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【閑話】『新旧ノイス侯爵』『可愛い子兎と私』

***『新旧ノイス侯爵』***


「よく頑張ったな」


小さな子供に言うような誉め言葉に、文句を告げようとした声が詰まってでてこなかった。目頭が熱くなり、勝手に視界が歪む。まったく、本当に、気に食わねぇ。


「……お、れが、誰の息子だと思ってんだよ。後のことは、全部任せろって約束しただろ」

ああ、全くもって腹が立つ。立派な当主になった姿を見せてやろうと思っていたというのに、声が震えて恰好がつかないではないか。


大きくてかさついた掌に、乱暴に頭を撫でまわされる。この人は不器用で、子供の頃から俺を慰める時も褒める時も、いつだってこれで済まされてきた。


いい加減、そんな扱いを受ける年ではないと頭の片隅で思うが、どうにもその手を跳ね除けることができない。


そのまま黙って撫でられていると、足元に何かがぶつかった。波打ち歪む視界に映った小さな人影に、慌てて目元を拭って、ソレを抱き上げる。興味深げに見知らぬ壮年男性を見つめる顔立ちは、俺似でもあるが、それ以上に俺の父親に似ていると周囲に言われてきた。


「おら、チビ。お前のおじーさまだぞ」


少し迷った末に、今度は孫の頭を乱暴に撫で始めた先代ノイス侯爵に、またそれかよ、と今代ノイス侯爵は小さく笑った。




***『可愛い子兎と私』***


皇太子の執務室にある長椅子は、元は帝都に来た際の私の定位置だった。


お気に入りの刺繡入りクッションに寄りかかって、顔馴染みの侍女が持ってきた紅茶を私専用の茶器で飲みつつ、帝室侍女長が持ってきてくれた、前回訪問時に読みかけだった魔獣図鑑を開く。


ページを開くついでに、横に抱き着いて離れない幼馴染の銀髪を撫でてやる。私の肩口に顔を埋めて動かない彼の顔が見られないのが、少し不満だった。


サラリとした感触の絹糸のような銀色が、指の隙間を零れていく。随分と伸びたものだ。十年前、今生の別れになるとも知らずに領地の戦線に戻ると挨拶に来た時には短髪であったその髪は、今では背の半ばまで伸びているようであった。


―――私達が彼岸と此岸に分け隔てられていた歳月そのものの長さだった。


「フリードリヒ、そろそろ、お前の可愛い顔を私に見せてはくれないか」


抱き着いて離れない幼馴染に声を掛けた。ゆっくりと持ち上がった顔の目元は赤く、瞳の赤さと相まって煽情的ですらある。おお、最後に見た時はまだ十七歳と幼ささえあったというのに、随分と立派な青年に育ったものだ。


思わず目元を緩ませて「大きくなったなぁ」と零せば、不満げな声が上がる。


「もう二十七の男を捕まえて、可愛いも大きくなったもないだろ。俺は、もう、お前よりもずっと年上なんだぞ……」


言葉の途中で声が途切れた。彼はくしゃりと顔を歪めて、またボタボタと大粒の涙を零し始める。ああ、また泣き出してしまった。


その赤い瞳から零れ落ちる雫を拭ってやりながら、アデリナは堪えきれない笑いを零した。


「まったく、幾つになってもお前は私の可愛い子兎だよ」


私の使っていたもの全てをそのままにして、思い出ごと大事にしていてくれた幼馴染が皇太子の顔に戻るまでには、もう少々の時間がかかるようだった。

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