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1.ゲーム世界にて「息子さんを下さい」とイケメンに頭を下げられた件【前書:息子視点、本編:主人公視点、後書:イケメン貴族視点】

昔から話すのが苦手だった。上手に動かない表情と相まって友達ができない僕に、母は言った。


「うーん。ゲーム上では表情固定で会話機能無しだったからかな。……うん、息子よ。それも君の個性だ。おしゃべり上手で表情がコロコロ変わる人間になりたければ、その手伝いはするけど、貴方が今のままの自分でも構わないと思うなら、それでいいと思うよ」


―――きっといつか、それでもいいって、貴方の中にある感情に気付いて隣に寄り添ってくれる人が見つかるから。


そう言って笑った母に、ホワリと温かくなった胸。よく分からない単語もあったが、そのままでいいよと母に言ってもらえたことに、感じたあの感情が安堵だったのか喜びだったのかは、今となっては思い出せない。


ただ、胸の温かさと、その時にした約束だけを覚えている。


『いつか、隣にいてくれる人が見つかったら大事にしなさいね。もし良かったらお母さんにも教えてくれると嬉しいな』

ゲーム世界にて「息子さんを下さい」とイケメンに頭を下げられた件。


艶やかな黒髪が作る旋毛を眺めながら、脳内でスレ立てする。そう、現実逃避である。


ゲーム世界に転移して、NPCとして作成した息子が腕の中にいる。それを現実と共に受け入れて、魔力も貴族も魔獣もいる西洋風世界を生き抜くこと10年。息子も無事に平民神官として独り立ちして、残りの人生はのんびり過ごそうと思っていた26歳に、朝一アポなし訪問した可愛い息子と見知らぬイケメン貴族。


何事だと震える手で粗茶を出し、小さくておんぼろな机を挟んで、お貴族様に向かいあう。息子と貴族のお付きの人は立ってる。だって我が家は貧乏平民。椅子は息子と私の分しかない。


イケメン貴族を座らせて、私は立っていた方が良いのだろうかとオロオロしていたら、御本人から「どうかお掛けになって下さい。ご婦人を立たせたままにするなど、騎士の名折れです」と微笑まれた。


あ、笑ってるし、そんなに厄介な案件じゃないかも。


騎士ということは、騎士団付属の医術神官である息子の職場の人かな。


少し気を楽にして素直に座った私に、イケメン貴族はふっと真顔になり、頭を下げて冒頭の一言が放たれた。不意を突かれた。心臓が止まるかと思った。


「どうかお許し願えないだろうか」


お許しも何も、あちらは貴族、こちらは平民である。土下座でも何でもするから、その頭を上げてはもらえないだろうか。


ほら、貴方の後ろにいる副官ぽい人が滅茶苦茶こっちを睨んでる。はよ返事しろってことですよね。YESかハイしか認めんぞ、みたいな顔してる。


つまるはまぁ、平民が貴族に逆らえる訳がない。絶句するほど衝撃的なお願いでもだ。


「あの、その」


か細い声を振り絞って、どうにか尋ねる。この国におけるお貴族様への礼儀作法なんぞ知らん。知らんから、お貴族様の前でこの話し方が無礼かもとか、考えても無駄なことは思考の彼方に放り投げて、尋ねる。


渦中の息子に。NPCだから、私の考えた最強の推しとして、平民にあるまじき美貌と才覚を有してしまった息子に問いかける。普通の平民と同じ、凡庸な風貌と能力であればしなくていい苦労を掛けてしまった愛しい息子に。


「レオン、貴方は、その、同意の上なのかしら」


めっちゃぼんやりした問いかけになった。『同性である貴族の愛人あるいは配偶者になることに同意しているのか』とか、思春期まっさかり16歳になった息子に、なんて聞けばいいんだ。難易度高くないか。


「うん」


あっさり肯定された。というか、他に言うことあるだろう。アポなしで美形貴族を連れてこられて、交際宣言されて、お母さん物凄く困惑してますけど。


いや、同性同士とか、身分差とか、職場恋愛とか、突っ込みどころはあるが、本人がいいなら別にいい。別にいいんだけど、なんかこう、もうちょっと説明が欲しい。


この子、天才タイプだから自分が分かっていることは他人も分かるだろうと言葉を省略しがちなのよね。


まぁでも。なんにせよ。私は母である。子供の言葉が本当かどうか、多分、分かるつもりだ。


―――本人が良いと言っているのならば、私の答えは決まっている。


「どうぞ、レオンをよろしくお願い申し上げます。ルイス様」


ばっと顔を上げた端正な顔が、ほっと安堵にゆるむ。それにしてもイケメンである。我が息子が可憐な美少年なら、こちらは精悍な美青年といった顔立ちだ。二人並ぶと絵になる。


よかった、という風に見つめ合う二人をほのぼのと眺めつつ問いかけた。


「それでレオン。貴方、いつからルイス様とお付き合いしていたの」


前もって少しでも言っておいてくれたら、こんなに心臓に悪い思いをせずにすんだのに。そう、少しの恨みを込めて告げた問いかけに場の空気が凍った。


なぜか動きを止めたまま、こちらを絶句した顔で凝視する二人に首を傾げる。あ、まって。後ろの副官さん抜刀してないか。え、何、何なの。恋バナって貴族的にNGなの。馴れ初めぐらい聞いてもいいじゃないか。


副官を片手で制したルイス様が、ビビッて椅子を蹴倒して奥の扉まで逃げた私に「驚かせて申し訳ありません」と困ったように微笑んだ。笑うしかないというような表情だった。


「言葉が足りず、申し訳ありません。あなたの息子レオン殿と婚儀を結ぶことを望んでいるのは、我が妹ラウラです。息子さんを下さいというのは、我がバルリング家に婿養子に入って頂きたいという意味でして」


―――顔から火が出るかと思った。


後から教えてもらったのだが、この国では、結婚は家長同士が話し合い決めるものらしい。今回ならば、私とバルリング家当主の辺境伯閣下だ。だが、いきなり平民相手に威圧感バリバリの老練な高位貴族は不味かろうと気を遣って下さり、代理として私と同年代の次期当主ルイス様が来たそうだ。


貴族用語では分かり難いだろうと、わざわざ簡易な平民の言葉を選び、頭を下げてくれた次期当主に突如として降りかかるBL疑惑。腐った沼にズブズブに漬かった日本人でなければ、普通に通じる話だったらしい。


―――まじで切腹したい。


丁寧に説明してくださるルイス様に、顔を両手で覆って「モウシワケゴザイマセン」と鳴く相槌BOTと化した私に、更なる追撃がされた。


「それで、レオン殿を我が家に迎えるにあたり、御母君も我が家の館に居を構えて頂くことになります」


決定事項として伝えられた。レオンが貴族になる以上、人質として価値がストップ高な私は強制的にお貴族様の屋敷で保護されなくてはならないそうだ。


え、人生最大の生き恥を晒した方と同じ敷地で生活しろと。


絶望する私は未だ知らない。


レオンの結婚後、住み慣れた帝都からルイス殿が次期当主として辺境の領地へ帰るのにドナドナされて、なんだかんだあった後に、今度は息子のレオン相手にルイス殿が「母君を下さい」と頭を下げることになるだなんて知りようもなかった。

レオンに似ていて優しい人なんだろうなぁ、とルイスは思った。


こんな早朝に約束も無しに来た、息子の恋人(誤解)にお茶を入れて、きっとほかにも聞きたいことがあるだろうに、馴れ初めを嬉しそうに聞いてきた義弟の母君。


お人好し過ぎて放っておけないという義弟の心配ももっともだ。しかも息子が貴族になったとなれば彼女を利用しようとする輩が出るのは必須。これは保護一択だな。


ルイスは貴族である。貴族は取捨選別が求められる。全ては守れないから。

―――せめて、守ると決めた存在ぐらいは大切に大事に守り通そう。


そう決めている彼の守りたいものリストに新しい名前が載った日だった。


その名前の優先順位が、リストの中でも燦然と輝く一番目になっていると彼が気づく日は、そう遠くなかった。

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