嘘からでた実(まこと)
おれの初デートの相手は幼なじみだった。
約束の日の午前中、ソワソワしながら準備していたら、
「……ごめん。きた」
いきなり萌愛が玄関にあらわれる。
おどろいた。
もしかして急用でキャンセルなのか? と一瞬アセったが、そうじゃなかった。
急いで着替えて外にでて、少し歩いたところで、
「このほうが……長くいっしょにいられるでしょ?」
はずかしそうに微笑んだあの表情。
おれは忘れてない。
結果、そのときの〈10月〉はあいつから「いかないで」と言ってもらえなかったが、
(―――萌愛っ!!!)
今度こそは、と心に決めていたんだ。
「で、どこに行くつもりなんだよ里居」
「えーっと……まずは、ね……、……に」
とおざかる二人の声と背中。
萌愛のとなりにいるのは、同じダンス部の的場。
おたがいに顔を向け合って、まだ何か話しているようだ。
(あっ!!!)
まずい。
じっと見入ったまま、立ちつくしてしまった。
つい彼女がそばにいることを忘れ……
「大丈夫です?」
同じクラスの学級委員長の末松さん。
今日はメガネをはずしてて、髪型も服装もオトナっぽくなってる。
――幼なじみにプレゼントを買いたい
というのが、彼女の今日の目的だ。
けっして、おれとのデートじゃない。
すこし首をかしげて、まっすぐ目を合わせて言う。
「だれか知り合いの人でもいましたか? なんとなく、そんな感じでしたけど」
「えーっと、いやべつに」
「そうなんです?」
ぐっ、と間合いをつめて、やや斜め下から見上げてくる。
いる位置は――やはり〈左〉だ。おれから見て。
シュードネグレクト……って言葉だったな。視界の左がわのほうが意識されやすいっていう。
恋愛を成功させるためのテクニック。
思えば、
「なるほどー、ふだんつかうようなものがいいんですね?」
「そうだね。たとえばタオルとかソックスとか」
当たり前といえば当たり前だった。
どんなに小手先のテクニックでがんばったところで、おれはおれなんだから。
平凡でカッコよくないんだから。
うん。
かえってスッキリした気がする。
どうにか末松さんとの時間も落ちこまずにすごせたし、
思ったほどダメージは、
ダメージは………… …… ……っ‼‼
「ごはんだっつの!」
ノックなしで部屋に入ってきて、ベッドの上で丸くなってたおれにキックした姉の行美。
「それに電気ぐらいつけろよ。まったく」
「ごはん、いいから」
「はぁ~~~~っ!!!???」
うす暗くてよくわからないけど、たぶん萌愛みたいな表情で言ったにちがいない。
そもそもあいつの「はぁ!?」は、姉のコレをマネしたのがはじまりだと思ってる。
「よくきけ愚弟。いいか? 感情の浮き沈みなんてのは、大なり小なり誰にでもあんの。私だってそう。でもね、いつもやることはいつもやるようにやんなきゃいけないのよ」
「姉キ……」
「それが人生」
と、ナゾに親指をたてる。
数分後、おれは食卓についてパクパク食べていた。
食べると、ちょっと元気が出た。
食事のあと、萌愛にラインをおくった。
「明日あえないか?」
それだけのメッセージ。
その返事は意外にも――――
「あーもー。おっっそい!」
灰色のカサが上にあがって、萌愛のカオがみえた。
今日は雨。小雨と大雨の中間ぐらいの強さで、朝からずっとふりつづけている。
ちなみに昨日の天気は、くもりだった。
「わるいわるい」
10月の週末はあと一回しかないことを考えたら、萌愛とのデートはこれが最後になることもありえる。
いや、ありえるとかじゃなくて、もう最後だと思おう。
おれに残された時間を、だいじにつかうんだ。
「来てくれて、ありがとな」
「は……はぁ!!?」
ちょっといつものとはちがう、とまどったような感じだった。
気持ち顔が赤くなったようにもみえる。
「今日は、おまえが楽しんでくれたらいいんだ。目的は、それだけだよ」
「そんなわけないじゃん。なんかウラがあるんでしょ絶対」
カサをもってないほうの左手を腰にあてる。風で、ショートの髪がゆれた。
その瞬間、萌愛の全身が背景から浮かび上がったようにくっきりと見えた。
ざっくり前をあけたちょっとオーバーサイズの白いナイロンパーカー、中には濃い紺色のTシャツ、シュッと細いベージュのズボン、真っ赤なスニーカー。あと、正面からはわからないけどリュックを背負っている。
「モア。それ似合ってる」
「え?」
「服」
「いや……こんなの全然フダンギじゃんか」
「じゅうぶんだ。じゅうぶん、かわいいと思うぞ」
「ちょっ―――!!!」
ぐい、とおれの腕をひっぱる。
そのまま、待ち合わせをした駅前から駅の中に入って、
「すわって」
強引におれをベンチにすわらせた。
「どうしたの、コウちゃん?」
「なにが」
「様子がおかしいんだけど」
「もともとこうだよ」
「めっちゃ堂々としてるじゃん……。まるで、おかしいのは私のほうみたい」
とんとん、とたたんだカサの先で地面をかるくたたいた。
そして萌愛は「はー」と息をはく。
「目的は……なによ」
「さっき言っただろ」
「もう一度いってよ」
「楽しく遊びたいだけだよ。おまえと。むかしみたいに」
おれたちは、
男女の幼なじみのわりには、よく遊んでいたほうだと思う。
どっちかの家でゲームするとか、外でボール遊びとか、いっしょに駄菓子屋に行ったりもした。
でもだんだん、そうしないようになった。
「楽しく遊ぶ? コウちゃんと?」
「そうそう」
で、むかしは萌愛からおれをさそいにくることが多かったんだ。
たぶんそれは、女子の友だちとタイミングが合わないとか、自分にきょうだいがいないとかっていうのが理由なんだろうけど。
そのせいで、
(もしかしたら、おれのことが好きなんじゃないか?)
――と、思ってた時期もあった。
結果、ただのジイシキカジョーだったけど。
でもまだ確認してみる価値はあるか。
イチかバチか。
「そうだよ」って認められたら、いよいよ心もヘシおれるんだが。
映画館にいったあと、カサをさして歩きながら、さりげなくきいてみた。
「とー……ころで萌愛、昨日はなにしてたんだ?」
「昨日? 昨日は……えっと」上を見上げる仕草。「ずっと家にいたけど」
そうか、とおれはそれ以上なにもきかなかった。
(そうだよな。まさか本人を目の前にして「ほかの男とデートしてた」なんて言えないよな)
このウソはきっと萌愛のやさしさだろう。
身にしみる……ほんと、油断したら涙が出そうなくらい胸にくるよ。
フードコートで昼ごはんを食べて、いっしょにボーリングを2ゲームし終わったころには、
「わ。虹がでてる。ほら」
すっかり雨がやんでいた。
空には夕焼けがばーっと広がっていて、
じめじめを吹き飛ばすような、さわやかな風がふいている。
「まーなんだかんだ、今日は楽しかったかな」
おれに顔を向けて、にこっ、として言った。
「またさそってよ。アンタだったら、特別につきあうからさ」
「うん。それはありがたいけど…………」
「けど?」
しまった‼ 言葉えらびをミスった。
ここは「わかった」とかでよかったんだよ。バカ正直にこたえるトコじゃない。
せっかくのムードがこわれてしまう。
……まあ、ウソもよくないか。
こいつのウソはいいウソだけど、おれはウソつかずにいきたい。
「転校するから、これが最後だな」
「えっ?」
萌愛が、もってたカサを地面におとした。
なにやってんだよ、とおれはすぐにひろってやる。
「ちょ、ちょっとコウちゃん。今なんて言ったの?」
「おれの転校のことだよ。忘れたわけじゃないだろ?」
「転校って……」
「そういえばモア、あのときおまえすごかったよな。テストの打ち上げでみんなでファミレス行ったとき。おれが、文化祭のときもまだ学校にいることを信じてうたがってないような言い方してたもんな」
モアが、なかなかカサを受け取らない。
風がつよく吹いた。
ショートの髪が乱れても、手でさわって直そうともしない。
(これは――――っ!?)
おれは大急ぎで考えをめぐらせた。
どうしたんだこの反応は?
転校のことなんか、とっくに知ってたはずじゃないのか?
いや、そういえばおれはこの〈10月〉のモアには会ったことがない。
これまで会っていたのは、未来のどこかからきた、転校も、そのあとのこともぜんぶ知っているあいつだった。
もう時間にして半年近くも前になるから、はっきりとは思い出せないが、
なんとなく「おれのお母さんから聞いた」と口にしてたような気がする。
あれが、ウソだったんだ。
「やだ……まじで。ヘンな冗談はやめて」
「いや、冗談じゃなくてほんとなんだ」
「どこに転校なの?」
おれは転校先の国の名前を告げた。
父さんが新聞記者をやってるのをこいつも知っているから、すぐナットクしたようだ。
「いつ?」
「月末。31日だな」
「なんで……」
「えっ?」
「なんでそんな他人事みたいに言うのよ。それに……そういうのは、もっとはやく……」
そこで言葉につまって、しばらく下を向いて無言のままだった。
やがてゆっくり歩き出したから、そのあとをついていった。
とても話しかけられるような空気じゃなかった。
あいつが玄関に入ったのを見届けたあとで、おれも帰宅した。
翌日。
月曜日。10月20日は、おれの誕生日だ。
だからって、とくに何もない一日なんだが。朝から太陽がまぶしい。
「あっ。別所くん。おーい!」
学校の手前で、手をふりながらこっちに駆けてくる女子。
末松さんだ。
「お誕生日ですよね? どうぞ」
「おれに?」
はい! と元気いっぱいに言う。
今日は、土曜日とちがってふちなしのメガネをかけていて、
左右、頭のうしろで〈×〉でヘアピンをクロスさせて髪をとめていた。目立たないツインテール。
「手袋」
「これから寒くなるから、いいんじゃないかと思って」
「まって。これ、ほんとにおれに?」
はい! と返事。
「あの……幼なじみがいて、っていうのは? おれじゃなくて、その人に――」
さえぎるように彼女は、
ウソです、と言った。
「ウソもウソ。大ウソです。だって……ああでもしないと、あなたはデートに来てくれないと思ったから」
急な「あなた」呼びに、頭がかるくシビれた。
おれにこの子への好感度メーターがあったら、たぶん上がってるだろう。
幼なじみは「アンタ」呼びだから、なおさらグッとくる。
「あの……えっと、末松さんはおれが好き……なの?」
「はい」
「おれなんかの、どこが?」
「わかりません!」
バシッと彼女は力強く言い切った。
ふいうちすぎて状況がのみこめない。
(あれが本音ってことでいいのか?)
授業中も、考えがまとまらなかった。
残り時間を、どうすごせばいいのか。
ただ、ここにきて救いの女神があらわれた。
彼女ならたぶん「いかないで」と引きとめてくれる。
これまでのループの経験から、そう確信できるんだ。
ひとつ気がかりなのは、
――――ちゃんと見抜いて、私の本心。
萌愛と交わした約束。
だが本心もなにも、あいつはダンス部のヤツとつきあってるわけだし。
ここは、だまって身をひくのがいいんじゃないのか?
(うっ。いつにもまして、迫力があるような)
放課後。
あごの動きだけでおれを教室の外によびだした彼女は、あきらかにキゲンがわるそうだった。
「まるでムーンウォークね」
腕を組んだ姿勢でそういう深森さん。
ここは体育館と学校の外壁との間のわずかなスペース。
黒ぶちのメガネの横のあたりに、そろえた指先をあてる敬礼っぽいポーズになってつづける。
「まだ時間はある。さっさとそのヘタなダンスをやめること」
「深森さん……まだおれ一言も説明してないけど」
「いらない。期限ギリギリまで押しの一手。それがあなたのなすべきこと」
ぴっ、と人差し指と中指だけをのばしておれに向ける。
指の間には、ちっちゃな紙がはさまれてるようだった。
「事実、あのときのラブレターには体重がノってなかった」
「え?」
「気持ちが入ってなかったってことよ。まだ幼なじみを、心の底から愛せて……」こほん、と深森さんはそこでセキをした。「そういうことなの。だいたいわかるでしょ?」
ちょいちょい、と指を小刻みにうごかす。
とれ、ということなのか?
(えっ……うそだろ!!!)
これはラブレターの切れ端。
そこには「萌愛のことが好きだ」の一文。
まぎれもなくおれの字だ。
(ここだけ切り取っていたのかっ)
「そう、別所向の告白は保留されている。きたるべき、最高のタイミングのために」
「萌愛はこのこと、おれに何も言ってこなかったけど」
「内容からして逆告白になるからでしょうね」
「逆?」
「きき出すことは『好きって言って』とかぎりなくイコールだから。そういう意味の逆」
「最高のタイミング……って?」
にっ、と口のはしっこを上げただけで、深森さんはそれをおしえてくれなかった。
下校の途中、
(いちおう奥の手として、あえて10月をやりなおすっていうのもある)
そう考えた。
まったくダサい流れで、それは本当に最終手段。
しかし、次はもっとたたみかけるようにモアにアタックすれば、あるいは……
「あるいは~?」
「うわっっ!!!」
ひざから力がぬけて、しりもちをついた。
突然、目の前に人の姿。
長い髪。うすい水色のスーツで下はスカート。
――おれを〈10月〉にとじこめている女の人。
ぱちぱちぱち、と拍手している。
夕日がななめにさしていて顔の下半分、彼女のアヒル口が明るく照らされていた。
「おめでとう向くん。やっとループから自由になれたね」