は私の後ろにまとめている。意識無し。横たわっている状態だ。守りやすい位置だが、彼らを連れての逃走は無理か。
―――魔獣はいない。人間を7名確認。一人を除いて見慣れない装束だ。ヴァッレン帝国の文化圏でない可能性あり。……あれは誰で、ここはどこだ?
十代後半に見える若い男が1人に、同じぐらいの年頃の高位貴族らしき女性が1人、その付き人らしい女たちが5人。うち2名以外に目立った武装無し。こちらには武器が無い。戦闘になった場合、どの魔法或いは魔術を使うべきか。……あの剣を奪えないだろうか。
飛び起きてから草地に足を降ろし臨戦態勢を整えるまでの一瞬でそこまで思案する。足場を確認しようと地面に視線を走らせて、足元に刻まれた、細長い何かで引っ掻いて描かれたらしい文様が目に留まる。
―――これは。
そのまま目線を上げて、先程、高位貴族だと思った女性の姿形を再度分析する。
―――今は綺麗に編み込んでまとめているが、ほどけば地面を引きずることになるであろう長い白髪。煌めく紅の瞳。独特の祈祷魔導文様が刺繍された白銀絹の長衣。17歳になるという年齢と風貌が一致する。……なんで肩に釣竿を担いでいるのかだけが謎だ。柄の部分に土が付いている。もしかして、足元の祈祷文様はアレで掘ったのか。……聖杖でなく? まあ、些末なことだ。
アデリナは臨戦態勢を解き、両膝を大地に付いて、頭を深く下げた。この御方は敵ではない。……敵にしては、ならない。
―――風貌、特に髪と目の色、服飾……それに、足元の祈祷文様。本物を拝謁するのは初めてだが、確定だ。
両手を胸の前で交差させる。武具を振るえぬ体勢となり相手への恭順を示す、かの貴人が住まう人類生存圏における儀礼作法だ。
目を一度閉じて人類生存圏間における共通語での外交定型文を脳みその片隅から引っ張り出す。初めての実践が外国王族と知っていれば、講義を半分以上さぼったりはしなかったのだが、後の祭りというやつだ。
「ロススウェイト連合王国は斎王猊下、セルマ王女とお見受け致します。寛大なる慈悲の御心により我らをお救い頂き、感謝の念に堪えません。伏して御礼申し上げます」
そのまま自身の所属を名乗ろうとしたところを、慌てたようにセルマ様が遮る。
「待って! 名乗らないで! ……お嬢さんと後ろの三人が誰かは見当が付いてるの。でさ、知ってるでしょ、うちの国の情勢と私の政治的立場。君たちを勝手に蘇生したのがバレるとヤバいの。最悪、内戦の旗頭にされちゃう。大国に恩義を売ってるから、後ろ盾になってもらえるって」
想像よりも砕けた御仁らしい斎王に、ゆっくりと頭を上げる。長い儀礼文言も、手短に話をしたいからいらないと言われてしまった。少し考えて、フムと頷く。
「分かりました。では、私のことは『クロ助一号』とでもお呼び下さい」
立ち上がりつつ言えば、斎王セルマは目を瞬かせた。
「そ、それでいいの?」
膝に付いた泥と草を払いながら何か問題があるかと首を傾げる。アデリナの短髪から滴った雫が地面に落ちた。静かにゆっくりと近寄ってきた付き人の女性が、乾いた毛布を体に巻いてくれる。もう一人が黒髪に手巾を押し当て水気を拭うのに、されるがまま大人しくしながら答えた。
「もう一人黒髪がいますので。ああ、長かったでしょうか。では『姉の方』とでも」
背後にいる弟と幼馴染2人も他の付き人たちが介抱を始めるのを確認していると、斎王セルマが釣竿を持ったまま近づき再度尋ねてきた。
「本当にそれでいいの?」
「名前など記号に過ぎませぬ故、戦闘に支障が無ければ問題ございません」
頷いて見せれば、信じがたいものを見るような目で見られた。
「う、噂に違わぬ戦闘民族国家ね……」
***
後方でまだ惰眠を貪る幼馴染と弟が聞けば、コイツと一緒にするなと猛抗議を受けそうな誤解を解かぬまま、アデリナは斎王猊下と彼女の背後に控えていた男―――飛竜便業者だそうだ―――と三人で今後の話を進めていく。
「なるほど、帝国外で殺されましたか。まあ、殺害場所が分かる魔導陣を体内に刻んでおりますので、その有効範囲から離れたかったのでしょう」
淡々と頷けば、ドン引きした表情で斎王セルマがツッコミを入れた。
「何その物騒な防犯ブザー。死ぬのが前提なの?」
帝国貴族では常識なのだが、どうやらこの人類生存圏では馴染みの無い文化らしい。
「突発的に湧出した魔獣に殺された場合、場所が分からなければ蘇生できないではありませんか」
「えぇー。魔獣で死んでも国内だったら、聖具を所持するか祈祷魔導印を臓内刻印していたら自動蘇生が……ああ、そうか、帝国と連合とでは前提条件が違うのか」
アデリナの目前にいる女性は斎王セルマ猊下だ。ロススウェイト連合王国の魔獣討伐僧侶に不死を約する、一定条件下での遠隔蘇生を可能とする祭主なのだ。ヴァッレン帝国どころか、他の人類生存圏にも存在しない、特異な『異能』持ち。
現地にいなくとも蘇生が可能な『異能』―――それは、幼馴染の一族がずっと追い求めているものだ。アデリナは拳を握りしめた。無いもの強請りはしないと決めている。もしそれが手に入れば、宝物の一人を……幼馴染を失わずにすむかもしれなくとも、現役の斎王に自国を捨てろなどと言える訳がない。
「はい。……貴国と我が国では蘇生の条件が異なります」
「そっか」
白銀色の長い睫毛が伏せられて、赤い瞳を覆い隠す。揺れる赤に、ああ、この人は優しい御方なのだな、とアデリナは目を瞬かせた。自身が救えない他国の民草の死にまで胸を痛めて下さっている。いいなと思った。こんな御方が守護する連合国民は幸せだなと。
アデリナは11歳だ。祖父母に乳母、護衛騎士、恋人の後を追ってしまったナースメイド。もうすでに、数えきれない命がアデリナの掌から零れ落ちていった。愛した存在を失うのに慣れてしまったアデリナの目には、会ったこともない相手の命を思いやる聖王猊下が酷く眩しい生き物に思えた。
それでも、アデリナの帰るべき国はヴァッレン帝国だ。だって、アデリナが守りたいものはそこにある。家族、幼馴染、共に魔獣戦線で戦う人々―――あの場所で必死に生きる全員が、アデリナの宝物だ。
だから胸を張って憂うる佳人に訴えた。
「それより、図々しいお願いとは存じ上げますが、私のサイズの戦闘服と武具、帰路に必要な金品をお貸し頂けませんか。あと申し訳ありませんが、他の三人を暫く保護して頂きたい。私が急ぎ国元に帰り、迎えを寄こさせます。勿論、返礼は後日必ず致しますので」
アデリナの嫌な予感は当たっていた。彼女は誘拐犯によってワンピースに着替えさせられていたのだ。ずぶ濡れな上に着心地の悪い粗悪品なのはどうでも良いが、丈が短すぎた。これでは剣の構えをするだけで脹脛が見えてしまう。アデリナ本人は気にしないのだが、慎みが無いと弟と幼馴染どもが煩いのだ。
「……ここから国元まではかなり距離があるわよ。というか、さすがに11歳の子供一人では行かせられないわ」
しんみりした空気を吹きとばした脳筋娘に、斎王セルマは再び引いていた。
***
生存圏間の文化差にお互いが納得したところで、現状の確認を続ける。
現在地がロススウェイト連合王国の斎王の離宮だと言われて、どうしたものかとアデリナは腕組みした。
「このままですと私どもの母親たちが推定犯人を片っ端から滅殺してしまいます。魔獣戦線に害を及ぼすウジ虫の駆除は必要ですが、今ではない。早急に帰国しなくては」
「え、なにこの11歳児。ね、ねえ、『飛竜便屋』、あっちではこれが普通なの?」
斎王セルマの横に立つ『飛竜便屋』は背の高い朴訥とした顔つきの青年で、のんびりと穏やかな声で彼女の問いに答えた。
「いえ、そのようなことは……ない、と……うーん、でも僕の知ってる子供たちも……でも、アレが普通かって言ったら……」
「帝国、こわ……近寄らんとこ」
随分と気安く話す男女にアデリナはコトリと首を傾げた。斎王と平民だ。天と地ほども身分が違うはずの二人なのに、気の置けない友人同士のようにポンポンと軽口を叩き合っている。
自身よりも背の高い彼らを見上げれば、白髪に編み込まれた小麦色の組み紐と、小麦色の髪をまとめる紅白の組み紐が目についた。よく見れば、同じ目の出し方をしている揃いの紐だ。ふむ。つまり。
「お二人は恋仲なのですね」
アデリナは幼馴染の一人に情緒が終わっているとよく言われる。大抵フォローを入れてくれる彼は、残念ながら現在意識喪失中であった。
頬を染めた斎王セルマが、横にいる『飛竜便屋』から一歩離れて、アワアワと意味なく両手を振る。
「おおぅ!? 断定形? え、その文末変化は、共通語で断定形であってるわよね」
「合ってます。合ってますけど、違うから。僕と、ええとセ……じゃなくて『親切なお姉さん』は…」
一度口を噤んだ『飛竜便屋』が『親切なお姉さん』を見やる。斎王セルマがキッと彼を睨んだ。
「この前みたいに『お客様と飛竜便屋』とか言ったら怒るから。ゲ……『飛竜便屋』は私の大切な、…大切な…」
そのまま真っ赤になってお互いを見つめ合う二人に、アデリナはコテンと首を反対に倒した。
「まあ、関係性にどういう名を付けるかは当人たちの自由ですが」
自身の首に手刀を当てて、アデリナは二人を見上げる。
「死んでからじゃ遅いこともありますよ」
さっきまで死んでいた幼女の言葉には妙な実感があったと、後に『飛竜便屋』は思い出話の中で妻に語った。
―――『死んでからじゃ遅い』
黒い瞳の少女が淡々と告げた言葉は『親切なお姉さん』と『飛竜便屋』の記憶にその後も残り続けた。
ちなみに、なぜ意識が無かったはずのアデリナが切られた位置に正確に手刀を当てられたかを大人たちが尋ねたところ、「経験則」とのシンプルな回答を得た。本日二回目の「帝国、こわ……近寄らんとこ」を発した斎王と、その帝国に連れて帰りたいって告げたらこの人なんて言うかなと内心考えている飛竜便屋であった。
***
「子供4人なら僕の飛竜に乗せて連れ帰れますよ。……慣れてない子供連れだと、片道一週間ぐらいかな」
最短での帰国のために、斎王猊下が懇意にしているという『飛竜便屋』がアデリナ達に協力してくれることになった。というか、我々四人組の切断死体を飛竜に命じて湖から回収してここまで運んでくれたという彼は、こちらも命の恩人である。
「ご厚意感謝する。我らの家から恩賞を」
「辞退します」
速攻で断られた。何故だと見上げた黒い瞳を、焦げ茶色の瞳が苦笑しながら見下ろす。
「申し訳ないのですが、僕と僕の所属する商会が今回の件に関与したことは内密にして下さい。最近の王侯貴族のゴタゴタは僕たち庶民にも届いています。巻き込まれると僕の命と商会の存続にかかわりますので。あと、商会の副会長に物凄く怒られます、僕が」
恩人の言葉に、確かに今の貴族社会は荒れに荒れており、下手に平民を巻き込めば命が無いなと納得するしかなかった。貴族のアデリナですら今回死んだわけだし。
「……左様か」
「はい。本当にお気になさらず。しかし、それでは急いで帰国した方がよさそうですね。今の情勢下で貴族が本気の抗争を起こすのは洒落になりません」
「確かにそうね、侍女頭に出立の準備を手伝わせるわ」
事は急を要するということで、弟と幼馴染二人の意識が戻ると同時に離宮を出立することになった。まだ状況を把握しきっていない彼らと共に飛竜に乗ったアデリナに、斎王セルマが聖杖でもって祝福を与えて下さった。
「いつかこの御礼は必ず致します」
「そうね、お礼はいいから……いつか貴女が大きくなったらもう一度、今度は遊びにいらっしゃい」
―――遊びに?
子供にかけるような別れの挨拶に11歳のアデリナが目を瞬かせる。それに眉を下げて斎王は微笑んだ。
「では、我が国の情勢が落ち着きましたら必ず」
「楽しみに待っているわ」
それが二人の最後の会話だった。
ヴァッレン帝国の今代皇帝は暗愚と名高い。貴族社会の激化する権力争いの中、少女は生存競争に晒され続けるのだろう。決して明るいとは言えない彼女の未来に、斎王セルマは祈りを捧げた。
「……どうか慈悲深き月神のご加護厚からんことを」
***
それにしても『飛竜便屋』はなんとも欲のない御仁であった。
所属商会どころか自身の名前すら教えてくれず、道中は『飛竜便屋』とでも呼んでくれと言われた。帰路で飛竜の翼を休めるための休憩時間に、せめてもと近場の魔獣を狩って魔獣石を渡そうとしたのだが、それすら断られてしまった。
「いいから! 大人しく! して! 下さい!!!」
叫ぶ飛竜便屋に、帝孫フリードリヒが共に声を張り上げる。
「もっと言ってやってくれっ。おい、『クロ助二号』! 『金髪』! お前たちまでどこに行く! え、穴がある? 地下型魔獣湧出地ではないかっ。やめろ、もぐるな、狩るな、爆破しようとするなっ」
「ああっ……これもう、収拾がつかないよ。……仕方ないなぁ」
派手に討伐しすぎて近隣の大型魔獣まで誘引した結果、最終的に飛竜便屋が見事な雷撃魔法で全頭を屠ることになった。その時獲れた黒狼の魔石は、後にアデリナの両耳に通信具として輝くことになる。
「すごい。……私も、いつかあんな風に」
「……姉上?」
「おい、『クロ助一号』。お前の目がそんなに輝いてるの初めて見るんだが」
「かっこいい……」
「おい、アレ、いいのか? 『銀髪』」
「……帰ったら鍛錬の時間を倍にする。相手をしろ、『金髪』」
「おう……頑張れ」
***
「ただいま戻りました。土産です」
両手いっぱいに持ち帰ることになった魔獣石は、『飛竜便屋』から分けてもらった運搬用の麻袋に目一杯詰め込まれ、彼に連れて行ってもらった領地の持ち主ノイス侯爵に心配料兼お騒がせ料として渡すことになった。
「魔獣狩りに夢中になって気付いたら迷子になっていました」
四人で考えた言い訳をアデリナが年長者として代表で保護者に告げる。一切表情が動かない鉄仮面は、こういうときに役に立つ。
「二週間もか!? 皇太子妃殿下と辺境伯夫人と我が妻がどれほど心配したと」
声を震わせて詰め寄るノイス侯爵の後ろで、フリードリヒの母親―――当時の皇太子妃が頷いて見せる。
「ああ、私もやったことがあるな」
辺境伯夫人も同意した。
「私もですわ」
額を押さえて、ノイス侯爵夫人は呻くように呟いた。
「……貴方の子ですもの、やりかねませんわ」
「皇太子妃殿下と辺境伯夫人は分かりますが、我が妻よ!?」
***
アデリナ達の失踪は機密事項とされ、何があったかを正確に知るのは当時の皇太子とその側近だけとされた。辺境伯夫妻と侯爵夫妻は察するところがあり、口を噤んだ。息子である帝孫が誘拐されたなどという醜聞が広がれば、皇太子の評価に傷がつく。そんな隙が許される情勢ではなかったのだ。
だから、あの聖女猊下との邂逅と、小麦色の髪を持つ飛竜便屋とのひと夏の冒険譚は、誰に話すこともない思い出として、アデリナたちの心の奥底に大切に仕舞われた。
その後、ロススウェイト連合王国では内乱が勃発し、非公式の返礼どころか外交もままならない状況となる。後年、国交が回復して新王戴冠の儀に参列した皇太子フリードリヒは、内乱時に斎王セルマが処刑され、その切断された遺骸が海に投棄されたと知る。彼は追悼の花束を海峡の荒波に投げ入れた。
フリードリヒの初外交には、荷役として新進気鋭の民間飛竜便業者が随行していた。紅玉色の通信具をつけた彼と見覚えのある中量種の飛竜に、皇太子は密やかに尋ねた。
「湖と同じことを海でもできるか」
「……我が社の飛竜は優秀ですから」
「そうか」
両耳に黒色の宝玉を嵌めた皇太子は、自国の民草へと穏やかに微笑みかけた。
「いい土産話ができたな」
―――『いつかセルマ斎王猊下のところに遊びに行こう』
そう約束した幼馴染の少女が遺した黒竜の宝玉が、彼の耳元で楽し気にキラキラと光っていた。
***
少女と斎王の約束は永遠に果たされることが無かった。だが、人生何があるか分からない。アデリナは弟の妻の手で10年の時を経て現世に呼び戻され、今日も今日とて魔獣を狩っている。
「髪を伸ばす理由?」
休暇中に久しぶりに会った義妹であるリオンに尋ねられて、アデリナは黒い瞳を細める。子供時代に見た長い白髪と、その横で揺れる小麦色の髪を思い出した。
「昔、憧れた人の真似だ。願掛けらしい」
何を願っているのか聞いても良いかというリオンに、その白金の髪を撫でながら答える。
「『今日も家族や大事な人たちが平穏無事でありますように』、だ」
アデリナの全ては戦うためにある。
―――神様、今日も明日も、私の護りたい人たちが楽しく笑って暮らせますように。そのためだったら、どんな犠牲も厭わない。
だから、彼女は今日も長い黒髪を靡かせて魔獣戦線を駆け抜ける。
作者の社畜レベルがアップしました。誠に申し訳ありませんが、当面の間、更新停滞致します。




