再就職先で、高校時代にフラれた先輩と再会した。そういえば先輩、次会えたら付き合ってくれるって言ってましたよね?
「先輩、好きです! 付き合って下さい!」
放課後の図書室で、俺・須崎徹也は告白をした。
相手は同じ図書委員会所属の先輩・神宮寺雅。
長い黒髪に黒縁メガネという、如何にもな文学少女だ。
受付で小難しい本を読む神宮寺先輩の姿は、蠱惑的な妖しさを醸し出していて。そんな彼女を見ながら蔵書の整理をするのが、俺にとって何よりの楽しみであった。
だけど……残念なことに、その楽しみも今日で終わってしまう。
神宮寺先輩は、この学校を卒業するのだ。
たかが卒業という理由で、神宮寺先輩に会えなくなるなんて耐えられない。
もっと彼女を見ていたい。ずっと彼女の隣にいたい。
その為にも、俺には勇気を出して告白する必要があったのだ。
神宮寺先輩は、俺の差し出した右手をじっと見る。やがて、
「……「好き」と言ってくれて、ありがとう」
お礼を言いながら、先輩は俺の手を握ってみせた。
これって……もしかしてそういうことなのか? 「これからよろしくお願いします」ってことなのか?
俺は期待に胸を膨らます。しかし……続く言葉は、全くの予想外のものだった。
「でも、私はあなたとお付き合い出来ないわ」
「……え?」
まさかの拒絶に、俺は思わず驚きの声を上げる。
手を握って、「ありがとう」と言ってくれて。この流れで「ごめんなさい」って……それはないだろう?
俺は神宮寺先輩のことが、どうしようもないくらいに好きだ。だからみっともないし往生際が悪いことは重々わかっているけれど、それでもフラれた理由を聞かずにはいられなかった。
「もしかして先輩……彼氏がいるんですか?」
「いいえ、いないわ。ついでに言うと、好きな人もいないわよ」
「じゃあ、俺のことが嫌いなんですか?」
「その質問に対する答えもNO。あなたは真面目だし、優しいし。寧ろ好感の持てる性格だと思っている」
「だったら、何で……」
少なからず俺に好意を抱いてくれているのならば、交際についても一考くらいしてくれたって良いじゃないか。
なんなら「お友達から」だって、俺は一向に構わない。
しかしそれでも、神宮寺先輩は首を縦には振らなかった。
「私はね、運命の相手を探しているの」
「運命の相手、ですか?」
「そう。……と言ってももう高校生なわけだし、白馬に乗った王子様が自分を迎えに来てくれるだなんて、そんな非現実なことは思っていないわ。でも可能な限り物語に近い、ロマンチックな恋愛がしてみたい。私は常々、そう思っているのよ」
そう言うと神宮寺先輩は、持っていた一冊の本を俺に渡してきた。
この本って、今流行りの恋愛小説だったよな? 確か内容は、主人公が学生時代の元カレと運命的な再会を果たすとか、そんな感じだったと思う。
先輩に好きな人はいない。言うなれば彼女は、運命に恋焦がれているのだ。
……単なる後輩に過ぎない俺では、到底彼氏になんてなれないな。
俺は悟る。
でもそれは、逆に言えば運命の相手にさえなれれば神宮寺先輩と付き合えるわけで。
「どうしたら、先輩の運命の相手になれますか?」
「そうねぇ……」
先輩は少し考える。
「こうしましょう。もし私たちがもう一度会うことが出来たのなら、そしてその時お互いに恋人がいなかったら、付き合ってあげる。だってそれこそが、運命なんだもの」
あれから数年後。
俺は再就職先の会社で――神宮寺先輩と再会を果たすのだった。
◇
「久しぶりね、須崎くん」
言いながら、神宮寺先輩は俺に笑いかける。
その微笑みは、あの頃と変わらず可憐なもので。
……いいや、「変わらない」だなんて、失礼極まりないな。
成長して大人の魅力をも兼ね備えた神宮寺先輩は、更に美しくなっていた。
あと変わったところといえば、眼鏡からコンタクトになったところか。
しかしその程度で、初恋の人を見間違えるわけがない。俺の心は、数年ぶりにトクトクと音を立てるのだった。
「神宮寺先輩って、ここで働いていたんですね」
高鳴る鼓動を抑えるように、俺は先輩に尋ねる。
「そうよ。更に言えば、今日から暫くの間あなたの教育係を任されているわ」
教育係……その単語を聞いて、俺はふと高校時代を思い出す。
「そういえば、高校時代も図書委員の仕事を先輩に教えて貰ったんでしたっけ?」
「そうだったわね。妙な偶然もあるものだわ」
偶然じゃなくて、運命です。俺は心の中で、そう呟いた。
先輩と最後に会ったのは、言うまでもなく彼女に告白したあの日だ。
そしてその時のことを、俺は今でも鮮明に覚えている。
ねぇ、神宮寺先輩。あの時俺に何て言ってくれたか、先輩は覚えていますか?
「もし私たちがもう一度会うことが出来たのなら、そしてその時お互いに恋人がいなかったら、付き合ってあげる」。先輩は、そう言ってくれたんですよ?
予期せぬ形で再会を果たした今、俺は晴れて神宮寺先輩の「運命の相手」になれた。自覚すると、ついニヤつきそうになってしまう。
これでもし神宮寺先輩に彼氏がいなければ、俺は先輩と付き合う資格を得るわけだ。
それから俺は神宮寺先輩にオフィスを案内して貰った。
その後は簡単な仕事の説明を受けて、午前中は終わりになる。
昼休みに入る前に、先輩は俺に確認した。
「大まかな説明は以上になるけれど、現段階で何か聞きたいことはあるかしら?」
質問か。そうだなぁ……。
「はい、一つだけ」
俺はどうしても聞いておかなければならないことを、再会したその瞬間から聞こうと思っていたことを尋ねるのだった。
「先輩、今彼氏いますか?」
◇
彼氏がいるかどうか?
俺の質問に対する神宮寺先輩の返事は、高校時代と変わらないものだった。
「彼氏はいないわ。ついでに言うと、好きな人もいない」
俺にも彼女がいないということで、これで互いにフリーであることが証明される。
その日の午後は、人生で一番幸せな時間になったと思う。仕事も随分捗ったね(まぁ、頼まれていたのは専ら雑用なのだが)。
終業後。
再会を祝して、俺と神宮寺先輩は飲みに行くことにした。
会社近くの居酒屋に入ると、二人用のテーブル席に案内される。
俺は生ビールを、先輩はワインを注文して、乾杯をする。
互いにある程度酒が回ってきたところで、俺は彼女に告げるのだった。
「先輩、俺と付き合って下さい」
先輩は一瞬驚いたように目を見開く。
しかしすぐに、いつもの落ち着いた佇まいに戻った。
「……あの約束、覚えていたんだ」
「そりゃあ、覚えていますよ。俺はずっと、先輩のことが好きだったんですから」
高校時代のことだけを言っているわけじゃない。
先輩と別れてから今日に至るまで、俺は彼女以外の女性に心を奪われたことはなかった。
「言っておきますけど、俺がこの会社に再就職したのは偶然ですからね。先輩がここで働いているだなんて、知りませんでしたから」
「あなたがストーキングしただなんて、これっぽっちも思っていないわよ。だからこれは……きっと偶然じゃなくて、運命なのよね」
呟いた後、神宮寺先輩はグラスを置く。
「あなたは私の運命の相手になってくれた。なら、今度は私が約束を果たす番よ。……須崎くん、あなたと付き合うことにします」
頬を赤く染めながら宣言する彼女を見て、俺は思う。
もしかすると、この結果は運命ですらないのかもしれない。
俺があの日先輩に告白して、今日再会するまで一途に思い続けてきたからこその結果。つまり、必然だったのだ。




