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【閑話】チャスズメと雛鳥神官【前書・後書:エウレカ視点、本編:ルーベン視点】

***前書『一番目が頼んで三番目が狩り二番目が魔改造した特製通信具』***


「一人で突出しすぎだ。上手く魔獣を躱しちゃぁいるが、そんなやり方じゃ早死にするぞ、お前」

焦げ茶色の髪をした平民傭兵が、満身創痍で倒れ伏した女傭兵に手を差し伸べる。


「……一頭でも多く、地獄まで道連れにできるのなら本望だね」

白銀色の髪を魔獣の返り血で赤く染めて、元王継承権者は自力でヨロヨロと立ち上がった。説教はうんざりだった。……一人生き残ってしまった自分にも。


「狩りってのは単独よりも群れの方が効率が良いんだぜ。どうせ死ぬならウチの傭兵団に来いよ。一頭でも多く倒したいんだろ。お前が満足して死ぬまで付き合ってやるよ」

エウレカは赤い瞳を瞬かせて、屈託なく笑う男を見つめる。道理だった。思わずうっかり頷いてしまった。


罠でもいいかと付いて行った先にいた『メールスの藍色』は、またかという顔をしていた。外交式典で見たことのある顔だった。

「また今回は随分な大物を拾って来たな。……ようこそ、放浪侯爵傭兵団に」


変な傭兵に連れられて入った変な傭兵団は、変なりに居心地がよくて、なんだか離れがたい場所だった。―――明日をこいつらと笑って迎えたい。そう思える仲間ができるのに時間はかからなかった。


そのうち古株の一人になって、副団長補佐だなんて大層な肩書をもらった今となっては、自暴自棄になっていた時期の話なんて笑い話だ。配下を失い、国を失い、帰る場所も失って、その先で得た居場所をくれたのは、このフラフラ飛び回るチャスズメだ。


―――だから。


「おい、副団長」

馬乗りになった相手に、短刀を突き付けて口角を引き上げた。

「約束したよなぁ。手合わせで勝ったら何でも言うことを聞くって」


その片耳に嵌った焦げ茶色の宝玉を人差し指でなぞり、勝者は敗者に願い事を告げた。

「ちょうどヴァッレン帝国製の通信具に興味があったんだ。コレ、片方でいいからアタシにくれよ」


そう、今は片方だけでいい。もう片方はチャスズメに自分から差し出せてやるのだ。


―――アタシを惚れさせた責任をきっちり取らせてやる。


エウレカは赤い瞳を獰猛に光らせて不敵に笑った。


***


後日、本当に宝玉を片方だけ交換して絶句した。初期化してあるソレにバックアップしていた自身の通信回路を設定していったのだが、処理速度と容量、性能が異常に良かったのだ。


「あれ、コレ表面を鍍金(メッキ)してあるじゃないか。元は何色だったんだよ。え……なんだ、この処理速度と通信範囲。うっわ、仲間の探知精度もヤバい。元王族のアタシのよりも高性能ってどういうこと……。ルーベン、こ、これってなんの魔獣石で作って。……おい、目を逸らすんじゃないよ、このっ、逃げるな! 平民詐欺のチャスズメッ」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


***【閑話】『チャスズメと雛鳥神官』【前書・後書:エウレカ視点、本編:ルーベン視点】***



長兄とリオン殿が茶飲み友達になって暫く後のことだ。まだ女王が平民生活を謳歌していた頃に、うっかり軍神の御許に召されそうになった任務があった。


陸路で魔獣支配圏を踏破する商隊護衛中のことだった。斥候役をしていたら未確認の魔獣湧出地に遭遇したのだ。その数は三、規模は中型から大型。運の悪さに呻きつつ、部下に撤退を叫び、魔獣との戦闘に突入した。


即座に通信具で状況を伝達して、本隊に非戦闘員である商隊員を警護しつつの退避を促した。が、その後にマズった。


魔獣の群れに斥候部隊を分断されたのだ。救助に傭兵団の仲間が来た時には複数の死傷者を出していた。それでも何とか仲間の死体を回収して、負傷者を庇い、道中で複数回全滅しそうになりつつ命辛辛(からがら)ではあるが退避先の航行路オアシスに駆け込んだ。


オアシス入口では駐在神官部隊が待ち構えていた。先に到着した商隊や他の傭兵団が声を掛けておいてくれたらしい。ありがたかった。


あの日、俺達にはきっと軍神のご加護があった。運の良いことに、退避先の航行路オアシスがヴァッレン帝国の管理運営するものだったのだ。


帝国直営オアシスには我々帝国民への優遇措置がある。おかげで即座に治療に取り掛かって貰えた。他国管理や民営のオアシスならば、まず治療を受けさせてもらえないかの交渉から始まるところだった。


また、帝国通貨での支払いができ、共通言語が通じる点もありがたい。現地通貨への両替や高価値の貴金属での支払い、通訳を介してのやりとりは、時間がかかるし、ぼったくられたりしてのトラブルもあり、単純に面倒なのだ。回避できるに越したことはなかった。


これでオアシスの駐在神官も当たりだと嬉しいんだが、こればっかりは本当に神のみぞ知るといった具合だった。神官の聖魔法と癒術の腕はマジで当たり外れがある。そして帝国から離れた危険地帯ほどハズレを引く確率が高い。


はてさて、この航行路オアシスの駐在神官はどうであろうか。彼らが信仰している軍神に祈りを捧げるしかなかった。


魔獣戦線の害悪になり得る人間全てを邪教徒として発見(サーチ)(アンド)滅殺(デストロイ)している殲滅教皇が称える主神だ。さぞ御利益(ごりやく)があるに違いない。そう自身に言い聞かせて仲間だった物体を神官達に引き渡した。騎獣に積まれたまま移動させられていくソイツらに胸中で語り掛ける。


―――軍神の御許で静かに眠るタマじゃねぇだろ、お前ら。さっさと素直に還って来いよ。


***


蘇生のための聖魔法の光を遠目にヤレヤレと木陰に腰を下ろす。今頃になって青砂鮫に千切られた片腕が痛みを訴えてきていた。


止血のために傷口を炎魔法で焼いていたのだが、まあ普通に重度の火傷である。戦闘中の興奮が醒めれば、忘れていた痛覚が存在を主張し始めていた。慣れてはいるが思考が散るので鬱陶しい存在だ。


部分欠損及び傷病の回復は蘇生よりも限界時間が長い。あいつらが黄泉路から還って来て、神官集団に余力があれば依頼するか、と頭の中で今回の蘇生及び欠損回復依頼費用が幾らになるか算盤を弾いていた時だ。


「あの、傭兵殿。よければ、その腕、回復致しましょうか」


年のころは十三、十四といったところか。痩せた少年は下級神官服に身を包んでいた。首から下げた等級章は見習いの白色だ。ああ、親に売られた奴か、と胸中で呟く。


聖魔法や癒術は基本的に貴族の専売特許だ。


だが、数多の亡国が生まれるこの世界では、元王侯貴族が平民落ちして、後の代に特異能力が顕現することも珍しくない。そして、子供に高価値の異能が発現した場合、その子を貴族や神殿などの買い手に売る親もままいる。


この少年神官は、自身の進路に選択肢を与えられなかった、売られた子供のうちの一人なのだろう。ここにいること自体がその証拠だ。


航行路オアシスに派遣される駐在神官は後ろ盾のない者が多い。いつ魔獣の襲撃を受けるか分からない、撃退できなければ即全滅の死地なのだ。そんな場所に好き好んで来る奴の方が珍しい。そして、この少年は見るからに好きで来たわけではない組だった。


「……俺でなく、あっちに転がっているマヌケな死亡組の回復をしてやっちゃぁくれねぇか。さっさと生き返ってくれねぇと、ドジ踏んだバカってからかえねぇからな」


そう言って見上げれば、少年神官の顔が歪み、その薄緑色の瞳に薄く水の膜が張った。ギョッとして見つめていれば、途切れ途切れに「できないんです」と声が絞り出された。


「僕は魔力量が少なくて、部分欠損の回復ぐらいしか、できないんです。せっかく、神殿に聖魔法の適性者として『保護』して頂いたのに、役立たずで……」


俯いた彼に、残った片手で後頭部を掻く。


帝都の大神殿は教皇が睨みを利かせているので平民の扱いもまぁまぁいいのだが、地方となると貴族家出身の奴が威張っていたりして、割を食う平民神官がいるらしい。んで、恐らくはこの平民神官も親から買い上げたのに思っていたよりも使えないと、この航行路オアシスに飛ばされたのだろう。


よくある話だ。だが―――気に喰わねぇ。


「おう、坊主」


声を掛ければ、堪えきれなかった雫が乾いた地面に零れ落ちて点を描いた。まだ年若い少年神官が泣いているというのに、今までの遣り取りや彼の様子を、施術中の連中含めて他の神官達はまるで気にしていない。


―――このオアシスはハズレだな。


弱くて価値が無い相手を排除するだけならば魔獣でもできる。だが、俺達は人間だ。弱いってんなら強くなるまで守り育ててやればいい。


「お前、名前は?」


そもそも、こいつが役に立たないと誰が決めた。


―――神官の価値は身分でも魔力量でも決まらない。その真価はどれだけ魔獣戦線に貢献できるかという一点のみで示される。


***


「……ユム、です」

おずおずと告げられたのは平民らしいシンプルな名前だった。


「よし、ユム。こっちに来い」

呼び寄せればテトテトと近づいてきた少年に、座り込んだ自分の太ももを叩いて見せる。


「そんじゃあ、いっちょ頼むわ。ほれ、ここに座れ」


言われるがまま遠慮がちに少年神官が腰掛ける。大変に素直である。うちの反抗期の弟共もこのくらい素直だったらなぁ。思考が逸れそうになりつつ、ユム少年の薄水色の髪を残った片腕でワシワシと撫でやる。まぁ、まずは落ち着け。


「大丈夫だ。失敗して腕が一か所から二本生えようが、肩から足が生えてこようが、切り落としてやり直しゃぁいいことだ。まずはやってみろ」


さすがにそんな失敗はしないという顔をした少年神官が、思い到って思わずという風に尋ねた。

「あの、そんなご経験が……?」

どんなヤブ神官にかかったのだとドン引きの表情をされた。これ言うと大抵の奴はこういう反応するんだよな。可愛い弟に協力しただけなんだが。


「おう、知り合いの見習い神官に協力してやったんだ。最初は遠慮してやりたがらなかったんだが、俺が目の前で腕を切り落として回復しなけりゃあ死ぬって状況を作ったら、必死になって癒術と聖魔法を使ってくれたぜ」


練習台の押し売りである。ちなみに、死者蘇生がちゃんとできるか不安そうだった時には目前で首を掻っ切って新鮮な死体(練習台)になった。弟に号泣された上に滅多に怒らない長兄の雷が落ちた。懐かしい思い出である。


無駄に経験豊富な患者が、ユム神官に片手を差し出す。


「ほれ、手を貸せ」


言われるがまま伸ばされた手を握り、魔力回路を『接続』する。この辺は弟のテオフェルとの癒術及び聖魔法訓練で慣れた工程だ。


突然魔力を『(つか)まれて』驚き固まったユムの体内回路を探った後に、ルーベン自身の欠損した片腕周辺にある魔力回路へと『引っ張る』。ほれ、ここだ。ここで癒術を使って、ここで聖魔法をこうやって使うんだ。


ユムの魔力を導いてやれば、促されるまま聖魔法が発動された。本当に素直で良い子だ。光の粒子によって片腕が編まれて再生されてゆく。ほぉー、こいつは。


「確かにお貴族様ほど魔力量はねぇが十分だろ。繊細な魔力操作は、もしかしたら貴族家出身の神官サマ以上なんじゃねぇか、コレ」


復元後に片腕を動かして魔力回路の通り具合を確認したが何の支障もなかった。なんだったら噛み千切られる前よりも具合が良い。これなら、いざとなれば即座に戦闘に復帰できる。


「上手いぞ。お前は腕が良いな。ユム」

褒められ慣れていないのか反応に困っている少年神官の頭を軽く撫でて、そのまま耳元の通信具に指を伸ばした。コイツはこんなところで腐らせるにはもったいない神官だ。



***



新しい通信回路を勝手に登録すれば、少年神官が目を白黒させてこちらを見上げて来た。それに口角を上げてみせる。


「腕の礼だ。なんか困ったことがあったらソコに通信を入れろ。俺か、俺が出れない時は俺の知り合いが出るからよ。一応ここからでも中継地点を挟めば帝都まで圏内だろ。中継交換台の依頼方法は知ってっか?」


まん丸になった薄緑色の瞳を、平民傭兵が焦げ茶色の瞳で覗き込む。


「俺はルーベン。放浪侯爵傭兵団の副団長だ。これでもちっとは名が知れてる。変な奴に絡まれたり困った時には俺の名前を出せ。それで引き下がらねぇなら迷わず通信を入れろ」


―――お前は立派な神官だ。胸張って生きていけ。


そう背中を叩いてやり、中継台の利用方法を説明しながら、その荒れた手に金鎖を数本握らせた。航行路のような場所では、帝国通貨よりも金銀宝玉等の換金性の高いものの方が使い勝手が良い。


「地方神殿支給の通信具じゃ、宝玉の等級が低すぎて通信可能範囲が足りねぇからな。お前の通信具なら、ここからだと西方第四十五中継台経由で帝都の第二十六交換台を呼び出して、そこから俺の通信回路に接続するのが早い」


「西方第四十五中継台、帝都の第二十六交換台……」


鸚鵡返しに復唱する少年に、そうだ、覚えとけよ、と頷く。


***


「あの、施術の謝礼は所属神殿に奉納を」

「それは傭兵団の方から払っとく。これは俺の個人的な礼だ。個別の礼金は受け取ってもいいんだぜ。まあ、限度はあるけどな。あんまり私腹を肥やしすぎっと殲滅教皇が来るぞ」


殲滅教皇の名前に背筋を伸ばした少年神官に、ルーベンはクツクツと笑いを零した。軍神神殿の殲滅教皇は幼い子供が悪さをしたときに叱る鉄板ワードだ。こいつも小さな頃、親か誰かに脅されたのだろう。悪いことをすると殲滅教皇が来るぞ、と。


叱るってのは、正しい方向に導くということだ。正しくあれとコイツに殲滅教皇を教えた誰かが、どうして今、この少年と共にいないのかは知らない。だが、コイツは一人で飛ぶにはまだ幼い雛だ。守り導く先達が必要だろう。


「ユム。この先、お前がどんな神官になるかはお前次第だ。だがな、神官ってのは人間を救ってなんぼだってのが俺の知ってる帯同神官の口癖だ。


帝都の本神殿にラウレンツって神官がいる。そいつが身分を問わず実力のあるやつを集めて帯同神官部隊を作ろうとしてるらしいぜ。予定任地はバルリング辺境伯領。帝国の命運を握る、人類と魔獣の生存圏争いの最前線だ。人も魔獣も山のように死んでは補充されて湧出してくる、この世の地獄みたいな戦場だ。


―――お前の名前がラウレンツ神官の耳に入るようにしとくから、その気があるなら腕を磨いておけよ。ユム」


弟のテオ曰く、ラウレンツ神官は暑苦しいほどに世話焼きな指揮役神官だそうだ。彼ならば、この少年の卓越した魔力操作能力に気付いて、この雛鳥を一人前の神官に育て上げてくれるだろう。


静かに話を聞いていた少年神官の頭をポンと叩いて、さて、と視線を巡らせる。ああ、団長はあっちにいるのか。商隊長と何か話している。今後の旅程についてだろうか。


―――航行路オアシスも帝国魔獣戦線も死地には変わりない。だが、どうせ死ぬならば己の価値を正しく示せる死に場所がいいだろう。少なくとも俺はそうだ。


今日笑っていた相手が明日は爪の欠片一つを残して消えている。魔獣相手の傭兵なんてもんは、明日生きているかも分からない職業だ。それでも俺は、俺を必要としてくれる仲間と共に戦場と魔獣支配圏を駆け抜ける、この生き様を気に入っている。


幾重もの死線を潜り抜けた先の地獄で、またこの少年神官に会うことができるかは軍神のみぞ知るといったところだ。だが、きっとまた世話になる日が来る。


薄緑色の瞳に宿った光に、弟に似た色を見つけてルーベンは目を細めた。

「またな、ユム。次は帝国の魔獣戦線で会おうぜ」


***


団長に向かって歩いていれば、背後から投げつけられる物体があった。死角から投げられたそれを難なく受け取れば、打ち込み式の魔力回復薬だった。


「おっ、さすがだな、エウレカ。ちょうど欲しかったんだ」


新しく再生した腕に打ち込めば、底を尽きかけていた魔力が急速に回復していくのが分かった。後の副作用を思うと憂鬱なのだが、これからのことを考えればその即効性がありがたかった。


「容器は返しとくからこっちに。んで、とりあえず上だけ替えの服を用意しといた」

「いつもスマン。ありがとうな、エウレカ」


差し出されたエウレカの手に空になった硝子筒を預け、礼を言う。


手を軽く動かして魔力回路が問題なく作動するのを確認し、ボロボロの上に片腕のない上着をバサリと脱ぎ捨てる。


有能な副団長補佐が差し出す新しい服―――とはいっても恐らくはオアシスでよく売られている他の旅人が売ったのであろう古着を受け取り着替えた。引っ被った魔獣やら人間やらの血と土埃はもう諦めて、手櫛で髪を整えつつ、現状を確認する。


「蘇生と負傷者の回復は」

「今蘇生が全員終わって負傷者の回復に移ったとこだ。二名ほど蘇生はできたが欠損部位の回復が不完全なヤツがいる。アタシの見立てだと帝都の本神殿なら元に戻せるハズだ」


そうか、と耳元にある白銀色の通信具に手をやり、馴染みの飛竜便屋を呼び出す。仲間二名の帝都までの運搬を依頼し、合流地点を相談していると赤い瞳がマジマジとこちらを見てきた。通信を終えれば、訝し気な声でエウレカが尋ねて来た。


「前から不思議だったんだけどさ。アンタと交換したアタシの通信具じゃ、ここから帝都まで中継交換台を介さずに通信できるわけがないんだけど、今、普通に帝都の人間と話してたよな、ソレ」


どうなってんだい、という質問に、秘密だ、と返す。


―――言えるわけがない。


「それよりも先を急ぐぞ。思っていたよりも湧出地の出現率が不安定だ。この辺一帯が活動期に入る可能性がある。航行路オアシスで籠城戦だなんて御免だからな」


活動期という単語に緊張を走らせた副団長補佐に、負傷者の回復が終わり次第このオアシスを出立する準備を任せて団長の元に向かった。真面目な顔をしつつ、内心で上手く誤魔化せただろうかと冷汗を流す。


―――惚れた女から貰った通信具を使うために、補助の通信具を(ヘソ)に嵌めているバカがいるなんて、言えるわけがないのだ。


余談だが、ヘソ型通信具が愚弟によって一部騎士の間で流行したと聞き、盛大に(むせ)た被検体第一号だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


***『副団長補佐は今日も吠える』***



腕の良い神官の知り合いができた、と鼻歌交じりに団長の元に向かおうとする副団長ルーベンに、副団長補佐であるエウレカは顔を引き攣らせていた。手元の回復薬入り硝子筒をギュッと握り込む。


――何でアンタは、そう息を吸うように人を(たら)し込むんだ。


彼の背中をじっと見つめるユム少年神官の瞳には、先程まで無かった光が宿っていた。アタシらの副団長は、ああやってドン底の人を引っ張り上げて、時に人生さえ一変させて、なんでもないことのように去って行く。


―――救われたコッチがアンタにどんな感情を抱くか知ろうともせずに。


耳元にある通信具に手をやる。片耳だけ焦げ茶色のソレはルーベンに強請って交換してもらったものだ。だが、こんなものでは何の牽制にもならないと身に染みて分かっている。


―――いつか絶対に両耳とも白銀色に染めてやる。


ギリィッと奥歯を噛み締めて、フラフラと人を誑し込んでは自由気ままに飛んでいくチャスズメの背中を睨みつけ、小さく罵倒した。

「こんの人誑しのチャスズメがっ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 惚れた女!!ってとこに感激しました( p′︵‵。) 両片思い美味しいっす…(@ ̄ρ ̄@)ご馳走様です♪ 後輩くん?達との合コン?にエウレカを行かせて良かったんですかね??(。´・ω・)? …
[気になる点] 自分で自分の首を掻き切って新鮮な死体になるのは流石にこの世界と言えどもガン詰め案件ですよね…………それはそう…………… というか説教以前にそれをさくっと出来ちゃうのがこの作品の人だなぁ…
[一言] テオフィルのひょうきんさはまだ兄弟の中では重い方だったんだな……、もっと軽いやつがいたんだ こりゃ長兄さんは気苦労が絶えないな
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